第5話 権力者との出会い。

 案内役の男が正面の丘の上を指さした。丘の上には大きく煌びやかな建物がそびえ立っていた。どうやらそこが今回の目的地らしい。整理された街並みを抜けると、緩やかな坂が斜面を這うように頂上へと続いていた。近づくとその雄大さに目を奪われた。大きな木製の門を抜けると、村の人口を優に超える程の侍や武将と呼ばれる物たちが左右に列を作って一団を迎えた。その多さに、今まで会った権力者とは、明らかな力の差を実感した。建物内に入ってからも同じだった。多くの者がそこには存在していた。ただし、刀と呼ばれるものを腰に携帯してはいない。

侍や武士ではないのかと不思議に思っていると、決め事の一つだと案内役が宣教師の一人に説明していた。

村長の家には、狩りなどに使う武器は持ち込まない。という村のしきたりと同じようなものなのだろう。

やがてトワンは大きな部屋の前で待つように言われた。その際、今までのように頭を下げて静かに座ることも伝えられた。トワンは黙って頭を垂れて床を見ていた。

奇麗に磨き上げられた床も、彼には興味をそそられる一つでしかない。

『スベスベだ』と彼は思った。どうすれば木材がここまで奇麗になるのか。とトワンは村の建物と比較せざるを得なかった。

宣教師たちは先に部屋へと通された。何やら大きな声が響いたが、彼は頭をあげるとこはしなかった。命令があるまで、体制を崩すことが許されてはいないからだ。

宣教師たちの話し合いは直ぐに終わったようで、彼はバイニャーノに呼ばれた。

前もって指示されていたように、彼は大きな箱を持って部屋へと歩みを進めた。左右に三十人は居るであろう者たちは、トワンを見て眉をひそめた。


「こちら献上の品になります。お納めいただければ幸い」と、バリニャーノがトワンに目配せを送った。トワンは黙って箱を前に突き出し、頭を下げたまま後ろに下がった。すると、

「お主は何者だ?」との声が聞こえた。それにはバリニャーノが答えた。

「この者はモザンピークという国から来た奴隷であり、今は従者の役目を致しております」と。

「ほう。聞き及んだことのない国だの」

「アフリカの南東部に位置する国でございます」

「ふむ、して、何故にそれほど汚れているのだ?」と。すると、

「殿の御前に薄汚い姿で現れたと申すか。無礼者どもめ」と、どこからともなく声が響いた。トワンは黙って下を向いていた。当然のこと、話の内容は分からない。ただ、指示通りしているだけだった。

「お待ちください。この者の肌はこれが普通でございます」と宣教師の一人が慌てて答えた。

「なに?元々がその色だと申すか?」

「左様でございます。アフリカの多くの民は、皆がこのように黒いのです」その説明を受けて、声を荒げていた者は黙った。

「なるほどの。蘭丸。この者を水で洗え。偽りでなければ褒美を取らす」

「承知いたしました」と誰かが答えると、トワンの腕をつかんだ。指示されたこと以外の出来事に慌てるトワンに、バリニャーノが静かに言った。

「ついていきなさい」と。蘭丸と呼ばれた者は、トワンの腕を引き、庭へと向かった。すぐに大きな桶が運ばれ、トワンは上半身をむき出しにされた。事態を飲み込めないトワンは、何か粗相をしたのではないかと、目をキョロキョロさせるしかなかった。彼が恐怖を感じるには十分過ぎる事態だろう。蘭丸はトワンの胸や背中を布でゴシゴシとこすった。

「どうじゃ?」と庭先まで姿を現した男が言った。

「間違いありません。汚れではなくこの者の肌の色に相違ないかと」

蘭丸は膝をついてその男に答えた。

「そうか。そうか」というと、庭先の男が大きな声で笑い、

「ほんに、世界は広いものだ」と、満足そうに言った。

トワンは上半身をぬらしたまま呆然とその光景を見ていた。

蘭丸から衣服を正すように促され、トワンは我に返り指示に従った。

それからまた部屋へと向かい、男と向かい合った。


「バリニャーノ。この者を貰っても構わないか?」正面に座った男は笑みを浮かべながら訊ねた。

「この者は言葉が分かりませんが頭は良いと思われます。お役に立てるようでしたらどうぞお使いください」とバリニャーノは答えた。すぐに返答を用意していたのを見ると、このような事態を予期していたようだ。

「お主の言葉は分かるのであろう?」

「はい。イタリア語も少々は理解できておりますが、ポルトガル語の方が堪能だと聞き及んでおります」

「ふむ。ではポルトガル語に堪能な者をこ奴に付けるとしよう」そう言うと、正面の男はトワンに言った。

「我に尽くせ」と。

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