第8話 名は弥助

 城に戻り数日経つと、トワンの元に伝令が現れた。何と信長からの呼び出しである。何か粗相をしたのではないと世話役も焦りを見せていたが、トワンにしても皆目見当がつかなかった。だからと言って断る訳にはいかない。遅れることも許されない。トワンは指定された時間と場所に世話役と共に出向いた。


「よくきた。派兵もご苦労だったな。どうだ?何か問題はないか?」と信長は最大限の気遣いを見せた。

「はい。問題などありません。良い暮らしをさせていただいております」トワンは必死に覚えた言葉で答えた。

「そうか。今日はな、そちに名をやろうと思ってな」

「名ですか?」

「そうじゃ、日ノ本の名をな。どうだ?」

「有難き幸せにございます」

「まぁそう気負うな。余の為でもあるのだからな」と信長はニヤリと笑った。信長としては、珍しい者を配下に加えた優越感と、敵対した者共がトワンの姿を見て恐怖するであろう未来を見ていた。例えば、最後の一振りを放つとき、この世の見納めでトワンの姿が目に入ったらどう思うだろうか。鬼を見たと思うか、邪を見たと思うか、などと妄想していたのだ。


「ではお主に弥助の名を与えよう」と信長はあらかじめ決めておいた名を告げた。

「ははっ」

「これからはその名を名乗り、我に仕えよ」

「かしこまりました」

「では名を与えたことを記して、これも与える」と、信長は手元にあった脇差を差し出した。

「謹んでお受けいたします」と弥助となったトワンは答えた。

「これからも励むように」と言い残し、信長はさっさとその場を去った。


信長の姿が視界から消えると、

「よかったのう。弥助殿」と後ろに控えていた世話役が声をかけた。

その声に反応したかのように弥助はただ頷き、大粒の涙を流した。

脇差はいわば室内でも立ち回れるための短めの刀である。それは開けた戦場ではなく、信長の傍に居ろとの思惑からだと弥助は思った。それを理解したからこそ、弥助は涙を流した。すなわち、故郷に帰れる可能性が増したのである。


 弥助の名を下賜されてから、度々信長に呼びだされた。信長は弥助の故郷やこれまでに訪れた国の事を聞くのが目的であった。信長の目は既に世界に向かっていたとも言えよう。熱心に聞く信長に、弥助も心を許していった。

それ以降は、信長と行動を共にすることも多くなった。もちろん、弥助の容姿で驚かそうという魂胆ではあるが、弥助もそれを楽しんでいた。八百万の神様がいると言われる日本だけあって、反応も千差万別。恐怖する者、拝む者。それぞれの反応を楽しんでいたのだ。ある時など、信長と同じように身体を洗わせてほしいという者さえ現れた。信長はそれを笑い飛ばし、

「すでに試しておる」と大声で答えた。


 弥助の立ち位置は、信長の荷物持ち。とは言え、荷物の中身はないことがほとんどだ。城内を例に挙げれば、誰かの挨拶を受ける時などに用いる座敷において、一段高くなった場所の中央に信長が座る。その右後方に信長の刀を持った蘭丸が控える。そして左後方に弥助が控える形だ。大抵の面会希望者は、弥助の姿に驚く。

逆に弥助の姿を見ても表情を変えない者は、信長の小さない意地悪を受ける。

最も、弥助の容姿の異様さは、市井にも広がりを見せている。そう言った変化もあり、驚く者は遠くの大名かその配下たちである。京や堺では噂の広がりも早く、弥助は話題の人物になっていた。

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