第6話 良い暮らし

 その後の説明で、どうやらトワンは主に気に入られたようだと聞かされた。言葉の問題も大丈夫と言われ、トワンの不安は薄れた。そして聞かされたのが、今の日ノ本で最も力を持つ大名。織田信長という名前だった。

「いいかいトワン。けして名前で呼んではいけないよ。殿と呼びなさい。言いつけを守っていれば良い暮らしができるだろう」と、バリニャーノは最後の指示を出してその場を後にした。彼の言葉の真意をトワンは測ることが出来なった。もしかしたらトワンに安住に地を与える為だったのかも知れない。

 

 トワンには直ぐに二人の男が付き添い、あれこれと世話を焼いた。

着物の着方から食べ物の食べ方。もちろん、通訳の男もすぐに手配されトワンの元へと現れた。ポルトガルとの貿易に従事した商人だが、至って丁寧に接した。

今までとは全く違う生活に、トワンは驚きはしたが、バリニャーノの最後の言葉の「良い暮らし」の意味を感じ始めていた。言葉の障害は残るが、身振り手振りで色々なことを教わった。奴隷として過酷な日々を過ごしたトワン、従者となってからも自由の無かったトワン。彼にしてみてば、心から良い暮らしを実感していた。

三か月ほどしたころ、トワンに剣術の指南役が付いた。修練場などを見学していたトワンの事を知り、信長が手配したのだ。狩りの為とは言え、刃物の扱いには慣れていたトワンだが、刀と言われる鋭利な武器に驚きを隠せなった。

トワンが狩りに使っていたのは所謂、叩き切るというようなもので、刀の切れ味を間近で見て驚嘆したのだ。

「よいか?刀と言うのは縦に力には強い。だが横からの力には弱いのだ。だから真っ直ぐに切りつけることが優先される。それを学ぶのが剣術と言う武道である」世話役の若い男がトワンに説明した。

それからトワンは剣術に興味を持ち、通い詰めていたのだ。力任せに叩きつけていた刃物と違い、刀の繊細さにもトワンの興味は尽きなかった。奇麗な波紋。光に反射する研ぎ澄まされた刀身。そのどれもが彼の目を離さなかった。かといって、剣術が簡単に手に入る者ではないことも、何度目かの修練でトワンは悟った。

「気にするな。真の剣豪などほんの一握りだ」と世話役も笑っていた。

トワンには特に指示が出されなかった。というよりも、あれ以来自分を雇ったであろう主とは接見さえ出来ていなかった。よって、彼にはすることがない。だからこそ、修練や見学で日々を過ごすことが許されていた。三度の食事も当然かのように与えられていた。

トワンの住居は城と呼ばれる建物の外に位置する。兵の詰所と言われるところだ。城内では刃物の持ち込みが禁止されているが、詰所では許されている。よって、真剣での勝負もたまにだが見ることが出来た。また詰所と言うだけあって、色々な人間がトワンとの会話を楽しもうと詰め掛けた。彼らは皆が笑顔だ。物珍しそうに近寄って来る者もたまにはいるが、今までの事を考えるとトワンには何の苦痛もなかった。それ以上に彼らとの交流も楽しみの一つになっていた。

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