第7章:ローランド王国の最も長い一日

ローランド城。


かつては帝国の隣国として、また聖王ジークハルトの戦友の治める国として栄え、帝国とも交流の盛んだった国。


帝国が陥落し、ローランドの情勢は急激に変わった。


帝国の隣国であるということ、それは帝国の次は自国が襲われるかもしれないという民の不安を煽るのに充分すぎる材料でもあった。


そんなローランド王国は、今日まで本格的な侵攻を受けるには至らなかった。

その要因として、英雄のひとり『戦鬼』ローランド国王が城の守りを固め、また、遠方から敵影が見えれば、超長距離射撃を可能とする大陸屈指の弓騎士団が狙撃をする。


ローランド王国に侵攻するには、それなりの準備と戦略が必要だったからである。



そんなローランド王国に、アガレス軍はついに侵攻することを決める。


四将をふたりあてがうことで、ローランドの強固な守備力を力でねじ伏せる選択肢を選んだのだ。



指揮官は、四将のひとり・セラ。

彼女は一度に軍を動かすことはせず、次々と不死人(アンデット)の兵を生み出してはローランド王国軍に波状攻撃を仕掛ける。


そして、もう一人の四将・ゼルドは、手応えのある相手を求め、ひとり先陣に立つのであった……。





「見るからに将器だな……。ただ歩いているだけで、将の雰囲気を漂わせている……。」



これまでの敵とは違う。

グスタフは、不敵な笑みを浮かべながらも、強敵の存在を歓迎した。


「気をつけよ。奴の力と体力は桁外れじゃ。まともにやり合っては勝機は無い!!」



ヨハネがグスタフに忠告する。

しかし、グスタフの笑みは消えない。



「お嬢さん……彼とは戦ったことが?」


「……うむ。肉弾戦では歯が立たぬ。魔法攻撃も効いてはいたが倒れぬ。奴の存在は、まさしく『城塞』と言っても過言ではない。」


「つまり……生半可な攻撃では、彼を倒せないという事ですな。」




徐々に迫ってくる巨体。

グスタフは、その姿をしっかりと目で追う。



「それなら、尚更ですな。」



そして、やはりグスタフは、笑った。




「それほどの御仁なら、私が直々にお相手して差し上げよう。そうすれば、少なくともあなたたちは彼の攻撃対象から外れる。」



ゼルドと単身対峙し、引き付けておこうというグスタフの策。


「馬鹿な!!相手は敵軍の中でも四将と呼ばれる者ぞ!!簡単に勝てるはずなかろう!!」


「……勝てないかもしれませんね。だが……あなた達が敵将を討つ時間くらいは稼げるはず。雑兵は……親父とガーネットが必ず討ってくれる。この戦い、互いに信じあわなければ……きっと勝てない。」



グスタフは、真っ直ぐヨハネを見据えて言う。

そんなグスタフの姿を、シエラは覚えていた。



(いつだって自分の信念を曲げず、そして信じて……彼はあらゆることを成し遂げてきたのですよね……)



シエラは、目を閉じ、少しだけ考え……。



「必ず、生きて帰りましょう……いえ、生きて帰ります。だから……ご武運を!!」


「……あぁ。私たちは、決して負けない。」




――――――――――――――




シエラとヨハネ、少し離れてグスタフ。


3人は最前線に立ち、突撃のタイミングを見計らっている。



「妾たちが先に突撃しては、ゼルドの的になる可能性が高い。王子がゼルドと接触するタイミングを待ち、少し迂回してセラのところへ突撃するぞ。」


「……はい。」



シエラとヨハネが、自分たちの突撃のタイミングを打ち合わせ、その合図を委ねようとグスタフに視線を送る。

グスタフも、その真意を悟ってか、右手を力強く握りしめ、親指を立てることでその視線に応えた。



「……伝令。」



そして、グスタフが伝令の兵を呼ぶ。


「はっ!!」


「親父に伝えて欲しい。『守りは任せる』と。」


「はっ!!」



それは、グスタフがローランド国王に城の守備を任せることで、グスタフ自身がゼルドとの戦いに集中しようという目論見。

それほどまでに、グスタフは眼前の将を『強敵』と見定めたのだ。



「……これ、私が勝つ確率は極めて低いだろうな……。」


その闘気、雰囲気……。

自分の達していない境地にゼルドがいることを、グスタフは客観的に捉え、また認めていた。



「しかし……負ける確率は、私次第で出来る限り下げられる。深追いしない、無謀な賭けをしない。……強者と戦うことは自分の実力を知り、ひとつ上の境地へと行くまたとないチャンスだが、死んでしまっては意味がない……。」



これから行う戦いの意味を、しっかりと知る。

これが、グスタフが修行の旅に出てから学んだこと。



「国として勝つためには、あのお嬢さん2人が、敵将を討つまでの時間をしっかり稼ぐこと。そして同時進行で、もう一人の将をここから先に進ませないこと……。」



自分の戦力、そして軍の戦況、敵の戦力……。

あらゆる情報を取り込み、そして自分の動くタイミングを見定めるグスタフ。



「誇り高きローランド騎士達よ!!」


そして、グスタフは背後の軍に聞こえるように大きな声で言う。



「ここが勝負所!!貴君たちは何のために戦うのか?それを示す時が来た!!!」



静まるローランド国軍。

グスタフは、自らの斧を近づいてきたゼルドへ向ける。


「敵将よ!!我が名はグスタフ!ローランド国・王子だ!!お互いの武勲をかけて、そして軍の勝利をかけて、いざ尋常に勝負!!」



それは、王子としてではなく、『いち武将として』の宣戦布告。



「……面白れぇのがいるじゃねぇか。あぁ?」



ゼルドも、グスタフの挑発に乗るように、邪悪な笑みを浮かべた。



「敵将は私が抑える!!騎士達よ、己が守るべきものを全力をもって守るのだ!!すべては、愛する者のために!!!」



ゼルドと対峙するグスタフ。

その勇気に、男気に。

ローランド騎士たちの士気が上がる。



「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」



まるで地鳴りのように、ローランド騎士団の声が戦場に響いた。



――――――――――――



「陛下!!王子より伝令です!!」



数分後。

息を切らした伝令の兵士が謁見の間に入る。



「……申せ。」


「はっ!!……王子よりの伝言は一言『守備は任せる』とのこと!!」



ローランド国王は現在、守備隊を指揮している。

しかし、ガーネット率いる弓騎士団と、前線にでた騎士団の活躍で、それほど大きな役目もなく、前線で討ち洩らしていた敵兵の掃討の役割を担っていた。


国王は、グスタフからの伝令を聞くと、にやりと笑う。



「陛下……グスタフ様に伝令はございますか?」


兵がなかなか言葉を発しない国王を心配し、声をかけるが、国王は笑って首を振る。



「……放っておけ。」


「……え?」



国王の言葉に驚きの色を隠しきれない兵士だったが、



「いずれ、この国王の座につく男。自国の危機に尻尾を巻いて逃げるような小心者であっては困る。それに……。」



前線から聞こえる、鬨の声。



「あれほど騎士たちの士気を上げているのだ。軍は決して負けはせん。」



自分が前線の指揮を執ったとして、此処まで騎士たちの士気は上がったであろうか?

そんな事を考えながら、国王は深く息を吐く。


(クリムゾンを早めに託して正解だった。グスタフはきっと、私を超える戦士になれるはずだ……。)


「守備隊よ!!ここからが本領だ!抜けてきた敵を全て掃討せよ!!手に負えぬ相手が現れたらすぐに知らせよ!その時は……」



国王は玉座の背後の部屋から、身の丈ほどもあろう大斧を持ち、言う。



「……この『戦鬼』ローランドに任せるがいい!!」




前線に続き、守備隊の士気も国王の手によって上がるのであった。


「……テメェ、なかなか豪気な男じゃねぇか。自ら前線に立ち、兵士どもを鼓舞するとはな……。」



そして、ついにグスタフとゼルドが対峙する。



「近くで見ると流石、覇気を感じるな……貴様が敵将のひとりか。」



グスタフが、ゼルドに声をかける。

その様子からは、恐怖や緊張などは欠片も窺い知る事は出来ない。



「おうよ。……俺はアガレス四将がひとり・ゼルドだ。……あぁ、お前は別に名乗らなくても良いぜ?俺、死にゆく奴の名前は覚えない性分なんでな。そんなにたくさんの敵の名前を覚えるほど、頭もよくないもんでよぉ……。」



身の丈ほどの大剣を軽々と片手で担ぎ、ぜルドがグスタフを挑発する。



「……ならば、貴様も名乗る必要などなかっただろうに。私は……いちいち『敵の名前を』覚えるほど余裕のない立場なのでな。将来的に有益となる人物の名しか覚えない『性分』なのだ。」



グスタフも負けじとゼルドを挑発する。



「お前……腕は確かか?本当に強い戦士ってのは、敵の実力を察して柔軟に態度を変えるものだぜ?」


「貴様こそ、腕は確かか?しっかりと戦況を推し量らねば、本当の戦では命を落とすぞ?……もっとも、これまでの戦いは、兵法や戦術を無視し鉄砲玉のように突撃するだけでどうにかなる、易い戦ばかりだったようだが?」



お互い引くことの無い挑発合戦。

グスタフには策があった。

挑発に挑発を重ね、ゼルドの判断力を低下させること。


此処は一騎打ちの場ではなく、『戦場』であることを忘れさせることが、グスタフの狙いであった。



(卑怯者と罵られようと……私のプライドなど喜んで捨てよう!今は、国をかけた戦争なのだから!)



ゼルドの視線がより鋭く、怒気を増してゆく。



「……もう、余計な言葉は要らねぇよな。もうゴチャゴチャ言うのはやめようぜ。……力で語ろうぜ!!」



「……うむ。帰国初戦がいきなり敵軍の将とはなかなか面白い。いざ……!!」



グスタフが炎の大斧・クリムゾンを構えると、同時にゼルドも片手で担いでいた大剣をグスタフに向かい突き付ける。




前線は、この大きすぎる一騎打ちの様子を見守ろうと静まり返る。




「よし……この隙に進むぞ、シエラ。」


「……はい。」




グスタフ対ゼルド。


この戦いで最も注目すべき一騎打ちに、両軍の視線が集まっているうちに、ヨハネとシエラは素早く迂回し敵陣の深くへと向かう。




「グスタフはおそらく、妾たちがセラと話をつける充分な時間を稼いでくれるじゃろう。戦場の様子をじっくり観察し、特徴をよく捉えておった。あやつは腕も確かじゃが……おそらく、この軍の中でもシエラ、お主に匹敵するほどの『策士』じゃ。」



移動しながら、ヨハネはグスタフを見た印象をシエラに告げる。



「え……?昔の彼は、それはもう兵法が苦手だったのですが……。」


「必死に学んだのじゃろう。国を背負うために。」



遠巻きにグスタフに視線を送るシエラ。

その先の『王子』に、もう昔のような『ガキ大将』だった面影は無かった。


「おらぁぁぁ!!」


ゼルドが大剣を振るったところで、グスタフとの交戦は始まった。

間一髪のところでその大剣を交わすと、グスタフは炎の斧をゼルドの胴目掛けて横に薙ぐ。



「ちっ!!」


ゼルドはその攻撃を素早くかわすと一度後方に飛び退く。



「ほう……その巨体でありながら、なかなか素早いものだな。」


「テメェもな……俺の一撃を、当たらないギリギリのところでかわしやがって……。」



わずか一撃。

しかしその一撃で、双方相手の実力を把握したグスタフとゼルド。


「……こりゃ、手なんて抜けねぇなぁ……。」


「……こちらはもとより全力さ。」



お互いの武器構え、次の攻撃に備えるふたり。

ふたりの周囲の軍から、言葉が消える。


これほどの闘気、そして迫力。

気を抜いていると巻き添えに遭うかも知れない。

そんな恐怖感が周辺の兵たちから漂っていた。



(そうだ、離れろ……俺達から両軍とも出来るだけ離れるんだ……。)



わざと派手な一撃を繰り出したのは、グスタフの作戦の一つ。

出来るだけ周囲の兵を散らすことによって、自軍そして人間の手敵軍も含めて、命を落とす兵士を減らそうと思ったのだ。


「よそ見してるんじゃねぇよ!!」



ゼルドが周囲の様子を探っていたことが面白くなかったゼルドが、一気に間合いを詰め、グスタフに斬りかかる。


『斬る』というよりは『叩き潰す』という表現の方が適当ともいえるその大剣を、片手で軽々と振り下ろすゼルド。



「……おっと!!」



ゼルドが突進してきているのは分かっていたし、想定していたグスタフは、大剣が命中する直前で飛び退く。


地には大きな穴が開き、砂埃が舞う。



「……いやぁ、これは一撃でも食らったらひとたまりもないな……。」


背中に冷たい汗を感じる。

自分の実力ギリギリの『作戦』。


ひとつでもミスをすれば、グスタフも、ローランド軍も命を落とす、そんなリスクの高い戦い。


グスタフがそんなリスクの高い道を選んだ理由はただ一つ。



「……最悪、手足の1本くらいくれてやるさ……。国土を守り、民を守るためならな!!」



王子として、祖国の国土を、そして民を守るため。

王子が犠牲となっても、まだ国王が壮健であるいま、なりふり構っている状況でもなかったし、命を惜しんでいられる状況でもなかったのだ。


大剣と大斧がぶつかり合う度、火花が散り、衝撃波が周囲に飛ぶ。



「お前……魔法は使えるのか?」


不意にゼルドがグスタフに問う。


「あいにく、魔法の才は私には備わっていないようだ。父が生粋の戦士だったからな。」


「そりゃ、こっちにとっちゃ好都合だ。エルシードの戦いでは、魔導士のババァに苦戦したからな。魔法の使い手がいない方が戦いやすいってもんだ。」



ゼルドの口元が歪む。

ゼルドも魔法が使えない。

魔法が使えないがゆえに、肉体を鍛えぬき、身の丈ほどもある大剣を片手で振り回すほどの怪力を身につけ、また生半可な攻撃では倒れない耐久力を身につけた。


重ねて、ひとりで戦況を打破するための体力、逆境においても決して折れない精神力も。


戦場においては、ゼルドのような将が一人いるだけで脅威となるものだ。



「……なめられたものだな。しかし、魔法の替わりなら……この手に。」



一方のグスタフも、人間が身体に宿す魔力は備えているものの、魔術師としての資質は無く、攻撃魔法にも回復魔法にも精通しなかった。

故に、グスタフは父王に頼み込み、修行の旅に出た。


修行の旅は、グスタフの戦闘能力を高めただけではなく、戦術・兵法も身につけさせる良い結果となった。


彼もまた、自らを鍛えた戦士なのだ。

そんなグスタフに父ローランドが与えたのは、炎の斧・クリムゾン。


かつての大戦時、魔法の使えないローランドの戦力低下を懸念して、ある名匠が鍛え上げたものである。


その斧は、魔力ではなく『闘気』に反応し、その闘気が大きければ大きいほど炎の威力が増すというもの。



戦闘能力がたとえ低かったとしても、闘気が強ければ、クリムゾンは強力な武器となるのだ。



「……今日は、おそらくこのクリムゾンは貴様にとって脅威となるはずだ。……あの女将軍が相手では、ただの斧だったろう。女を斬るわけにはいかないからな。しかし……。」



グスタフが、再びクリムゾンを構える。



「貴様のような相手なら、私も遠慮せぬ。みなぎっているよ、闘気が!」



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