『ラブコメ主人公』になろうとした結果、幼馴染がヒロインになりそう
ドコイチ
プロローグ
「そういえば、今の今まであたしら同じクラスなんだね」
「言われてみりゃあ、そうだな」
「懐かしいなぁ~。何回も同じ席になったりして、先生から『こりゃ運命だな』とか言われたりしたし。」
「そんなこと、あったっけ」
「ちょっと、このあたしと運命って言われてそれを忘れるとか心外なんですけど。……まぁ無理もないか。昔のあんたは引っ込み思案で、グイグイ来るあたしにびくびくしてたからね。」
「……昔の話だろ」
「あ、強がった。その強がり、ぶっちゃけダサいからやめた方がいいよ?」
四肢にじわじわとした暑さが襲う中学二年の七月は、長く続いた梅雨の明け頃でまだ大きな水たまりが点在していた。この日も一応にと傘を片手にいつもと変わらない帰路を、いつもと変わらない肩を並べて歩いていた。
僕らは小学生のころからこうして二人で帰宅している。普段は昨日見たアニメの内容、ゲームのイベントのガチャがどうだった等、中身も他愛もない話を延々と続けている。
だが、この日はなんだか会話の中身が詰まっている気がした。見慣れた彼女の顔には見慣れない哀しさを感じる。ここへ来て思い出話とはあまりに急すぎて調子が狂う。
「感慨深いなぁ~。あたしにとってそういう男子はあんたくらいだからさ。」
「.......そうか」
「反応寒いなぁ~、どうした?あんただってあたしみたいな女子あたし以外にいないっしょ」
「それは、そうだけど」
「だろうねぇ、もうちょい誇ってくれよ~なんて」
そう言い、機嫌よさそうに笑う君。外面だけでは変わりないように見えるが、長年付き添ってきた僕なら分かる。
『何があったんだ。「どうした?」はこっちのセリフだ。』
そう言いたいが、空気に憚られ口は開かない。
「……ねぇ、ホントに大丈夫?」
「えっ、ああいや、その……」
つい黙り込んでしまい、彼女に心配させてしまった。何か、を抱えているのは君なのに、そんなことは分かっているのに。彼女に気を使わせてしまった自分に大層嫌気が刺す。
「な、何でもない。心配するな」
「そ?ならいいけど」
そして、僕は結局ごまかすことしかできなかった。「なにがあった?」の六文字すら言えない今の僕は、彼女の話を聞いたところで足手纏いにしかならないのだろう。
その言葉を境に、僕と彼女の間に静寂が訪れた。
距離の様な、壁の様な、打ち破るのが困難なそれは、うるさいばかりの蝉の鳴き声の音量を上げた。僕らの会話でここまで居心地の悪い静寂は初めてだった。
「ねぇ、霧也」
静寂は、彼女の言葉によって打ち破られた。声のした方に顔を向けると、彼女が足を止めこちらに体を向けていた。
「どうした?」
「あのね、えっと……」
「……ホントにどうした?」
彼女は顔を紅潮させ言葉を詰まらせた。彼女が僕に顔を赤らめるとはとても珍しい。告白でもされるかのような空気感に懐疑を強めた。おかしい、絶対何かおかしいはずだ。
「今年の花火は、一緒にいきたいんだけど」
「……」
その言葉を聞いた時、俺の頭は真っ白になった。別に彼女から誘われたくなかったとか、先約があったとか、そういう訳ではない。普通の彼女は俺をこういうことには誘わない。"普通"の彼女なら。普通じゃない彼女からの誘いには「最後」を感じた。
「ねぇ、なんとか言ったらどうなの?」
「あぁ、そうだな……」
勿論、受け入れたかった。彼女からの要求は出来る限りを尽くしたかった。尽くしたかった、けど……。
「……まだ、分からない。親に聞いてみるから、追って連絡する。」
「うん、わかった。楽しみにしてるね」
震えた声で、不器用に笑う君は、無理をしているようにしか見えなかった。彼女の声を聞くたび、彼女の顔を見るたびに胸が強く締められる感覚に襲われる。
なるべく今は彼女の話を聞きたくなかった、彼女の顔を見たくなかった。が、「無理をするな」と言いたかった。彼女の心を癒す何かを言いたかった。無理、だったけど。
結局、花火大会の日はお父さんの三周忌で行くことが出来なかった。そのことを電話で彼女に伝えると、「うん」と句点の度に打つ相槌が徐々に震えを帯びてきて、それを聞いてまた腸が締め付けられる感覚に襲われた。
そして迎えた花火大会の朝、玄関を出ると役目を終えた蝉が諦めたように仰向けになって事切れていた。
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