第14話心臓が痛い展開



 「まぁ今回の事ではそこまで影響はないとは思うけど、あっち側の人間は厄介だからね。クラウディア先生の父であるロヴェーヌ公爵は我が父上の側近だし、そういった意味でも彼女が気に食わないんだろうけど」


 「だからと言って今日の事は看過できないし、家柄で恩赦すると不平等が生まれる。あくまで学園は――――」


 「平等かつ中立的な立ち位置、でしょ?兄上は頭が固いな~~こんなの適当にあしらえばいいのに」


 「わたしは……」



 シグムント理事長が反論しているのをダンティエス校長が笑って流している……二人のやり取りって想像以上に尊いのでは?


 美しくて仲がいい兄弟――――素敵。


 それにしてもこの2人って、仲が悪そうに見えて実はすっごく仲が良い感じがするのは気のせいじゃないと思う。


 本人達は無自覚なのかもしれない。


 今の会話だけでもじゃれ合ってるようにしか見えないのよね。


 私がそんな事を考えていると無意識にベッドの上でモゾッと動いてしまい、ベッドがギギッと軋んでしまう。



 しまった――――音を立ててしまったわ……。


 私が上半身裸の状態でベッドにいる姿を見られでもしたら、今まで理事長と2人だった事を鑑みても大きな誤解を生んでしまうのは間違い。


 そうなったら理事長の名誉にも関わってきてしまう。


 私は元々貴族男性からも遊んでいる風にみられているから、あまり社会的にダメージはないんだろうけど、理事長はこの国の王太子だし、こんな事が表沙汰になったら責任を取らされたりし兼ねないわよね。


 どうしよう、でも動くわけにはいかないし……私がまごついていると、ベッドが軋む音に疑問を感じたダンティエス校長がこちらを窺い始める。



 「今ベッドが軋んだ?誰かこのカーテンの中にいるの?」



 わぁぁぁやっぱり疑ってる!どうかこっちにはこないでください…………祈るような気持ちでローブを抱きしめていると、理事長が助け舟を出してくれた。



 「いや、さっきまで誰かがいたのかベッドがぐちゃぐちゃだったから、とりあえずカーテンを閉めておいただけだ」


 「そうなの?ふーーーん……」



 ふーんが長い……絶対に疑ってるわよね…………



 「そんなにぐちゃぐちゃなら見てみたいな」



 え――――そ、そんな――――――



 「まて、ダンテ。そんなの見たって――」



 ダンティエス校長は理事長の制止も聞かずにカーテンを一思いにザザーッと開けてしまうのだった。


 しかし勢いよく開け放たれたカーテンの中にはぐちゃぐちゃになったベッドと私が剝がした服の残骸がほんの少しあるだけ…………



 「…………本当にぐちゃぐちゃだね。ここまで汚いとさすがに隠しておいた方がいいかも」



 そう言いながら乱れたベッドを見渡して誰もいない事を確認すると、気が済んだのかすぐに勢いよくカーテンを閉めたのだった。


 私はと言うと、理事長達からは角度的に見えない部分から風の力を借りて音を立てずに下に下り、間一髪ベッドの下へと潜り込んでいた。


 危なかった…………咄嗟の判断だったけどナイスアイディアだったわね。



 「じゃあ、クラウディア先生もいない事だし、そろそろ行くよ」


 「どうしていないか、聞かないのか?」


 「それはまた本人を捕まえた時に聞けばいいから。近いうちに、ね」


 「……………………」



 何やら不穏な事を言い残してダンティエス校長は去って行った。ひとまず難を逃れたと思っていいのよね。私がベッドの下でホッと一息吐くと、理事長がカーテンを開けてベッドの下を覗いてきて声をかけてきた。



 「そろそろ出てきても大丈夫だ」


 「あ、ありがとうございます……でも、あの…………」



 私が全て言い終わらないうちにシグムント理事長に片手を引かれてベッドから引っ張り出されてしまう。

 

 勢いあまって体勢を崩した私は、上半身に何も着ていない姿のまま理事長にもたれかかってしまうのだった。



 「きゃっ」


 「え………………」



 クラウディア先生は貴族女性の中でも若干背が高めなのだけど、シグムント理事長は1回り以上背が高くてすっぽりと腕の中に収まってしまう。


 理事長ってこんなに大きいんだ……ってそうじゃなくて、この状況はマズイ。


 早く離れないと――――


 私は慌てて理事長から離れたものの体勢を崩して「わわっ」と声を出しながらベッドに倒れそうになる。



 「危ない!」



 理事長が私を支えようとして腕を伸ばしてくれたのだけど、逆に引っ張るような形になって一緒にベッドに倒れ込んでしまった。


 こ、これは、傍から見たら理事長に押し倒されているように見えてしまう状態じゃないの。


 どうしてこうなってしまったの――――抱えていたローブに顔を埋めながら上目遣いでシグムント理事長をチラッと見てみると、驚いて目を見開き、耳まで赤く染まっていた。



 でもそこから一向に動こうとしない。


 ど、どうして起き上がらないの?


 理事長の行動に混乱して、どうしたらいいか分からず、声も上手く出てこないし心臓が痛いくらいにドキドキしてる――――こんなラブハプニングなんて元の世界でも経験した事はないもの。


 ずっと運動部に所属して部活三昧だったから、クラウディア先生と比べるまでもなく全くの恋愛初心者なのに。


 いったいどのくらいこの状況で止まっていたのだろう……時間が止まっているのではと思えるくらい息をするのも忘れて見つめ合っていた。


 すると理事長は目を細めたかと思うと、私の頬にかかる髪をひとすくいする。


 ふいに触れられた手の感触にビクッとなってしまったけど、嫌な感じは全くしない。



 そしてすくい上げた髪にほんの一瞬だけキスをしたかと思うと、自身の上体を起こして離れていった。



 「…………カーテンを閉めるよ」



 その一言だけ言い残してカーテンを閉めた後、そのまま保健室を去っていったのだった。



 「…………はぁ~~~……びっくりした…………」



 頬の髪をすくい上げた時、一瞬キスをされるのかと思った――――私ったら自意識過剰ね。犬猿の仲のクラウディア先生に理事長がキスをしようとするなんてあり得ないのに。



 でももし、あの時キスをされていたら?


 頭で想像しそうになって、自分の思考を打ち消す。そんな事が起こるはずがない、考えるのを止めよう。


 とにかく急いでローブを着なきゃ…………すっぽりとローブを着てふと頬に手を当てると、やっぱりさっきの場面を思い出してしまう。



 「優しかったな……」



 いつも嫌味の押収の2人なのに、さっきは宝物に触れるような手つきだった。どうしてそれがこんなに嬉しいんだろう――――



 「明日またお礼を言わないと」



 そう呟いて、授業に戻るべく保健室を後にしたのだった。

 

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