第30話胸の痛みと真剣な想い


 昨日ジークに色々と相談した事で気持ちが軽くなった私は、張り切って学園に出勤し、授業にも力を入れて取り組んでいた。


 そしてその日からカリプソ先生のところに生徒が駆けつける事はめっきり減っていた。


 ジークのおかげ?と思っていたところに一つの噂が舞い込んでくる。


 クラスの女子生徒たちがヒソヒソと噂しているのを通りすがりで聞こえてしまったのだった。



 「理事長先生とカリプソ先生が?」


 「うそーー理事長先生は真面目だし、しっかりしている人が好きだと思ってたのにショック……」


 「ああいう感じが好みだったのね。知らなかったぁ」



 ジークの好み?どういう事?あまりにも気になり過ぎてその話をしている生徒に声をかけてしまう。



 「なぁに?何の話をしているの?先生も交ぜてほしいな~」


 「あ、クラウディア先生!え……っと…………」


 「理事長先生がどうとか聞こえちゃった」


 「あ……これは私が見てしまったんですけど、理事長先生がカリプソ先生と…………キ、キ……」


 「キ?」


 

 グリーンの髪を一つに三つ編みしている女の子は顔を真っ赤にしながら、なかなか言い出せずにいた。そして勢いよく発した言葉に私は絶句してしまう。



 「キスしてたんですっ」


 「ええ?本当に?!」

 


 私はあまりに唐突な話に驚いて聞き返してしまったのだった。ジークがカリプソ先生とキスを?あのジークが?


 

 「ほ、本当なんです!カリプソ先生と理事長先生が一緒にいるところを見るのも珍しいなと思って2人を陰から見ていたら、理事長の美しい顔がカリプソ先生の顔に近づいていって……」



 生徒たちは「キャーッ」と黄色い声をあげながら皆興奮している。


 私はその話を聞いてもまだ信じられずにいた。カリプソ先生の話を相談した翌日にそんな事をするとは思えないんだけど……


 嫌な噂を振り払いたいと思いながら過ごしていた私の目に入ってきたのは、カリプソ先生と仲良く話すジークの姿だった。


 注視しておくって、そういう事?


 私が2人を凝視していると、視線に気付いたのかジークがこちらをチラリと見て目が合うと、コッソリ親指を立ててグッドのポーズをしてきたのだった。


 ……………………これって完全に「自分がカリプソ先生を見張っておくから君は心配するな」って事よね?


 女生徒たちが見たキスの現場はともかく、まさか彼の注視するという言葉がそばで見張るという意味だったとは思わず、動揺するとともに少し呆れ気味の私がいた。


 その日からジークがカリプソ先生と一緒にいる姿を頻繁に見かけるようになり、噂はどんどん信ぴょう性を帯びていくばかりで、彼の目的を知っているにしてもモヤモヤが募る状況になっていった。


 でも実際にジークがカリプソ先生を見張ってくれているおかげで生徒たちのおかしな行動は激減しているし、穏やかな学園生活を送れている。


 マデリンもいつもような感じになっているし、そういった意味でホッとしている自分もいた。


 でも――――――――


 カリプソ先生とジークが仲良く話している姿を見る度に胸が軋む。私以外にそんな顔をしないでって言ってしまいそうになる。


 私は彼にとって何者でもないのに。


 公爵邸で見せた優しい微笑みが他の女性にも与えられているのを見るのはとても辛く、2人を見ていられずにその場を去ろうとしたら、すぐ後ろから聞き覚えのある声がしてきた。



 「兄上もカリプソ先生と親睦を深めるなんて、なかなかやるな~」

 

 「…………校長」


 「…………そんな顔をしないで。少し庭園でも行って気分転換しようよ」


 「はい……」



 きっと今は酷い顔をしているんだわ……そんな私を見兼ねた校長が庭園へと誘ってくれたので、ここにいても嫌なものを見てしまうし、気分転換しようと庭園へと向かったのだった。


 もう放課後で生徒も帰った時間だった事もあり、庭園に人の気配はなかった。


 カールがいないのも珍しいわね。


 やっぱりここはとっても落ち着く……色々なものが回復していくのを感じるわ。


 さっきまで嫌な気持ちが自分の中にあって沈んでいた気持ちが洗われていくよう――――



 「カールがちゃんと手入れしてくれているおかげで、満開に近い状態ですね。綺麗……」



 私が咲き誇っている花たちを見ながら校長に話しかけると、校長から返事が返ってこない。


 おかしいなと思って振り返ると、真剣な表情でこちらを見つめているダンティエス校長がいた。こんなに真剣な表情を初めて見たかもしれない。



 「花たちも綺麗だけど、その中にいるクラウディア先生の方が綺麗だよ」


 「校長?」


 「君が誰を想っているのかは分かっている、今元気がないのも兄上が原因だろう?」



 私ってそんなに分かりやすかったんだ……自分がジークを見つめている事がバレている状況に気恥ずかしくなりつつも、否定する事は出来なかった。


 私が今悩んでいるのもモヤモヤしているのも全て、ジークが好きだから。


 私は正直に頷いた。すると校長が少し寂しそうな笑みを浮かべるので、こちらまで胸が苦しくなってしまうのだった。



 「学園祭が終わるまででいいんだ、俺にもチャンスをくれない?クラウディア先生の心に入り込むチャンスがほしいんだ」



 そう言って私の目の前に来て、髪にキスをしながらこちらを見つめるダンティエス校長は、今まで見た中で一番真剣で熱を帯びた瞳をしている――――――でも――――



 「私の気持ちは変わりませんわ、それでもいいのですか?」


 「クラウディア先生は手厳しいな~~そんなにハッキリ言わなくても」


 「……………………」


 「……いいよ、それでも。そうしないと俺自身が前に進めない気がするから」



 ダンティエス校長の言葉を聞いて、彼にとって今頑張る事が大事で必要な事ならと、この時に決着をつける事はしないでおこうと思った。



 「分かりましたわ、今は返事をしないでおきます」



 私がそう言うと、校長の顔がパァァァと輝き出し「ありがとう!」と抱き着かれてしまう。



 「ちょっちょっと校長!こういうのは困ります!」


 「ごめん、ごめん。クラウディア先生は優しいな~」



 上機嫌のダンティエス校長を見ているとなんだか彼のペースに巻き込まれたような感じがして、自分は対応を間違えたのではと若干後悔しつつも、この選択がいい方向へ向かえばいいなと思ったのだった。


 

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