能力:陰謀

「そうだな。その手はずで行こう」


 なんだか怪しげな会話が耳に入ってきた。

 さびれた中庭の一角、俺はなんとかクレアを引きはがせないものかと画策しながら、城内をダンジョンに見立てて徘徊していた。

 正直、これほど悲しいものはない。

 なんで安全な城の中をダンジョンに見立ててシミュレーションしてるんだ、俺。

 早くダンジョンで俺TUEEEEとか配下TUEEEEしたい。

 そもそもダンジョンってこの世界にあるのか?



「あそこにいるのは貴族派閥でも比較的穏健派のメンバーですね」


 俺の冒険仲間で優秀な女盗賊、クレアがさっと身を壁によせ余念なく情報収集をしている。

 ――幼馴染の俺はよく知っている。

 そう、クレアは幼少期から厳しい訓練を受けて育った。その真剣な表情を見ると、彼女がどれだけこの任務に対して責任を感じているかがわかる。

 もはやその手口は職業病といっても過言ではない、まさに自動情報収集機能がついているのと同義だ。


「アリシア様、大丈夫ですか?」


 リリィはなぜか俺の前に立って、前衛職をやり始めた。彼女の明るい性格が、どんなに暗い状況でも一筋の光をもたらしてくれる。

 ——そう、彼女の職業は格闘家。いつでも俺たちのパーティーを明るく破廉恥にしてくれる希望の格闘家だ。

 これで前は万全だな。

 でも残念ながらこのパーティーには火力がいなかった。

 やはり影の勇者の仲間としては大魔道と聖女が欠かせないと思うんだよな。


「よし、リリィ。お前が前衛だ。クレアは引き続き情報収集を頼む。そして俺は……やっぱり影から見守るボス役だな」

「アリシア様? 何をおっしゃっているのでしょうか?」

「いや、何でもない。リリィ、引き続き前衛は頼んだぞ」


 いつもの発作ですね、そんなアリシア様も……とリリィはどうも納得したらしい。

 おい、アリシア。発作って思われてるぞ。

 まあ確かに俺の考えてた内容も発作だな。

 俺TUEEEEできなすぎて、つい俺TUEEE系主人公の考えってこんな感じなのかなってやってしまった。


「アリシア様、少しお静かに」


 クレアが俺とリリィにくぎを刺す。が、彼女の鋭い目は、一瞬だけ柔らかくなる。幼い頃からアリシアを守り抜くと決意した彼女は、どんな危険にも立ち向かう覚悟があるのだ。

 ……いや、このくだりはもういいから。

 クレア、もしかして本格的に女盗賊に転職する気?

 ちょっと待ってよ、俺の情報屋はやめないでくれ。


「クレアがいなくなると困るんだけどな」


 そうぼやくと、俺はクレアに壁際に寄せられていわゆる壁ドンみたいな形でクレアの豊満な胸を押し付けられた。

 え、やだ。みんな見てるところでこんな……!?

 ほら、リリィもめっちゃ見てるよ。なんか目を手で覆い隠してるふりして、手の間からジーッと見つめてるし。

 そもそも純情ぶっても無駄だからな!? 昨日、俺の胸を揉み下そうとしたのはちゃんと覚えているぞ。


 それにしてもクレアってすごく大胆だな。ぷにぷにした柔らかな胸の感覚が俺の頭を包む。こんなことしちゃっておじさん(?)、よだれ出そうだ。桃源郷は――ここにあった。

 わが人生、一遍の悔いなし。


「アリシア様、そのお言葉はとても嬉しいのですが今はお静かに」


 こんな胸当てられたら誰でも静かになっちゃうよ。

 もっとも悲しいかな俺には聳え立つ肉体的バベルも精神的バベルも枯れはてているのだが。

 魔法でバベルの塔建造できないのかな。


「……次の満月の夜が楽しみですね」


 バベルの夜は楽しそうだな。

 じゃない、貴族の男が意味深な言葉を放つ。バベルの夜が楽しいってなんだ。


「次の満月の夜何かあったかしら」


 うちのパーティーの優秀な頭脳1であるクレアがつぶやくと、呼応するようにリリィが答える。


「クレア様、そういえばアズリューク派のパーティーがあるといっていた気がしますよ」

「確かにそうでしたね。アズリューク家であればそう変なことも起こさないでしょう」


 アズリューク家の信頼よ!?

 クレアがここまで言うって相当な信頼じゃないのか。アズリューク家の品行をリカルドのヤツに見習わせてやりたいぜ。まあ、その素行の悪さが俺の『幻惑の瞳』の餌食なんだけどな!


 にしても、次の満月の夜が楽しみ、か。

 なんかどこかで聞いたことあるセリフなんだよな。

 なんだったっけ。

 はっ、そうか! 俺がこの世界に来る直前に読んでいた「異世界最強浪漫道中~俺のメンタル豆腐波:こんなんだからヒロインが一人もいないんですよ~」の推理パートのセリフに出てきたやつだ!

 確かあれも似たような世界観、そしてあの時は国を亡ぼそうとしている貴族の実行計画を暗号化していた。

 ――そう――か。

 なるほどな、全てつながった。俺はやはり天才か。転生させた邪神はクソだが、俺はそれを切り開くだけの才能があったんだ。

 ああ、自分の才能が恐ろしい。俺は自分を抱えようとした、が、クレアの豊かな胸の前ではそれもできなかった。

 というかいい加減話してほしいな、クレア。


「あのー、クレア」


 もごもご、と俺はクレアの胸の中から声を上げる。


「……はっ、アリシア様! 申し訳ございません」

「いや、クレアいいんだよ」


 心のバベルはなくてもなんか気持ちよかったし。


「それよりもクレア。さっきのって、やっぱ暗号じゃないか?」

「暗号……ですか?」

「そう、怪しすぎると思うんだよな」

「そうでしょうか……」

「絶対そうだと思うね」

「しかしアリシア様。実際に次の満月の夜にアズリューク家のパーティーもありまして、あまり警戒しなくてもよいかと思います。そもそもリカルドとアズリューク家はあまり関連は薄いですから」


 言わないよ? 言わないけどさ、そういうところだぞ、クレア。

 そういう油断が命取りになるっていうんだよ。は~、わかってねーなぁ。

 ま、こういう時こそ俺の『幻惑の瞳』が役に立っちゃうんだよなぁ。

 俺の最強影の勇者ムーブ決まるぜ。

 よーし、ちょっとこっち見るまで待って……


「アリシア様? 目つき悪いですよ」


 うるさいな、クレア。今集中しているんだ。


「……はぁ、アリシア様、この状況でこの場に長くいるのもあまり得策ではないかと。アリシア様は特に命を狙われている可能性の高い立場でもあります。アリシア様の言う通り、本当に何かを企んでいては非常に危険です。この場は去りましょう。リリィ」

「あ、はい。そうですねクレア様。ほらアリシア様、行きましょう」


 そういうと俺の腕をぐいぐいと引っ張る。


「え!? ちょ、ちょっとリリィ!?」

「ほら、行きますよ、アリシア様」

「ちょ、リリィどこ触ってんの!? てか、待って! 連れて行くなー!!」


 俺は今度こそリリィに胸を揉み下されながら強制退散させられるのだった。

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