1―15.『聖魔物語』

 玄関の扉を開くと、案の定そこにはギルくんがいた。


「ご、ごめんね、遅くなって……!」


 眉間にシワが寄ってるから怒ってるふうにも見えるけど、これは怪訝そうな顔だ。


「……騒がしかったが、なんかあったのか?」


 僕の部屋の扉をチラッと見て言うギルくんに内心ギクリとする。

 会話の内容までは聞き取れなかったみたいだけど、誰かと話してたのは察せられたようだ。

 この建物は特別防音に特化している訳じゃないから少しでも大きな声出すと外に洩れちゃうんだよね。

 父親に急襲されましたなんて言えないからどうにか誤魔化して、2人で正門へと向かう。

 男子寮から正門までの短い距離をのんびり歩くと、正門で待ち合わせしていた彼女達がこちらに気付いた。


「おーい、リオンくーん!ギルくーん!こっちこっち~」


「遅い!レディを待たせるなんてどういう了見よ」


 メルフィさんが手を振り、ティアナさんがじろりと睨む。

 待たせちゃってごめんねとペコペコ謝っているとメルフィさんがわざとらしく困った笑みを浮かべて首を左右に振った。


「遅いから心配したって言えばいいのに~」


「バッ……そ、そんなんじゃ……!」


「はいはい、じゃあ行こっか~」


 吠えるティアナさんを軽くあしらい、僕達は目的地へと歩き出した。


 僕達が向かっているのは冒険者ギルド。実戦授業で倒した魔物を売りに行くためだ。

 以前なら宮廷魔導師団の魔道具製作部に素材を全部回していたんだけど、ここ数年は僕が回す素材の量が膨大すぎて使いきれないって苦情が相次いでいたのでそちらに回すことはできなかった。

 結果、実戦授業で得た魔物と、それ以外にも空間収納に死臓している状態。いい加減邪魔だなーって思っていたところにギルくんから提案されたのだ。

 授業で倒した魔物を冒険者ギルドに売りに行かないか?と。

 冒険者ギルドに所属してない人でも身分証さえあれば買取してくれるそうで、これ幸いとばかりにその話に乗った。

 で、放課後に学園の正門で待ち合わせして向かってるところなんだけど……


「うぅ……人いっぱい……」


 王都なんだから当たり前だけど、人が多い。

 これだけ沢山人がいるとどこからともなく視線を感じる気がして、思わず辺りをキョロキョロしてしまう。

 ギルくんの背に隠れるように身を潜めて移動する僕にティアナさんがキレた。


「ただでさえ怪しい格好なのに、キョドってたら余計怪しまれるでしょうが!しゃきっとしなさい!」


「は、はいぃっ」


 ティアナさんに渇を入れられて思わず背筋が伸びる。そっと周りを見てみるも、無遠慮に視線を突き刺してくる人は誰もいない。

 肩の力を抜いて安堵のため息を溢した。

 思っていたより平気そう。誰にも見向きもされないのにホッとしたけど、ちょっと自意識過剰だったかも。

 皆を見習って堂々と街中を歩けるようにしよう。できるか分からないけど……


「ねぇリオンくん、聞いてもいい?どうしてそんなに人目を気にするの?」


 ティアナさんもギルくんも不思議に思っていたであろう疑問をメルフィさんがそっと聞いてきた。

 普通は疑問を抱くよね。何故そんな異常なまでに人目を気にして怯えるんだろうって。


「……昔、ちょっと色々あってね」


 そう言って誤魔化す卑怯な僕に、優しい皆は何も言わなかった。



 改めて王都の町並みを見てみると、華やかで荘厳な王宮とは違い、雑多で賑わいがある。

 昔何度か父さんと買い物に来たことがあるけど、そのときと全く同じだ。


「確か……ここの通りを真っ直ぐ進んだら噴水広場があったような……」


「何よ、来たことあるんじゃないの」


「小さい頃に少しだけね」


 あの噴水広場では様々な催しがされていた。

 古典的な紙芝居、魔法を使わない人形劇、台詞のない影絵劇、魔法を巧みに操る魔導劇……噴水を囲むように輪になってそれぞれお芝居を披露して人々を楽しませていたのを思い出す。

 表現の仕方や語り口調など何もかも違うのに、幾つもの世界が連なってひとつの世界を形作るが如く輝いていた。

 各々内容は違うのに題材は統一されていたんだよね。俗世に疎い僕でも馴染みのある、世界中で広く親しまれているその話のタイトルは……


「それでは本日も皆様を太古の世界へ誘いましょう」


 皆の足が噴水広場に差し掛かったとき、人だかりの中から声が聞こえた。


 白いシルクハットをくるりと回転させつつ被り、芝居がかった動作で大仰に両手を広げるその人。同色のマントが微風に揺れる。スカイブルーのベストとループタイのコントラストに雲海という言葉がしっくりくる特徴的な人だった。


「照らし出すは始まりの彼方。白と黒、光と闇、聖と魔がこの世に産み落とされる最初の物語をご覧あれ」


 独特の空気を醸し出すその人がぱちんっと指を鳴らすと、眩い光の球がふたつ宙に浮かぶ。

 その光の球はぐにゃりと歪み、羽根の形へと姿を変えた。


「その昔、翼を持つ聖なる人と獣が地上へ降り立ちました」


 ふたつの白い羽根が踊るように交錯しながら落ちていき、パッと弾けた。


「のちに聖人と聖獣と呼ばれる超常的な存在は人々に知恵と魔法を授けました。生活が豊かになった人々は彼らに感謝し、崇め奉るようになりました」


 弾けた光は粒子となって消えていき、そこから優しい光がふわりと広がる。

 羽根の形をしたふたつの眩い光が優しい光の海の中に溶け込む。

 しかし光の羽根のすぐ傍らに怪しげな黒い光がぽつりと浮かんだ。


「誰もが幸福に満ちた世界。ですが夢のようなその時間は長くは続きませんでした。聖人の美しさに惑わされた1人の青年があろうことか聖人を襲ったのです」


 黒い光が鎖のように片方の光の羽根に絡み付き、やがて飲み込む。


「友を傷付けられ怒り狂った聖獣は青年を地上から追い出し、身体を暴かれ悲しみに暮れる聖人に寄り添い慰めます。しかし彼女らを嘲笑うように黒い翼を持つ魔人が生まれました」


 光の羽根から小さな黒い光が雫の如く落ち、それは徐々に黒い光の羽根へと姿を変える。


「魔人は悪い人でした。人々を悪戯に騙して混乱を招いたから。魔人は怖い人でした。人々を脅して己の欲望を叶えていたから。魔人は残酷な人でした。異端な彼に手を差し延べた人々を裏切りその命を葬ったから」


 黒い光の羽根から放たれる怪しげな光が優しい光の海を侵食していく。


「聖人と聖獣の諌める言葉も届かず、ついに魔人は地上を滅ぼそうとします。聖獣は力なき聖人を無理矢理天界へと避難させ、己は地上に留まりました。魔人を討ち果たすために」


 怪しげな光が完全に光の海を飲み込み更に広がり始める中、片方の光の羽根が躊躇いがちに浮上し空中で溶けて消えた。

 もう片方の光の羽根は黒い光の羽根と対峙する。


「聖獣も誰も戦い方を教えていません。だから容易く御せるだろうと考えました。しかし予想に反して魔人との戦いは苛烈を極めた死闘でした。教えてもいない魔法を次々と放ち、聖獣を翻弄したのです」


 光の羽根と黒い光の羽根が激しく交錯する。互いに傷を負っていくのを表すように微細な光が絶え間なく飛び散った。


「聖獣は討ち果たすことを諦め、死力を尽くして魔人を封印しました。再び世界に平和が訪れ人々は聖獣に感謝します。しかし聖獣は魔人が生まれたのは自分達のせいだからと聖人の待つ天界へと帰ってしまいました」


 光の海を覆い尽くしていた黒い光が霧散し、再び優しさが灯る。

 光の羽根は一対の翼へと変化し、名残惜しげに揺蕩いつつも優しい光の海から飛翔して上空で溶けて消えた。


「人々は生活を豊かにしてくれた聖人と聖獣が去ったことを深く悲しみましたが、彼女らが残した知恵と魔法を世界に広めようと決意します。そうして世界は繁栄していくのでした」


 光の海が弾け、一定の距離を開けて彼の劇に釘付けな観客の周囲に飛ぶ。数多の光が空中で煌めきながらゆるりと溶けていった。


「以上、聖魔物語第1章『聖と魔のはじまり』でした。ご観賞ありがとうございます」


 雲海の色を纏ったその人はシルクハットを胸に当ててこれまた大仰に頭を下げる。

 1拍置いてわぁっと上がる歓声。

 思わず立ち止まって見入ってしまったのは僕らだけではないようで、僕らの近くにいた人も拍手を送っている。


「光魔法の使い方が上手ね」


「うん、すっごく綺麗だったねぇ」


 本当に凄かった。

 白と黒の光だけであんなにも情感豊かで臨場感溢れる空間を築き上げてしまうなんて。

 僕らから見えたのは雲海色の彼だけだけど、中央の噴水を囲む他の芸者も魅力的な劇を披露していることだろう。

 いいもの見させてもらったとお捻りを置いていく人達に混じって僕らもそれに倣う。


「ありがとうございます。楽しんで頂けて良かったです」


 にこやかにお礼を言う雲海色の彼に会釈して、本来の目的である冒険者ギルドへと足を向けた。





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