第44話怒り


 「ちょっと…………その子たちをどうするつもり?!」


 『見て分からぬか?こうするのだ』



 説明するよりも先に自身の指を細かく動かし、その動きに合わせるように生徒たちが動き出してこちらへ駆けて来た。


 この子たちを使って私を攻撃しようと言うの?!



 「[神聖衝撃魔法]ホーリーインパクト!」



 咄嗟に口をついて出てきた言葉は聖なる力の衝撃波だった。それによって魔物化した生徒たちはまた吹き飛ばされて木に衝突し、ぐったりと項垂れてしまう。



 「ああ!ごめんね!」



 一人の生徒に駆け寄って生死の確認をすると、魔物化しているとは言え呼吸をしているのを確認する事が出来て、ホッと胸をなでおろす。



 『それ、まだ終わりではないぞ。いくらでも操る事が出来るのだから……フフッ』



 ロキが不穏な言葉を発したかと思うと、意識のない魔物化した生徒たちは無理矢理体を動かされて従わされていた。


 こんな事したくないわよね……苦しいよね…………



 私の中で激しい怒りがわき起こり、生徒たちそっちのけでロキの方へ足早に向かっていった。



 『何だ?自ら殺されに来たというのか?』



 私がやられっぱなしだから完全に油断しているロキは、防御する素振りさえ見せない。


 ロキの目の前まで来て足を止め、彼に向き合うと、何をしに来たのかと楽しそうにニヤニヤ笑っていた。か弱い貴族女性だと思って自分がやられるとは微塵も思ってないわけね。

 


 私は自分の右腕に聖魔法をかけていく。



 「…………[攻撃補助魔法]クルセイド………………その薄ら笑いを止めなさい!!!!」



 ――――バチィィッッン!!――――

 


 『ぐぁぁっ!』


 

 私は自身の利き腕に思いっきり攻撃能力向上の魔法をかけて怒りの平手打ちをロキに叩きつけ、彼はすぐ後ろの大きな木に叩きつけられたのだった。



 「綺麗にアタックが決まったといったところかしら」

 


 元バレーボール部の腕の振りは健在だったかな。腕力は前世に比べるとまるでなかったので、自分の腕を何百倍も強化したのだけど、こういう攻撃のしかたも有効ね。


 聖属性の攻撃補助魔法だったのでロキには効果絶大で、頬は赤く腫れあがって顔が少し歪んでいる。


 どうせ変形できるのだからすぐに直せるのでしょうけど。


 木に叩きつけられて座り込んではいるものの、魔王なのでさすがに肉体が強いのか、決定的なダメージを与えているわけではなかった。



 でも私の心はとてもスッキリしていた。



 美丈夫が台無しね…………ざまぁみろよ。



 私の可愛い生徒たちを物みたいに扱うヤツが悪い。

 


 まさか私から平手打ちで返されると思っていなかったのか、肉体を軟体化させる事も出来ずに一撃をくらったロキは、何が起きているか分からないといった表情で自身の頬をおさえている。


 座り込んだまままだ起き上がれないでいるロキの胸ぐらをつかみ、溜まっていた怒りをぶつけた。



 「調子に乗らないで……私の可愛い生徒を物みたいに扱って。彼らに今すぐ謝りなさい!!」

 

 『…………………………』



 ……………………ロキに怒りをぶつけてみたものの、返事がない。何だか様子がおかしいわね。……人の顔をボーっと見て返事がない。



 頭でも打ったのかしら…………それとも衝撃で頭が揺さぶられてボーっとしているとか?



 「ちょっと、聞いてる?」


 『はっ!き、聞いてる…………っ………………謝れと言われて、あ、あやまるヤツなどいまい……』


 「…………………………」



 何を子供みたいな事を言ってるんだろうと呆れてしまうわね。魔王って精神はお子ちゃまなの?


 私が心底呆れた顔をしていると、口をとがらせたような表情をしたロキが、驚きの提案をしてきたのだった。



 『……そなたが私と共に魔王城に来るなら心から謝罪しよう。そしてこの者たちを解放し、肉体も返してやってもいい』


 「は?」



 訳の分からない提案をされた私は変な声が出てしまって、状況を理解出来ずに混乱してしまう。


 どうして私がロキと一緒に行かなければならないの?それに何だかモジモジしているように見える……さっきまでのロキより、今のロキの方が数倍危険な感じがする。



 「…………いや、それはちょっと…………」

 

 

 私は苦笑いを浮かべてロキを掴んでいた手を離すと、少しずつ後ずさりながら距離を取ろうと下がっていった。


 これは何だかマズい状況のような………………


 

 ある程度距離も出来たところでもっと離れようとしたら、腕をガッチリつかまれてしまうのだった。



 「ちょ、ちょっと落ち着きましょうか」


 「我は十分落ち着いている。そして思考も通常通りだ。一緒に来るのか来ないのか?」


 「何でそんな話になるの?!」

 


 せっかく距離を取ったのに私の腕をつかみながら一気にロキが距離をつめてきたので、顔が近い……っ!


 顔だけは美しいなんて詐欺ね…………性格はとんでもないのに。


 混乱して必死にロキを押しのけていると、突然私は後ろに引っ張られて大好きな人の腕におさまっていたのだった。



 「それ以上ディアに触れる事は許さない」


 「ジーク!」



 彼が来てくれた喜びが私から溢れ出てしまい、声がうわずってしまう。



 喜びに溢れる私の心に1つの疑念が生まれてくる。


 私、カリプソ先生の顔を平手打ちしてしまったという事になるんじゃないかしら……そう考えると途端に罪悪感がやってきた。


 ごめんなさい、カリプソ先生。ロキを体から追い出せたら後で回復魔法をしよう。



 『………………お前は……そうか、お前もか。ここに揃っているというわけだな、面白い』


 「?何を言っている」



 私はロキの言葉を聞いて、大きな違和感を感じていた。最初にロキが姿を現した時も”久しいな”とか”今はクラウディアという名か”とか言っていたのを思い出す。


 動きが遅くなったような事も言われたわ。


 同じような言い方をジークにもしているけど、どういう事?



 私たちは何か因縁があるというの?


 


 『どのみちお前は私とクラウディアにとって邪魔だ――――まだ本調子ではないが、お前を消すくらいは出来るだろう』


 「彼女は私の大切な人だ、邪魔なのはお前だろう」



 魔王を目の前にしてもジークは全く怯む事はなかった。ロキの力もヒシヒシと感じているはずなのに。

 


 こんな状況なのにジークにとても嬉しい言葉を言われたわ……大切な人って。無意識?

 


 私の浮かれそうな気持ちを打ち消すかのように目の前のロキは、己の体にどんどん力を溜め始め、彼の体がみるみるうちに凄まじい邪の力で包まれていった。

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