第15話シグムントSide 3
ロヴェーヌ先生が職場に復帰して5日ほど経った。
彼女が階段から突き落とされた事件からすでにかなり日にちは経っているが、職場復帰した後も特に何事も起こっていないようでホッと胸をなでおろす。
またあのような事件が度々我が学園で起きると生徒達を怖がらせてしまうし、階段から落ちて瀕死状態のロヴェーヌ先生が脳裏によぎると……途端に怖くなってくる。
たまたまあの時、私が通りかかったから良かったものの、もし放置されてしまっていたら――――二度とあのような事があってはならない。
彼女の周りに不穏な動きがないかが気になり、度々ロヴェーヌ先生の様子を見守るようにしていたところ、彼女が放課後に教室の大きなゴミ箱を一人で抱えて捨てに行く姿が目に入ってきた。
あんな大きなゴミ箱を一人で?
私はつい体が動いて、彼女のゴミ箱を一緒に持ってあげようと声をかけてしまったのだった。
「君は風魔法を使えるのだから、魔法で重さを軽くしたらいいのに」
一生懸命ゴミ捨てをしようとしてくれている人間にかける言葉じゃないな……自分でも分かっているのだが、彼女とはいつも顔を合わせる度に嫌味の応酬だったので、こんな言葉がつい口をついて出てきてしまう。
だがそんな私の気持ちなどお構いなしに、ロヴェーヌ先生は素晴らしい持論を返してきた。
「……それだと生徒に示しがつかないと思うんです。なんだかズルをしている気がして……魔法っていざという時に使うものだと思うので」
「ま、真面目だな…………」
真面目というか、こんなしっかりとした考えを持っていたのか?
ロヴェーヌ先生が目覚めてからというもの、私の中ですっかり彼女のイメージが変わりつつある。
服装はもちろんの事、立ち居振る舞いも全てにおいて淑女な感じに様変わりしたのだ。
人間はここまで一気に変わるものなのだろうか…………いや、もしかしたら彼女の本質は元からこのようなしっかりとした女性だったのかもしれない。
私が気付いていなかっただけで。
実際に彼女が風紀を乱すというだけで、何をやっていても不真面目に見えて仕方なかった。
彼女の行動の全てにイライラしていたし、良いところなんて見ようともしていなかったのだから。でも私が目の敵にしていても生徒や教職員達は皆彼女を良い先生だと言っていたな――――結局は私の眼が曇っていたという事か。
途端に申し訳ない気持ちに襲われ、これからは私もロヴェーヌ先生を知っていく努力をしていかなければと思うようになった。
そんな私の考えなど全く分からないロヴェーヌ先生は、とびきりの笑顔全開で私にお礼を伝えてくる。
「真面目、ですか?このくらい普通だと思いますよ。でも理事長が手伝ってくれて助かりました、ありがとうございます!」
この笑顔を見た瞬間、私の心臓に何かが刺さった気がした――――こんな素晴らしい笑顔など私に向けてきた事は一度もない。
今までは棘のある、でも絶対的な美しさを誇示する薔薇のような存在だったロヴェーヌ先生が、今は太陽のようであり、天使のようにも見えるのだから不思議なものだ。
それとも私に向けられなかっただけで、本当は他の男にはこの笑顔が向けられていたのだろうか。
そう考えると途端に面白くない気持ちになっていく。
自分勝手な事甚だしいな…………私にそんな事を思う権利などないというのに。しかしこの笑顔が向けられるのを私だけにしたくなるのは、彼女があまりにも無邪気に見えるからだろうか。
少しでもロヴェーヌ先生との距離を縮めたくなって、勇気を出して名前呼びに変えてみる事にした。
「礼には及ばない、ク、クラウディア先生が大変そうだったからな」
私にとってはとても頑張ったと思う、女性の名前をさり気なく呼んでみたものの、恥ずかしくて声がうわずってしまったのだった。
10代の若者でもあるまいし、このくらいで動揺してどうする。
自分に叱咤しながら1つ咳払いして彼女の表情を窺うと、隣でニコニコしながらゴミ箱を運んでいる姿が目に入ってきて、またしても雷に打たれたかのような衝撃を受けてしまう。
今までは妖艶なイメージだったのに、今のこの姿は可愛すぎるな?
このギャップはどうしたものか…………口を片手で覆いながらまた1つ咳払いをして、顔に熱が集まってくるのを誤魔化した。
無事にゴミ捨てを終えるとクラウディア先生は「理事長、お疲れ様でした」と丁寧に挨拶をしてくる。
何となく名残惜しい気持ちになり、何か会話を探そうとしてみたものの、女性と長く時間を過ごした事のない私にはとても難しい事で何も浮かんでこない。
「…………いや……そろそろ帰るのか?」
「そう、ですね。もう帰れると思います」
上手い言葉が見つからない私の情けない言葉にも、彼女はしっかりと返してくる。
なんなんだ、この感情は――――今まで生きてきて味わった事のない胸が締め付けられるような正体不明の感情に、自分では対処できそうにない。
「……どこに犯人がいるか分からない。気を付けて帰るんだ」
彼女の肩をポンッと叩いて、その場を逃げるように去ったのだった。
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