七章 消えたお城とソーラーシステム

 「ほら、ここだよ。ここが内ヶ島うちがしま氏のお城の跡地」

 のび太は両手を思いきり広げてそう言った。なるほど。目の前には大きくて立派な字で『帰雲城趾』って書かれた石碑が建っている。

 「きうんじょう?」

 「『かえりくもじょう』って読むんだよ」

 「かえりくも? 漢字を読めない子どもが無理やり読んだみたいな名前ね」

 「このあたりは高い山だからね。『雲の帰る地』っていう意味で名付けられたらしいよ」

 「へえ。『雲が帰る地』なんて、なんかロマンチックね」

 あたしは感心して呟いた。戦国時代なんて乱暴で血生臭くて、年がら年中みんなして殺しあってるイメージしかなかったけど、そんな素敵なネーミングセンスもあったんだ。戦国のお城っていうより、平安貴族のお屋敷みたい。ちょっとだけ、戦国時代にも興味が出てきた。でも――。

 「それでさ。のび……野々村ののむらさん」

 「なに?」

 って、『のび太』は無邪気そのものの目であたしを見る。こんな人気のない山のなかで女子――それも、自分で言うのもなんだけど、けっこうかわいい――と、ふたりっきりだっていうのに全然、意識していない。

 こう言うところが本当に小学生。その態度といい、小さな体付きといい、幼い顔立ちといい、とても中学二年とは思えない。おかげで、朝からつづいていたあたしの緊張もどっかにすっ飛んでいっちゃったわ。

 それはともかく、あたしは『のび太』に尋ねた。

 「その帰雲かえりくもじょうって、どこにあるの?」

 あたしはそう尋ねずにはいられなかった。だって、まわり中どこを見ても山の緑ばっかりなんだもん! きれいな自然は食べ過ぎて胸焼けするぐらいいっぱいあるけど、お城なんてどこにもない。

 そりゃあね。あたしだって何百年も昔のお城が、それも、こんな山奥にそのままの姿でデン! と、残っているなんて想像していたわけじゃない。でも、『お城跡』っていうからには土台とか、石垣とか、それぐらいは残っているものなんじゃないの?

 「そのお城跡はどこにあるの?」

 重ねて尋ねるあたしに対し、『のび太』は目の奥のクリクリした目を向けて答えた。

 「ないよ」

 「ない?」

 あたしは眉をひそめた。

 『お城跡を見に行こう!』

 そう言って人を誘っておいて、そのお城跡がないってどういうこと?

 少々、腹を立てたあたしに向かい、『のび太』は言った。

 「帰雲かえりくもじょうはもうすっかり残ってないんだ。きれいさっぱり、消えちゃったからね」

 「消えた? お城が? なんで?」

 戦国時代にも、お城にも興味なんてないけど、意外な言葉にあたしは思わず尋ねていた。『のび太』は無邪気な表情のまま話しはじめた。

 「最初から話すね。内ヶ島うちがしま氏はもともと将軍足利義満の馬廻衆だったんだけど……」

 「馬廻衆ってなに?」

 「将軍の側にあって、護衛や伝令を務める役職だよ。将軍の側近なんだからかなりすごいよね。実際、かなりのエリートで親衛隊みたいなものだったらしいよ」

 「へえ。偉かったのね」

 興味はないけど、内ヶ島うちがしま氏はあたしと同じ名字。同じ名字の人が偉かったって聞けばやっぱり、なんとなく嬉しくなってくる。

 「うん。そうだね。それで、内ヶ島うちがしま氏なんだけど、初代・為氏が将軍足利義政の命令で白川郷に入って、本拠地にしたんだ。それが、内ヶ島うちがしま氏のはじまりってわけ。なんでも、鉱山経営の手腕を期待されてのことらしいよ。実際、為氏が白川郷に入ったあと、いくつかの金山が発見されて、開発されたらしいからね」

 「へえ」

 「内ヶ島うちがしま氏はその鉱山経営で財を成してね。規模は小さいけど豊かな小大名だったんだ。なにしろ、姉小路氏や、あの軍神・上杉謙信の侵攻を受けても撃退しているぐらいだからね。織田信長とも協力関係にあって、協力してお城を落としたこともあるんだって」

 「ふうん」

 『のび太』は学校でひとり、スマホを眺めてばかりいる姿からは想像もつかないぐらいよくしゃべる。なんか、雰囲気も明るくて、積極的で、『陰キャボッチ』ってイメージがかわっちゃいそう。戦国時代に興味のないあたしは気のない返事しかできなかったけど。

 『のび太』はその意外な明るさと積極さで話しつづけた。メガネの奥の目がやけにキラキラしているのが目にまぶしい。

 「でも、本能寺の変のあとは飛騨に引きこもってね。五代目の氏理の代に豊臣秀吉の配下に襲撃されたんだ。そのとき、氏理はお城にいなかったんだけど、配下の人たちが勝手に降伏しちゃってね」

 「降伏? それで、滅んじゃったの?」

 「ところが、そうじゃないんだ。降伏はしたけど、領地は安堵された。つまり、秀吉の配下としてこの地で両国経営をつづけていくことは許されたわけ。内ヶ島うちがしま氏は無事、存続できたんだよ」

 「よかったじゃない」

 「氏理もそう思ったんだろうね。お城で祝宴を開いたんだ。ところが――」

 「ところが?」

 「その宴の最中に大地震が起きてね」

 「地震?」

 「天正地震ってやつだよ。その地震のせいで一族郎党、お城とともに地面に埋まって滅びちゃったんだ」

 「お城が埋まった⁉ そんなにすごい地震だったの?」

 「うん。なにしろ、山そのものが崩壊した上に洪水まで起きてね。地震のすぐあとに帰ってきた人たちもお城がどこにあったかわからないぐらいだったっていうから」

 「地震ってすごいのね……」

 あたしは思わず息を呑んでいた。大地震のニュースは最近よく聞くし、テレビで被害の跡も見てはいる。でも、『お城が埋もれた』って聞くのはインパクトがちがう。ただ――。

 ――お祝いの最中に地震が起きて丸ごと地面に呑み込まれるなんて、なんかロマンチック。

 不謹慎ながら、そうも思っちゃった。まるで、日本のボンペイって感じ。

 『のび太』はさらにつづけた。

 「だから、帰雲かえりくもじょうはもう欠片も残っていない。どこにあったのか、正確な位置もわかっていない。大体、このへんにあった……っていうことしかね」

 「ふうん。でも、『お城ごと呑まれた』ってことは、そこにいた人たちもみんな、死んじゃったってことよね? それで滅びたのね」

 「戦国大名としての内ヶ島うちがしま氏はね。でも、氏理の弟が仏門に入っていて他のお寺にいたから、血統そのものが途絶えたわけじゃないよ。実際、このあたりには『内ヶ島うちがしま氏の末裔』っていう人たちもいるそうだし。もしかしたら、内ヶ島うちがしまさんも内ヶ島うちがしま氏の血を引いているのかもね」

 「うちの先祖が戦国大名だったなんて、聞いたこともないけど。

 「それと、内ヶ島うちがしま氏と帰雲かえりくもじょうにはひとつの伝説があるんだ」

 「伝説?」

 「うん。埋蔵金伝説」

 「埋蔵金?」

 埋蔵金。

 その響きにあたしは思わず、目をパチクリさせた。

 「さっきも言ったように、内ヶ島うちがしま氏は鉱山経営で財を成した一族だからね。かなりの財産をもっていたはずなんだ。その財産が地震によってお城ごと呑み込まれ、いまもどこかで眠っている……そんな話があるんだよ」

 「へえ。埋蔵金って言ったら徳川埋蔵金ぐらいしか知らなかったけど、他にもあるのね」

 「まあ、地震で自然に埋まったもので、誰かが隠すために埋めたものじゃないから『埋蔵金』って言っていいいのかどうかからないけどね。それでも、テレビで取りあげられたこともあるらしいよ」

 「へえ。そんなことあったんだ。全然、知らなかった」

 「それでね」

 って、『のび太』は急に、やけに引き締まった表情になってあたしを見た。

 な、なによ、急にそんな表情になるなんて……ちょっと、ドキッとしちゃったじゃない。

 あたしは思わず顔を赤らめ、引いてしまった。『のび太』はそんなあたしの気持ちにもかまわず話しつづける。ああもう、無自覚ってほんと腹立つ。卑怯、反則!

 「それでね。僕はその話を聞いたときに決めたんだ。新しい内ヶ島うちがしま氏になる。この地に新しい帰雲かえりくもじょうを築いて、当主になるって。ただし、僕が開発するのは地球を傷つける鉱山じゃない。地球を痛めつけることのない太陽エネルギーだ。この地に内ヶ島うちがしまソーラーシステムを作りあげ、小さくても豊かな世界を生みだすんだ。そのために……そのために僕は、内ヶ島うちがしまさんを誘ったんだよ」

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