オレたちキョウダイはVR上でしか会えない

常夏

第1話アニメ声の女に追いかけられている男

 砂浜と海。それなのに、ここには砂浜に打ち寄せる波が存在しない。ただ、上空に浮かぶ満月の光をゆらゆらと反射する水面があるだけだ。


 そして、潮の香りも一切しない。白い砂浜とそこにうずもれている巻貝の殻、遠くに見える灯台の光がなければ、海か湖か判別がつかないかもしれない。


 それでも一応、浅瀬は薄いブルーで、砂浜から離れていくにつれて青が濃くなるといった「海っぽさ」の演出はある。


 そしてもう一つ、「海っぽさ」と言えば、先ほどから二、三秒の間隔で画一的なさざなみの音が聞こえる。


 波が無いのにさざなみが聞こえるのは矛盾しているようだが、この場所を訪れる者の中に、それを指摘するものはおるまい。目の前の海は広大で、月は美しく、さざなみの音はどこまでも優しい。この場所はそれでよいからだ。


 砂浜をはさんで向こう側に南国風のコテージが見える。その中に何名か利用者がいるようで、コテージから漏れる柔らかな灯りがその周辺を暖色に染め上げていた。


 すると突然、そのコテージから何者かが飛び出してきた。周囲は暗く、コテージの灯りが逆光となっているため、その姿ははっきりとは見えない。その何者かは、わき目もふらずに走り出した。海を目指して砂浜を横切ろうとしているようだった。


「ジョウジ、待ちなって! 一体どうしちゃったの?」


 次いで、別の人間がコテージから出てきて、その何者かを呼び止めた。声から察するに女性のようだ。その声色はかなり特徴的で、少し低めでありながら非常にカラフル、そしてメリハリがあるため、一度聞いたら忘れられない、そんな声である。


 しかし、ジョウジと呼ばれた男はスピードを緩める気配が全くない。ジョウジは粉砂糖のような砂浜を渡り切り、海辺までたどり着くと、まっすぐ前を見つめた。


 ジョウジの目の前にあるのは、深い青色の海と、濃い群青色の空、ただそれだけである。それらを見つめるジョウジが、何を感じ、考えているのかはわからない。ただ、彼の全身からみなぎるような希望、喜びのオーラを感じる。それは、気のせいだろうか。


 やがてジョウジは息を大きく吸い込み、身体を折って海へ叫んだ。


「……があって良かったああああ!」


「え?! な、なんて?」


 追いかけてきた女性はジョウジの背後で足を止め、怪訝そうにジョウジの様子を伺った。


 ジョウジの叫びは、その予備動作の大きさや力の入れ具合とは反比例して、非常に声量の小さい、ささやくようなものだった。そのため、追いかけてきた女性は、彼の叫びの全てを聞き取ることが出来なかったのである。


 しかしジョウジは女性のとまどいなど全く気にせず、同じようにささやくような叫びを海に向かって投げかけた。


「……ル、最高ぉぉぉ!!」


 かすれるような、かぼそいジョウジの叫びは、さざなみの音にかき消された。彼の叫びは、この世界の何物にも影響を及ぼすことはない。


 ただ唯一、ジョウジの叫びに応えるように、満天の星空にひとすじ、流れ星が走った。

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