一二章 とあるドルヲタかく語りき2

 「いやったあっ!

 ついに!

 ついに、応援ハウスに入ることができた! 

 家賃の一部を直接、推しに振り分けることのできる応援ハウス。これで、これからは生活即推し活の暮らしができる!

 応募しつづけて早、半年。激烈なる競争をくぐり抜け、ようやく入居資格を手に入れた。おかげで県外移住する羽目になって会社まで片道二時間かかるようになったけど……でも! そんなこと、しろハー愛の前ではなんでもない! だって、これからは思う存分、しろハーの応援ができるんだもん!

 ああ、思い出す。つい先日までの実家住まいの肩身の狭さ。ライブに、イベントに、グッズ類の購入に、さんざんお金を使いまくり、食費もない。お弁当を作ろうとすれば母さんに見つかって『食費もないくせに、なにやってんの⁉』と怒られ、昼食抜きで過ごしたことがどれだけあることか。

 応援のために買い込みつづけたグッズがあふれかえれば『なんで同じものばっかり、こんなに買うの もっとお金を大事にしなさい』と、懇々こんこんと説教された。

 結婚して家を出た妹の部屋にも入りきらなくなり、床にまであふれ出したときには『こんなに買い込んで床が抜けちゃうわよ!』と、怒鳴られた。久し振りに実家に帰ってきた妹が自分の部屋の惨状を見たときのあの態度……ああ、思い出しただけで背筋が寒くなる。

 シークレットライブのチケット欲しさに抽選券の付いたCDを箱買いしたときには怒られるのさえ通り越して、病人を見る目で見られた。さすがにあの目は堪えた!

 そのつらさに何度、実家を出て一人暮らしをしようと考えたことか。でも、一人暮らしをすればなにかと経費がかかる。その分、しろハーにつぎ込めるお金が減る。

 実家にいれば家族の目が痛い。

 一人暮らしをすれば推しにつぎ込めるお金が減る。

 このジレンマ!

 一般人にとっては死ぬほどどうでもいいことだろうけど、でも! オタク仲間ならわかってくれるよね?

 でも、そんな悩みとももうオサラバ! だって、念願の応援ハウスに入ることができたんだもの。

 これからは家賃の一部を直接、しろハーに課金することで応援できる。シークレットライブのチケットだって優先的に手に入る。

 あたしだってわかっていたのよ。いくら、推しを応援するためだって似たようなグッズを大量に買い込むなんて無駄だって。シークレットライブ行きたさに抽選券のついたCDを箱買いして、その枚数を前にどっぷりと落ち込んだ日が何度あったか。

 でも、やめられないのがヲタの習性。まさに『わかっちゃいるけどやめられない!』の世界。

 でも、もうだいじょうぶ。家賃を納めることがそのまま推しを応援することになるから、応援のために延々とグッズを買い込む必要はない。このシステムなら一人暮らしで経費が増えても、存分に推しにお金をつぎ込める。シークレットライブや握手会のチケットも手に入るから、抽選券の付いたCDを衝動的に箱買いして、落ち込むこともない!

 アイドル事務所が賃貸住宅を直営して、家賃の一部を好きな推しに自由に振り込めるこの仕組み! 考えてくれた人、ほんと神!

 あ、もちろん、しろハーだけじゃなくて環境問題とかにも振り分けるよ。

 思い出すなあ。

 応援ハウスの存在を知ったときの天国と地獄。

 入りたい!

 熱烈にそう思った。

 応援ハウスに入れば家族の目を気にすることなく、思う存分しろハーを応援できる!

 これが天国。

 でも、すぐに気付いた。

 そんなところに入ったらヲタバレしちゃう!

 これが地獄。

 なにしろ、あたし、隠れヲタだから。

 応援ハウスには何がなんでも入りたい。でも、同僚たちにヲタバレするわけにはいかない。入りたいけど入れない。

 このジレンマ!

 でも、救いの神はいた!

 なんと、家賃の振込先は推しだけじゃなかった!

 温暖化対策とか、森林保護とか、そういう環境問題に振り分けるオプションもあった。天国と地獄から天国と大天国にひとっ飛び! だって、『環境問題に投資したいから応援ハウスに住むことにした』って言えば、ヲタバレせずに住めるんだもん!

 かゆいところに手の届くこの仕様、考えてくれた人、マジ感謝!

 応援ハウスの良さはそれだけじゃない。住んでいる人もみんな、ドルヲタだから、なんの気兼ねもなしにドルヲタ話ができる。推したちのスケジュールもどこよりも早く手に入る。他では知ることのできない機密情報だって聞くことができる。新人アイドルのお披露目だってある。入居者限定の特製グッズだって買える!

 まさに、ドルヲタの天国!

 アイドル事務所にしてみれば家賃収入が入ることでチマチマ、グッズを売るよりよっぽどお金になるし、住人がSNSを通じてバンバン情報を広めてくれるから宣伝費もかからない。まさに、お互いにとっていいことずくめ。この世に正義はあったのだ!

 あ、それから、どうでもいいことだけど今度、あたし、課長に昇進することが内定したから。これでお給料もアップするし、ガンガンしろハーに課金するぞおっ!」


 「……ヤバい。

 さすがにヤバい。

 念願の応援ハウスに入れて浮かれすぎた。

 だって、楽しすぎるのよおっ! 他の人たちもみんな、熱烈なドルヲタだから話が盛りあがって寝る間もない。入居したその日に歓迎パーティーを開いてくれて一晩中、ドルヲタ話で盛りあがった。カラオケやって、物真似やって、気がついたらもう出勤時間。あんなにあわてて会社に向かったのはさすがにはじめてだったわ。

 それからも夜な夜な集まりドルヲタ話。それぞれの推しの誕生日にはバースデーケーキを用意して、みんなで『生まれてきてくれてありがとう』って万歳三唱。楽しすぎて寝てる暇なんかないのよおっ!

 おかげで毎日、寝不足で仕事中もボッーとしてミス連発。せっかく内定していた課長への昇進も危なくなってきた。

 いけない、こんなんじゃ。社会人として、もっとしっかりしないと!

 だって、しろハーのことを愛するあまり、仕事に悪影響が出たなんて知ったら、しろハーのことだもの。絶対、気にするに決まってる!

 しろハーが元気にアイドル活動できるよう応援するのがわたしの務め。そのためには自分の生活をきちんとしないと。いい加減にやっていたら、しろハーに怒られちゃう!

 課長への昇進だって確実なものにしないと。昇進できなかったらお給料だって上がらないし、しろハーにつぎ込めるお金も増えない。

 ごめんね、しろハー。心配かけて。でも、もうだいじょうぶ。これからはちゃんと節度を保って応援するよ。仕事もちゃんとやるよ。昇進もするよ。そして、精一杯、応援する! まっててね、しろハー!」


 ……そのブログを読み終えて。

 あたしは思わず、真顔で言っていた。

 「……この人、だいじょうぶ?」

 ドルヲタってみんな、こうなの? このテンションの高さ、一般人のあたしにはもはや狂気の域としか思えない。

 「……さあ」

 って、野々村ののむらさんも自信なさげに困ったように笑って見せた。

 「あ、でも、ドルヲタがみんな、この人みたいじゃないから。この人はドルヲタ仲間のなかでも熱烈さで有名な人だから」

 「あ、ああ、そうなんだ。安心した」

 あたしは思わず、本音をもらしていた。

 「と、とにかく、応援ハウスに住めば、ソーラーシステムで暮らしていけるってわけ。思う存分、推し活できる上に水道代も光熱費もかからない暮らしができるんだよ」

 「……それ。やりたい」

 そう言ったときのあたしの目は、我ながら怖いぐらいものだったと思う。あ、もちろん『やりたい』っていうのは『推し活』のことじゃなくて『水道代も光熱費もかからない』って方ね。

 「できるよ。岐阜の山奥じゃあ、さすがにここみたいな大規模なソーラーシステムは作れないからね。応援ハウスとオーベルジュ――宿泊施設つきのレストランだけを備えた小規模なものを考えているんだ。実は、場所ももう用意してある。今度はそこを見てもらうよ」

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