第43話シグムントSide 8


 私がカリプソ先生の異変を感じた日、ディアに会う為に公爵邸に向かうと、その日の彼女は酷く動揺していた。


 ひとまず遅い時間に訪問した事を詫びながら、急ぎの話があると伝える。



 「クラウディア……遅い時間にすまない。急ぎで君に伝えておかなければならない事があるんだ」


 「急ぎで?分かったわ、もう外は暗いし私の部屋でいい?」

 

 「え?あ、ああ……そうだな」



 自分で遅い時間に訪ねておきながら、彼女の自室に招かれると動揺している自分がいるとは情けない。


 この時間では外でお茶など無理な事くらい分かるものなのに、彼女の事になるとそんな事も頭からすっ飛んでしまうとは……自分に呆れながらも自室でお茶を出来る事に喜んでいる自分に活を入れたのだった。



 ディアの部屋に入ると、彼女の匂いに包まれてとても幸せな気持ちになる。


 私は変態ではないが、ちょっと変態に近い思考になってしまうのは想いをよせる相手だからだと自分自身に言い訳をして、必死に誤魔化した。



 2人で話し始めると、カリプソ先生の名前を出したところで彼女からストップがかかった。



 そして彼女の美しい瞳からハラハラと綺麗な涙が流れ落ちたのだ。


 彼女の涙を見るのは幼い頃以来なので物凄く動揺してしまい、思わず膝をついて彼女に駆け寄る。



 気丈で滅多に弱さを見せない彼女がこんな風に涙を流すとは……いったいディアは何を抱えているんだろう。


 涙が止まってほしいと思う反面、美しい泣き顔にずっと見ていたい気持ちになり、不謹慎な自分を戒めた。



 私の責任を半分こしようと言った彼女が愛おしいし、きっと私もディアが苦しんでいたら同じようにしてあげたいと思うだろうから、彼女にも同じ言葉を返す。



 「ディア……君が抱えているものを私にも分けてほしい。以前君が私に言っただろう?責任を半分こしようと。こういう時こそ半分こするべきなのではないか?」



 私は上手く言葉を返す事が出来ているだろうか。不安になりながら彼女の表情をうかがっていると、少し照れながら「…………じゃあお願いしようかな」と返してくれたのだった。



 その時の喜びは人生で一番と言ってもいいもので、いつも表情を緩めないようにしていたが、その時ばかりは破顔していた。


 そしてその時に抱きしめた彼女の温もりと唇の感触、甘い匂いは私の中でずっと残り続け、このまま学園祭まで気持ちを伝えずにいる事は出来ないと思うようになるのだった。


 


 ~・~・~・~・~



 課外授業から生徒たちも教員たちも皆無事に戻り、理事長室にてダンテとディアから副校長のミシェルとともに課外授業の報告を受ける。



 どうやら生徒の一人が魔物化し、その生徒を元に戻す為にディアが力を使ったという話も聞き、来年からは課外授業はなしにした方がいいなという話になった。


 ここまで瘴気が蔓延しているとは……魔物が増えているという報告は都度入ってはいるものの、瘴気に関してはあまり報告は入ってきてはいなかった。


 瘴気は見える者と見えない者がいるので、調査出来る者が限られてしまう。



 具現化してしまうと民でも目視出来るのですぐに報告が上がってくるのだが……厄介だな。



 ミシェル副校長はディアが聖なる乙女だと知って感動していて、その様子を見ながらこれから彼女の身にふりかかってくる事を考えると頭が痛い思いをしていた。


 もう一部の生徒たちにもバレてしまったのだろうし、彼女の力を隠しておく事は出来ないだろう。



 その事について教会側が接触してくる事も容易に察しがつく。彼女を守るには……ほとぼりが冷めるまで王都を出た方がいいのだろうな。


 王都にいれば様々な問題に巻き込まれてしまう。もちろん一人で行かせるわけはないのだが。



 私がそんな事を悶々と考えている間に、ふと目線を上げるとダンテがディアの髪にキスをしていたので、思わず顔が険しい表情になってしまっていたのを弟に指摘される事になる。



 「兄上にそんな顔をさせる人なんてもう現れないんだから、しっかりやりなよ」



 ダンテはそう言って、私の為なのかディアの為なのか、その場から去っていく事を選んだのだった。


 ダンテにも色々と思うところがあるのだろうな……今までそんな話を聞く機会もなかったが、いつか腹を割って話せる日がきたらいいと思う。


 

 私は心の中で感謝の言葉を伝え、弟の心遣いを無駄にしてはいけないと思い、今この場でディアに気持ちを伝える決意をした。



 しかし、やっと気持ちを伝えられるというところで、生徒たちから呼び出しが入ってしまい、彼女は先生としての職務を全うするべく理事長室を去っていってしまったのだった。



 ………………こればかりは仕方ないな。



 公私混同しないように気を付けなければ。タイミングは自分で作るものだと思い直し、次こそはと決意を固める。



 なぜか彼女が心配で理事長室の窓から庭園にやってきたディアの姿を見守り、立ち入り禁止の森に着いたところまで確認していたのだが、ディアを呼びにきた生徒が彼女が森に入った後、辺りの様子をキョロキョロと探っているかのような行動に不信感が募る。


 そして立ち入り禁止の鎖の前で仁王立ちしていた――――まるで誰も森に入れないようにしているかのようではないか。



 同級生が中に入ってしまった場合、焦るものではないのか?



 嫌な予感が頭をかすめていく……本当に生徒が森に?



 もしそれが嘘なら――――私は急いで森に向かうべく理事長室から廊下へ出た。



 しかしその瞬間、ドォォンッと!!と大きな衝撃が学園全体に響きわたり、地面も地震がきたかのように揺れ始める。



 この衝撃は何だ?大地が震えているかのような揺れに嫌な予感がましていく――――まさか森で彼女に何かあったのでは。



 そして階下から生徒たちの悲鳴が聞こえてきたので急いでおりていくと、今の衝撃と地鳴りのような振動で皆混乱しきっていた。


 ダンティエスとミシェル副校長もやってきたので、ひとまず皆で生徒を誘導して、外に避難させる事にした。



 すまない、ディア――――生徒を守らなければ――――――



 私の苦しい心中を察したのか、ダンティエスが「兄上は行かなければならないところがあるでしょ」と言ってきた。



 「校長室の窓からクラウディア先生が森に入っていくのを見たんだ。この衝撃もそれが原因なんじゃない?」


 「……………………恐らく。しかし私は王太子でありこの学園の理事長でもあるのだ。生徒を放って駆けつけるなど……」


 「そんな事を言ってる場合?!何かあれば……」


 「何かあれば、だと?」



 ダンテの言葉に触発されて、光の魔力が体中から溢れ出てきてしまう。彼女に何かあった時の事を想像すると、力が暴走しそうになるので考えないようにしていたのに。


 彼女に何かあれば、きっと私は一生自分を許せないだろう。


 でもここで職務放棄をして駆けつけても彼女は喜ばない――――そんな事は私が一番分かっている。

 


 「分かりました、理事長。私にお任せください」


 

 そう言ってミシェル副校長が自身の水魔法を使って、私そっくりの人型を作り出していった。水魔法というのはこんな事も出来るのか?


 いつかのカールの水魔法を見て自分にもこのくらい出来ると思っていたが、ミシェル副校長の水魔法を見て考えを改めた。



 これはさすがに私には出来ないな…………



 「ミシェル、君って…………凄く器用なんだね」


 「校長、お褒めにあずかり光栄です。どうです?理事長は2人も要らないと思います。あなたは用済みですからとっとと森に行った方がいいかと」


 「ミシェル!兄上になんて言葉をっ」



 ミシェル副校長が作り上げた”私”は確かに私のような外見だが、明らかに水だと分かるもので私の代わりと言うには少しどころではなく無理がある代物だった。


 でもあまりにも強気なこじつけに私は自分の考えがバカバカしく感じ、彼女の元へ行こうと思えたのだった。



 「ミシェル副校長、感謝する。ダンテもすまない、後は任せた」



 二人にそう言い残して、私は森の入口まで瞬間移動し、彼女の元へ駆けつけた。


 ディアの無事な姿を確認してひとまず安心したのだが、まさかそこに見た事もないほど禍々しい力を纏った者がいるとは思いもしなかったのだった。


 

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