追跡:対立

「アリシア様、起きてください」


 昨日遅かったから気持ちよ~く昼寝をしてしまっていた俺をゆっさゆっさとクレアが揺さぶる。

 なんだよ……まだ眠いから寝かせてほしい。


「そろそろ会議が始まるんですよ」

「えー、パスするぅ」


 なんだよ会議って、おとといもやったじゃん。

 十分だよ、どれだけ会議室好きなんだよ。つーか、もはや会議室に住んでるのでは?

 まさか、俺たちの寝床も会議室に移されるんじゃないだろうな。

 は~、もう少しで俺のバベルが復活しそうな夢を見ていたのに……


「パスするではありません、アリシア様。我が国は……いえ、人類はいま大変な危機を迎えているのですよ?」


 危機ね、うん。

 でもそれ俺が解決しちゃったんだよなぁ。

 昨日……ん?

 そうか、会議といえばリカルドのヤツも来ているな!?

 俺の目は冴えた。

 飛び起きると、クレアに勢いよく言った。


「行くか!?」

「アリシア様、スカートの中が見えております。そういったはしたない行為はおやめください」


 スカート? ああ、元男だからそんなんわからんわ。

 でも、これが俺のニューウェポンにもなるわけか……ま、覚えてたら気を付けてみるか。





 俺が会議室につくと早々に会議が始まった。

 しかし会議ってのは本当に退屈だ。なんか砦がどうとか言ってるけど、正直興味ないし。

 でもさ、どうせこの会議って無駄なんだよ。

 だって俺の影の覇者ムーブでこの会議で話していることが全て無駄になることが決定しているからな。

 まあこういう無駄なことをやらせて怒り散らさず余裕を見せるってのも強者の特権だよな。

 なんていうかザコたちの努力を最強のムーブで蹴散らすって王道じゃん?


 うーん、しかし何を考えるわけでもなくボーっとしてるのも眠くなるな。

 そうだ、リカルドと遊んでやるか。あいつに『誘惑の瞳』でも使って昨日のことゲロらせてやるかな。

 で、リカルドのヤツはどこにいるんだ?

こんなにオッサンだらけだと全然わからん。

 美女ばかりの会議なら、一瞬でわかるのに。やっぱり、人生は不公平だよなぁ。

 めんどくさいからちょっと挑発してみるか。どうせ大した会議やってないんだし、話ぶった切ってもいいだろ。

 大丈夫、俺がすべて解決する! ドン!


「リカルド、昨日の夜——密会のことを話しなさい」


 俺がそう声を上げたとたん、みんなが俺の方を向いてぴたり、と声がやむ。

 この支配感……やべぇ、病みつきになりそう。



「え!?」


 なんでクレアが一番最初に驚いてるの?

 ああ、そういえばなんか気をつけろって念押されてたっけ。

 なんとかなるだろ。大丈夫、俺の影の覇者ムーブを見せつければクレアもにっこりさ。


「……昨日、ですか」


 お、あいつがリカルドか。相変わらず冴えない顔してて覚えられない。

 でもなんか薄気味悪い笑みを浮かべてるのが妙に気持ち悪いな。これが幻惑の瞳の効果か?


「昨日は交渉していたのですよ、アリシア様」

「へー、交渉? なんの?」

「魔族と友好をつなぐための……ね」


 会議室がざわめく。あと俺もざわめく。

 え!?

 ま、待ってどういうこと!?

 ……まて、そ、そういうことか……全てつながったぞ。

 これこそ俺の幻惑の瞳の効果……いちいち全てを指示出すなんてのはチートとしては不十分、そういうことだったのか。

 新のチート、それは俺のやりたいことを先回りして叶えるということまで網羅する。

 まさに影の覇者としては最高のコマになるわけか。

 はぁ、自分のチートが優秀すぎて怖い。


「そういうことでしたか」


 俺の答えにさらに会議室がざわ……ざわ……となる。

 うーん、俺のチートに驚愕をする愚民ども。気持ちいい、病みつきだ。


「ええ、そういうことです、アリシア様。あなたのような無能な王女では国を守ることができないからね」


 く、ここでまさかの俺をザコ呼ばわりッ!

 リカルド、お前………………わかってるじゃないか!!!!

 俺の表の無能っぷりをアピールし、傀儡くぐつと思わせ影の覇者ムーブを際立たせる……なんという主人思いの忠犬!

 幻惑の瞳、予想以上にすごい能力だな。


 しかし横に立っているクレアはそうは思っていないようで、小さく怨嗟えんさをつぶやいている。


「ペテン師め、奴はそんな人間ではない。それにアリシア様をここまで愚弄するとは……!」


 うむ、素晴らしい反応。

 まさに表の俺の無能っぷりアピールが成功した証だ。

 俺がことさら満足にニヤニヤしていると、リカルドが俺の心情を察してさらに追い打ちをかけてくれた。


「ああ、心配しなくても大丈夫ですよ、アリシア様。あなたが国を滅ぼす前に、私がどうにかしますから」


 くっ、これはわかっていても心に来るぜ……ッ!

 なんという煽り、事情を知らなきゃはった押しに行ってたな。

 ふ、だが俺は全て知っているぞ、リカルド。

 俺のため、そうだな?

 ニヤリ、とリカルドに向かって笑うと、リカルドはなぜか顔を強張らせた。なんで。


「もう……我慢なりません」

「え?」


 なんか隣のクレアさんの美人顔がすごく怖く歪んでいるんだけど。

 どういうこと?

 俺はほら、気にしてないよ?


「アリシア様、お立ちください。もうこの場にいる意味などありません!」

「え、でも……」

「でも、ではありません! 失礼します」

「ちょ、アリシア!?」


 俺を立たせると、アリシアは手をつかみ会議室から強引に出てきてしまった。

 あ~、俺の敗者ムーブが……いや待てよ。

 クレアがキレ散らかして退出する……これこそ新の敗者ムーブではないか?

 これを見せたうえで影から国を救う……しびれる展開だ。

 クレアと俺は部屋まで戻ってきて、バタンと勢いよく扉を閉めた。

 うーん、ちょっと言われすぎちゃったのかな?


「アリシア様! いいですか! リカルドのクズはああいっていましたがきっと保身のために何かを企んでいるので気を付けてくださいね!?」


 ずい、と俺に顔を近づけるクレア。

 いいにおいがする。

 あと美人顔がアップになって目の前にあるってちょっと照れるな。そういう機会あんまりなかったし。


「まあ大丈夫だよ、クレア」

「大丈夫では! ありません! それに! 私はあそこまでアリシア様をけなされ悔しいです……!!」


 うーん、事情を知ってれば別に悔しくもなんともないんだけどな。

 でもここは、そことなく伝えておこう。

 クレアに俺の幻惑の瞳のことを言うと、影の覇者的な余計なトラブルに巻き込まれてしまう可能性が高いからな……!

 家臣の命も大事にする器……それが覇者!


「そういわないでよ、ほら。リカルドもああいってたことだしさ」


 ん?

 なんでクレアは俺の方を見て怒りの表情を灯しているんだ?

 まてまて、クレアは俺を妄信している。つまり怒られることはない……ハズだ……?


「アリシア様……なぜ昨夜外に出たのですか」


 俺は目をこする。

 幻視かなぁ。なんかクレアの髪の毛が逆立っているような……もしかしてスーパーサ〇ヤ人だったのか?

 それに俺が外に出たことを知っている、名探偵か。


「えーっと、なんのことかな?」


 影の覇者的には知らを切りとおす。これしかない。

 クレアの目、こんな細かったっけ?


「無駄ですよ、アリシア様」


 そういうとドアの前で何やら唱え始めた。

 すると、昨日の俺が……ってマジ!?

 何この魔法!?


「ご存じのはずですよね、アリシア様。これは私のユニーク魔法……再生です。その名の通り、場に残った記憶を私の意のままに再生する魔法」


 クレアは闇の情報屋だと思っていたが、この能力があるのであれば情報屋どころかもはや諜報員だな。

 いや、もはや魔法界隈のシークレットエージェント……うむ、影の覇者に相応しい諜報部員だ。

 そんなことを思いながら俺が昨日の夜、部屋から出ていく場面が再現される。

 なんかこうしてみると今の俺ってすげーかわいいな。


「これは昨日の夜ですね。部屋から抜け出しているようですが、何か弁明は?」


 ふ、ユニーク魔法という素晴らしい魔法を見せてもらったことだし、俺もそれっぽい言い訳考えてみよう。

 ところでユニーク魔法ってなに?


「えーっとほら、これはその、夜の散歩……ってやつかな?」

「アリシア様、そのような言い訳が通用するとでも?」

「えー、っと……じゃあ今度一緒に行く?」

「くっ、それはとても魅力的な……ではなくアリシア様! 貴女は命を狙われる立場にあるという自覚を――」


 うーん、これは長いヤツだな。

 会議が終わったら説教とは、今日はよく眠くなる日だ。

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