第39話カリプソSide


 私はヴィスコンティ子爵家の一人娘、カリプソ・ヴィスコンティ。土魔法を得意とし、ドロテア魔法学園の養護教諭をしている。



 身分は低かったけれど幼い頃、両親はこれでもかというくらい私を可愛がってくれたし、お姫様のように扱ってくれた。


 私が4歳の時にお母様が亡くなり、それまではとても幸せだったのを今でも覚えている。


 でもお母様が亡くなるとお父様が豹変し、私に厳しく当たるようになった。



 私は最初、その理由が分からずとても悲しかったわ。お父様を恨んだ事もあったし、どうして私がこんな目に……と悲劇のヒロインのように思っていた時もある。


 でも少し大きくなった時、お父様と誰かが話している声が聞こえてきた――――


 

 「ご令嬢はあなた様の娘ではないと?」


 「あの者は妻がよそで作った子供で私とは全く血のつながりはありません。どうか引き取ってくれませんかね?」



 お父様は何を言っているの?あんなに私を可愛がってくれてたじゃない。二人とも仲が良さそうだったし、二人の子供じゃないなんて嘘よ!


 私は到底信じられず、お父様に詰め寄り、どういう事なのか説明を求めた。


 すると信じられないような事を言い始める。



 「お前の母親は私と婚約している時に私との子供が出来たと嘘を言っていたんだ。アイツが死んだ後に父親だと名乗る男がやってきた……そいつはお前の母親の邸に勤める使用人だったのだ。私はまんまとハメられ、お前を本当の娘として慈しんでしまった…………何の血の繋がりもないお前を私が育てる理由がどこにある?」

 


 お父様はそう言うと、憎悪の対象を見るような目で私を見据え、顔を逸らした。


 私は必死で泣きつき、とにかく役に立つから捨てないでほしいと懇願したのだった。



 無様だわ――――でもまだ10歳にもなっていない私には、こうする他なかった。


 私があまりにも必死で面倒だったのかは今となっては分からないけど、お父様は思い止まり、私を子爵家の令嬢として邸に置いておく事にしてくれた。


 私はむしろありがたいとすら思っている。浮気した女、嘘をついて結婚した女の子供を貴族令嬢として生きる事を許可してくれたのだから。


 この恩は一生かかっても返していこうと決意する。



 使用人たちにどんなに冷たい目を向けられても、言葉を交わしてくれなくても、とにかく貴族令嬢として恥ずかしくないようにと色々な教育を頑張ったわ。


 そしてお父様の役に立つ為に情報収集を任され、自分自身をフルに活用していった。使えるものは何でも使う…………色仕掛けも当然使っていったし、どうやら私には土魔法以外にも特殊魔法が使えるようで、それも大いに活用した。


 私が使える特殊魔法は時空魔法。時間を止める事も出来るし、空間を歪めたりも出来る。



 この魔法はまだお父様には知られていない……でも周りの人間の話を聞いても、こういう魔法が使えるのは特別な人間だという。


 母の浮気で出来た子供だったけど、私は自分が特別な人間だった事が分かり、歓喜したわ。


 もしかしたらこの魔法が使える事で人生を大逆転させる事ができるかもしれない。もうお父様に捨てられるかもしれないと怯える事もなくなる。


 ゆくゆくは王族から声がかかったりするだろうか。



 しかし、私が21歳の時にお父様にこの特殊な魔法の事がバレ、内緒にしていた事を酷く責められる。

 


 何とかして役に立たなければと考えた私は、魔法学園に入り込む事を父に提案したのだった。



 お父様は王族派の人間だったけど、私が学園に生徒として通っている時に教会の人間とよく会うようになって、それからは教会側の人間になっていった。なぜ教会側に寝返ったのかは分からない……聞いても教えてはくれないでしょうね。


 お父様は表向き王族派として行動していたので陛下の信頼が厚く、私の学園への就職は思いの外すぐに許可がおりた。



 挨拶の時に理事長室を訪れた時、私は雷に打たれたようにその場で固まってしまう。



 この世にこんなに美しくて尊大な男性がいるなんて――――私はシグムント王太子殿下に釘付けだった。


 殿下はいつも平等だし、表情はあまり変わらないけど時折見せる笑みがとてつもなく素敵で、殿下と会話出来た時は天にものぼるほど嬉しい気持ちで満たされていく。


 

 こんな気持ちは生まれて初めて…………



 そして私は気付いてしまった、殿下といつも口喧嘩をしている女教師、クラウディア先生の存在が殿下を煩わせている事を。


 煩わせている事も腹立たしかったけど、クラウディア先生の事になるとムキになったり、殿下から声をかけに行く事も気に入らなかった。あの女は構ってほしいがために迷惑行為をしているのではと思ったり。

 

 どんどん、どんどんクラウディア先生に対して腹立たしい気持ちが増していく――――お前がいなければ――――――



 気付けばクラウディア先生を階段から突き落としていた。


 自分が時空魔法を使った記憶がないのに突き落とした感触は手に残っているなんて…………



 なんでこんな事をしてしまったの。


 でもこのまま目覚めなければいい。


 どうしよう目覚めなかったら。


 これで殿下は私のもの。



 自分の中に良心に苦しむ自分と良くない思考の自分が混在している感じがして、自分自身が気味が悪く感じてくる。


 クラウディア先生が職場に復帰し、彼女に謝ろうと決意していたのに、職場復帰をしたクラウディア先生を見て、決意はもろくも崩れ去ってしまった。


 彼女は以前とはガラリと雰囲気が変わってしまっていて、話し方や行動まで可憐で素敵な女性になっていたのだ。



 あまりの変わりように動揺してしまい、普通に接するのが精一杯だった。



 どうしてこんなに変わってしまったの?



 私が動揺して行動できずにいる間に殿下とクラウディア先生は、以前とは打って変わって仲が良くなり、殿下の表情が…………とても柔らかくなっていって……そんな表情をクラウディア先生に向けるなんて、まるで恋をしているかのよう……


 

 殿下の恋をしている者の表情を見てしまった時から、私の中にあるクラウディア先生を消し去りたい気持ちにどんどん侵食されていく日々が始まった。


 あの女は何もかも持っている。裕福な家柄、愛情深い父親、魔法の能力、美しさ…………それでいて殿下まで?



 しかもリンデの森では聖魔法まで発動させていて、特別な魔法を使える特別な人間、という私に与えられた唯一のものさえ、彼女は簡単に手に入れていた。



 どうしてこんな女がいるの。



 保健室に戻る道すがら、男子生徒たちが会話しているのが聞こえてくる。



 「課外授業の時のクラウディア先生見たか?白く光って綺麗だったな~~」


 「あれって何ていう魔法なんだろう。俺に教えてくれないかな」


 「無理無理、最上級魔法っぽかったし絶対風魔法じゃないと思う。まさか魔物化した人間を治せる人がいるとは思わなかった」

 

 「俺のクラウディア先生はやっぱり女神だったか……」


 「やめとけ、誰かに聞かれたら恥ずかしいぞ」


 

 男子生徒たちは大声で笑いながら保健室の前を通り過ぎようとしたので、私は彼らに声をかけた。



 「君達楽しそうね」


 「カリプソ先生!いや、あの――――」



 男子生徒たちは自分たちの会話を聞かれていた事にとても気まずそうにしているので、安心させるように保健室へと誘う。



 「うふふっ先生にもクラウディア先生のお話聞かせてほしいわ……どうぞ…………」

 


 「…………………………はい……」



 私の中に良くない気持ちが渦巻いている時、”ソレ”は表に出てきて人の邪な心を操ってくれる。


 黒い邪の気配は生徒たちを取り囲み、心を操られた生徒たちは従順に保健室の中に入ってきた。



 

 保健室の中がみるみるうちに邪の気配で満ちていく――――うふふっ彼らには私の為にひと肌脱いでもらいましょう。



 とっても楽しみだわ。



 


 

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