セラの去った謁見の間。


ローランド国王を囲んで、シエラ、ゼロ、ガーネット、ヨハネが集まる。



「おじ様……一体どういうことですか?敵の将軍が単身ここまでやってくるなんて……。」



これまでの将たちとは全くタイプの違う人物。

シエラは、セラの真っ直ぐな謁見、そして提案に正直困惑していた。



「ずっと、力で押さえつけようとしている感があったので……正直、彼女の話にもきっと裏があるのだろう、そう思ってしまうのです。あんなに真っ直ぐに交渉を持ちかけられると……。」



シエラの言葉に、ヨハネが反応する。



「おそらく、あやつに裏はないであろうよ。里に居たころから、真っ直ぐで素直な女子だったからの……。」



そのヨハネの表情も、困惑の色を隠せないでいる。



「なぁ……アイツとどんな関係なんだ?お互いに顔見知りだった感じだっただろ?」


ゼロが、ヨハネに問う。



「妾の住む隠れ里……其処の住人じゃ。代々、魔力の高いものが生まれるのじゃが……あやつは、セラは稀代の天才じゃ。里の者たちも『里の至宝』として大切に育てようと決めておった。それなのに……どういういきさつでセラが里を出たのか、それは妾にも分からぬ。」




ヨハネの表情から、余裕というものが完全に消えていた。

それほどまでに、セラが里を出ていたこと、そして敵将となっていたことがよほどの衝撃だったのであろう。



「……とにかくじゃ。ここで狼狽えていても仕方のないことじゃ。まずは、この国のこれからを、考えようではないか。のぉ……ローランドや。」




しかしすぐに気を取り直し、戦友でもあるローランドに告げる。



「……うむ。まずは会議用に広間を設けよう。我が国の軍関係、そして重臣達を集めよう。この国の大事だからな。」


――――――――――――――――――



その日の夜。


早速、ローランド国王は、会議室に重臣たちを集めた。

宰相、各部門の大臣、騎士団長……。

今回は、ガーネットも騎士団長側で参加。


その席にシエラ、ゼロ、ヨハネも呼ばれる。




「……と、言うわけだ。私はアガレス軍と名乗る相手の降伏に関する交渉を蹴った。蹴ってしまった。」



まず、国王が事の顛末を包み隠さず臣下に伝え、自分の意見と共に結論を言った。



「……まったく、気持ち良すぎるくらい真っ直ぐな奴じゃの。少しぐらい国王特権だのなんだの上手く言って、納得させれば良いものを。」



ヨハネが、まるでからかうように言う。



「これから国を巻き込む戦いになるかもしれんのじゃ。私の一存でなんでも決められるわけないだろう。……しかし、結果的に戦う方向になってしまいそうだ。その事は、素直に詫びよう。すまぬ。」



臣下に頭を下げる事も厭わない。

それが、絶大な支持を受けるローランド国王の、国王たる所以なのだ。




「しかし、ヨハネ様の意見も一理あります。陛下が国のために戦うことを決めたのであれば、民は誰も反対など致しますまい。」


「そうじゃ。これからどうやって敵軍と戦っていくか、それを皆で話し合おうじゃありませんか。」



大臣たちは国王の意見に同調する。



「畏れながら……。もし戦になったとき、こちらに敵軍が攻めてくる可能性が大きく……その際、民たちを何処へ避難させたら良いのでしょうか?」



しかし、正直に不安を口にしたのは、ローランド市街地の代表、いわば平民の代表者。


「それだ……。内戦で使った砦は比較的強固ではあるが、内戦の事を思い反対する者も少なくはないだろう。そうすると……。」



もし、戦争になったら、民はどうすべきか。

これが、もしものためにしなければならない最重要案件。



「以前は帝国に避難するという手もあったのだが……いや、すまぬ。」



国王が、話途中でシエラの表情を見て押し黙る。


「いいえ、気になさらないでください。そうですわね。帝国が陥落した今、その帝国に敵軍が潜む可能性も大いにあります。ならば、出来るだけ帝国から離れた側の国境付近に……。」


そこまで言いかけて、シエラもハッと言葉を飲み込んだ。



「……エリシャとの国境に、昔の監視塔がある。そこを使えばいいんじゃねぇか?」



シエラが言葉を飲み込んだタイミングで、ゼロがその続きを口にする。



「以前はエリシャ白騎士団の詰め所もあった監視塔だ。外壁は壊されてなかったし、地形も悪くない。避難所としても使われていたから、こっちの人間がみんな避難しても、収容できる。……ま、少しだけ窮屈な思いはさせるかも知れないけどな。」



ゼロが旅立った悲しみの地、エリシャ。

そんなエリシャに一たびでも戻ることになってしまう、という事に、シエラはなんとも言えないやるせなさを感じた。



涙ぐみながらゼロを見るシエラ。

そんなシエラを見ながら、ゼロは頭を掻きながら言う。



「大丈夫、死体なんてねーよ。ウチの民はみんな俺が葬った。エリシャの民は、誰も城下町から外には出られなかったんだ。」


ゼロはシエラの気持ちを軽くするために言ったつもりだったのだが……。



「ごめんなさい。……ごめんなさい。」



涙を零すシエラ。

ゼロの気づかいは、裏目に出るのであった。


もしも、アガレス軍がローランドに対して宣戦布告をしてきたら……。


そんな『もしも』に対応すべく集まった会議。

ローランド国王の人望もあってか、防衛線、避難場所、物流や食料など、様々な問題があがるも、民との話し合いでそれは次々と解決されていく。



「しかし、大したものじゃの。他の国でここまで会議が充実する国はあるまいて。これも国力、とでも言うべきかの。」



そのスピーディーな会議の進行に、ヨハネも賞賛の言葉を惜しまない。



「いやいや、私の力ではない。民が皆、優秀すぎるのだ。」


国王がこう言えば、


「ありがたきお言葉。しかし、それも陛下がきちんと民の声に耳を傾けてくださるからです。陛下の人望無くして我々の意見など無いに等しい。」


民が国王を称賛する。



「素敵、ですわね。こんな国になる様……私もいつか帝国を……。」


シエラの表情が一喜一憂する。

そんなシエラを隣で見ながら、ゼロが口を開いた。



「ちょっと……身体動かしてくるわ。俺の部屋……後で場所、教えてくれよ。」


そう言うと、ゼロは兵舎のある方へと向かった。



「ゼロ……。」


そんなゼロを見ながら、シエラは先ほどの会議での自分の言葉を思い出し、後悔する。



ローランド王国は、2つの国の国境がある。

世界の国家の中心であった、帝国。

そして、エリシャ自治州。


政治・軍事・経済の中心地だった帝国と、守備・防衛に特化したエリシャの協力により、ローランド王国は平和な生活を送っていた。


しかし、その隣国2国はアガレス軍により滅ぼされてしまった。

おそらく、帝国にアガレス軍は潜んでいるのだろう。

そして、エリシャは廃墟となっている。


シエラは帝国で生まれ育ち、ゼロはエリシャで生きた。

お互いに祖国を滅ぼされた身だからこそ、シエラはゼロの気持ちが分かるのだ。



(私は……ゼロの心の傷を抉るような選択をしてしまったのかも知れない……。)



シエラの胸が、痛む。



「……心配か?」



思い悩むシエラに、ヨハネが声をかける。



「はい……。ゼロは、エリシャで御姉様を亡くされたんですよね?」


「うむ。その様じゃの。」



シエラの問いに、ヨハネは淡々と答える。


「そんな地に再び赴こうなど……私は残酷ですね。ゼロのために私がエリシャへ……。」


「……ゼロが行くべきじゃ。地形、建物、全てを把握し利用できるのは、ゼロだけじゃ。」




シエラが思い悩んで出した答えを、ヨハネは一蹴した。



「良いかシエラ。これは戦争じゃ。個人の気持ちひとつで作戦を変えたとて、それは何の解決にもならぬ。地理を知らぬものが民を率いたところで、何かあったときはどうする?民を逃がすことも守ることも出来ぬとあらば、皆犬死じゃ。……国家の主となるのであれば……常に『善き選択』をするのじゃ。私情に駆られてはならぬ。」



いつものヨハネとは雰囲気が違う。

シエラの気持ちを理解したうえで、まるで助言するようにシエラを諭す。



「ゼロは……私を許してくださるでしょうか?」


「……逆に、ゼロをエリシャへ行かせなかったら、恨まれるじゃろうな。」



ヨハネは、笑って答える。



「それに、お主は何か間違ったことを言ったのか?戦術としては、お主の提案は間違っておらぬよ。ゼロとて軍人、そのくらいは分かっておる。どうしても心配であるなら……。」



そしてゼロが出ていった方向を指し、言う。



「……直接、話してみればよかろう?その方が、あれこれ思い悩むより余程早く解決するわ。」



ヨハネに促され、シエラは駆け出す。


「ヨハネ様、ありがとうございます。私……ちゃんとお話、してみます。」


「うむ。……別に『戦の事だけでなくても』良いのじゃぞ?」


「……もう!」



顔を真っ赤にしながら走り去るシエラを見送り、大きく溜息を吐くヨハネ。


「あんな若者が命の重責を背負うことなど、無い方が良いのじゃ。こんな戦は……早く終わらせなければならぬの。」



すっかり、ローランドの夜は更けていた。





「……ゼロ?」


兵舎に行く、と言ってひとり城を出たゼロ。

しかし、兵舎の中にゼロはいなかった。


「……ゼロ……何処にいるのです?」


訓練場かと思い、そちらへ向かうが……

……訓練場にも、誰もいない。



すっかり頭上まで昇った満月が、息を切らせたシエラを照らす。


「……綺麗。」


満月に、少しだけ見惚れるシエラ。

そういえば、帝国が陥落したあの日から、空を風景として見上げることが無かったような気がする。



「……お?こんなところで何やってんだよ!」



その時、シエラが見上げた方向から、ゼロの声が聞こえる。

シエラは、目を凝らしてゼロの姿を探す。



「ここだよ、上!!」



ゼロが頭上から大きな声を出し、シエラの目に早く留まるように大きく手を振る。


「あ……。」



まるで、満月を背負うように。

ゼロは兵舎の屋根に立っていた。



「ひと汗流そうと思ったんだけどさ、何か月がすごく綺麗だったからさ……。ちょっとだけ落ち着いてから始めようかと思ってな。」



少しだけ大きめな声で、ゼロが言う。


「その……今日はごめんなさい。私、ゼロの事、なにも……」


月が綺麗な夜だから、シエラも素直に心の内を言葉に出せる。しかし……



「あーー?聞こえねぇよーー!!」



あいにく、ゼロとシエラの位置が離れていて、シエラの素直な言葉はゼロには届かない。


「ですからー!!」


「上がって来いよ!!この距離じゃ話なんて出来ねぇし、何より上の方が気持ちいいぜ!!」



声を大きくして伝えようと力を入れたシエラに、ゼロは笑ってそう言った。




――――――――――――――――――――




「すごい……!」



ゼロに手を引かれ、ようやく上った屋根の上。

そこは、遮るものなど何もない、夜景を独占できる場所だった。



「この城で一番高い場所を探してたらさ、詰め所の見張り塔かなって思ったんだ。でも、塔は鍵がかかってたから、その横のこの屋根に決めた。なかなかいい眺めだろ?」


ゼロは、先ほどまで座っていた場所に再び座るが、シエラのことを見ると、少しだけ端にずれた。



「立ってると疲れるだろ?」



シエラは、このように穏やかな表情のゼロを見たのは初めてかも知れない。

促されるまま、隣に座り……


肩が触れるほど近くに並んで座ったことに、思わず赤面してしまう。



「……で?さっきなんて言ってたんだ?」


恥ずかしくて下を向くシエラに、ゼロが問う。



「あの……私、ゼロの祖国のことを知っていながら……無神経なことを言ってしまいました。それを、謝ろうと思って……。」



なんとなく、今ならゼロを怒らせることは無い、そんな気がしたので、シエラは意を決して打ち明けた。



「……何のことだ?」


「ですから、ローランドの民の避難場所……」


「……冗談。お前が気にしてるの、知ってたよ。」



ゼロが、笑いながら言う。

笑い事ではないのに、とゼロを睨んでやろうと顔をあげると、もうすぐ眼前にある、ゼロの顔。


「……え?」


「お前、優しいからなー、きっと俺に気を遣ってエリシャに行くのやめるとか、俺の代わりに自分が民を連れていくとか、そんな事を言うんじゃねーかなって思ってた。」



シエラの顔が一気に真っ赤になる。

まさにいま、ヨハネに対し口にした、その言葉をゼロは予想していたのだ。



「戦術的には正しい。敵が来る方角から考えても、戦地からの距離を考えても……、『エリシャを避難場所に選ぶ』というのは、正解だ。」



批判せず、意見もせず、ゼロはシエラの案を『正解』と肯定した。



「でも……またあなたの祖国を戦に巻き込んでしまうかも知れないんですよ?」


「そうは……ならねぇよ。」



シエラの心配事に、ゼロは確かにそう言った。



「どうして……?」


「お前がいるから。ヨハネだって、ガーネットも国王もいる。負けるわけないだろ?」



ゼロは、仲間を信じているのだ。

ローランドが落とされ、エリシャにまで侵攻することなどない、そう信じているのだ。



「それに、エリシャには俺がいる。もし負けてここまで退いてきたら……その時は俺が全力で、それこそ命を懸けて仲間とエリシャを守る。」




ただ、月を見上げながら言うゼロ。

その視線は、ひたすらに真っ直ぐだった。


月の光のせいなのか。

それとも、今夜のゼロがいつもと違うのか……。


シエラは、隣に座るゼロに安心感を感じていた。



「私……ひとりっ子なんです。」


「どうした、急に?」


「貴族の同じくらいの歳の子と遊んでも、その子達にはみんな兄や姉、弟や妹がいたんです。宮殿からみんなが帰るのを見送るとき、仲良く手を繋いで帰っていく、その背中を見て、羨ましいなぁ……なんて感じて。」



それは、皇女として生まれ、帝都で生きたシエラの昔話。



「シエラは兄貴が欲しかった?弟が欲しかった?」


「うーん、どちらでも良かった……かしら。ひとりっ子が嫌だっただけで……。」



夜風が優しくふたりを撫でる。



「だから今……少しだけ、ゼロ……あなたに『お兄ちゃん』を感じてしまいました。」


「お兄ちゃんって……お前、幾つだよ?」


「今年、成人しました。」


「……同い年じゃねぇか。」


「……本当ですか!?それはそれで嬉しいです!!」




ローランドとアガレス軍とは全く関係のない、ふたりの雑談。

シエラは、ハッとゼロの顔を覗き込む。


「私……友人と雑談なんて、何年ぶりかしら。……あ!ごめんなさい!これから修練に励もうとしていたのに、邪魔……ですよね?」



ころころとかわるシエラの表情に、ゼロは思わず吹き出す。



「お前……全然皇女らしくねぇな!!」


「な……っ、私、そんなに相応しくありませんか!?」



ゼロの言葉に、顔を真っ赤にして狼狽えるシエラ。


「そうじゃねぇよ。フツーの会話も表情も出来るじゃねーか、と思ってさ。」


「あ……。」



シエラは、ゼロの言葉に思った。

身分を気にせず、国のことも考えずに本心を話すことの何と気持ちの良いものか、と。」



「迷惑……でしょうか?」


「そんなことはねぇよ。同い年だと分かったんだし、もっと気軽に、気楽に話そうぜ。ひとりぐらい、お前にこんな口を利く男がいても、罰は当たらないだろ。」



少しだけ、心の何処かで壁を作っていた『ゼロという人間』。

その視線の、闘気の鋭さに恐怖を感じていたところもあるかもしれない。


しかし、共に戦ってきて、シエラはゼロの本当の人間性を知った。


だからこそ、少しだけゼロの心に踏み込むことが出来たのかもしれない。



「ゼロ……質問しても、良いですか?嫌だと思ったら答えなくても良いですから……。」



シエラは、ずっと心に秘めていた質問を口にした。



「……質問?」



シエラの真剣な表情に、ゼロも真剣にシエラと向き合う。

しかし、少しだけ考えたのち、シエラは視線を落とすと……。



「ごめんなさい。やっぱり……何でもないです。」



苦笑いを浮かべながら、小さく首を振った。

しかし、そんな素振りでゼロはシエラのしようとした質問の意味が分かってしまった。



「……姉貴の事、だろ?」


「……え?」



シエラが、驚いた表情でゼロを見つめる。



「このタイミングで、今の状況で、お前が俺に聞きたいことなんて、家屋のことだろう?……親父か姉貴。今の話の流れなら、十中八九……姉貴だ。」



ゼロの推理は、どうやらシエラの核心を突いたようで……。



「ご……ごめんなさい。」



シエラは、心底申し訳なさそうにゼロに頭を下げた。



「……姉貴はな……エリシャの誰よりも優しくて、誰よりも強い人だった……。」



もう、これ以上は聞くまいと口をつぐんだシエラだったが、少しの沈黙の後、ゼロが淡々と語り始める。



「ゼロ……?」


「士官学校を首席で卒業。最年少で騎士団入り。そして歴代最年少で騎士団長就任。街の女たちの憧れの的で、姉貴に交際を申し込む男たちもたくさんいた。……完璧な女だったよ、姉貴は。」



シエラが小さく大丈夫ですから……という、その言葉を遮るように、ゼロは言葉を紡いでいく。



「2年前に……アイン様が帝国に来たことがあったんです。」


「そういや、そんなこと言ってたな。土産が砂糖菓子だったの、覚えてる。」


「ゼロの言う通り……完璧な方でした。強くて、綺麗で……。」



シエラも、月を見ながら過去の思い出を振り返る。



「アイン様と帝国軍が合同訓練をしたことがあったんですけど……」


「お!!どうだった?」



ゼロが、突然話に食いつきシエラを覗き込む。

その顔の近さに、シエラの顔が真っ赤になる。



「あ、あの……。お話します、から……。」



ゼロの整った顔。

シエラも美女なのだが、ゼロに近づかれてしまうとどうしても緊張してしまう。



「お……ワリい……姉貴の国外の活動とか話なんて、ほとんど知らないからな。」



まるで少年のように瞳を輝かせるゼロに、シエラもついつい吹き出してしまう。



「……凄く、強かったです。ジェイコフなんて、3戦3敗でしたから。」


「あのじいさん、今となっては本気を出していたのかどうかも不安だな。」


「きっと……本気だったと思います。カタナ、抜いてましたから、



帝国でも戦術や武術の指南をしていたらしいアイン。


そのことを思うと、ゼロはついつい笑いだしてしまった。


「ゼロは、お姉さまに稽古をつけた貰ったのですか?太刀筋がそっくりだったので……。」


「いや、俺達の剣技は親父から習った。元英雄だか何だか知らねぇが、偉そうに剣とは何たるかを身をもって教えてもらったよ。」



「お父様も、お会いしたことがあります。剣帝ツヴァイク様。父が一目置く使い手だったそうですね……。」



シエラの父、聖王ジークハルトの戦友であり親友でもあった、剣帝ツヴァイク。

その実力も伯仲していたため、よく帝国に訪れては剣の腕を競ったという。



「俺も、行きたかったなぁ……帝国。」


「ふふ……再興したら是非、いらしてください。」



拗ねたような表情を見せたゼロに、シエラは優しく微笑みかけた。



「……結局、姉貴とはこれまでで一度も剣を合わせなかった。俺も剣士の端くれだ。姉貴が強いのは知っていたし、だからこそ自分の現在地が知りたくて姉貴に勝負を挑んだりもした。でもな……姉貴は結局、一度も手合わせしてくれなかった。」



少しだけ寂しそうな表情で、ゼロが言う。

そんなゼロの、少しだけ悲しそうな表情もシエラには初めてで、何故か胸が締め付けられるような感覚を覚える。



「きっと……お姉さまは、たとえ訓練でも、ゼロ……貴方と戦いたくなかったのだと思います。」



シエラは、少しだけ強い声で、しっかりゼロに届くように言った。



「私も、父に隠れて剣の稽古をしてました。父が、私が剣を持つことを許してくれなかったから。護身術だけは習ったけれど、本格的な剣術はさせてもらえませんでした。……父は私にはっきりと言ったんです。可愛い娘をわざわざ危険な目に遭わせるわけにはいかない。危険が及んだら私が命を懸けて守る……って。」



父のことを思い出したのだろう。シエラが少しだけ瞳に涙を浮かべる。



「父は有言実行の皇帝でした。最期まで私を守って……国は護れなかったけど、言葉通り私のことを命懸けで守ってくれたんです。」



ゼロの胸も、シエラの言葉で痛む。

自分だけではない。

シエラも、アガレス軍に父である皇帝を殺されたのだ。



「わ、ワリィ……。」



お互い過去の話をしたのだが、シエラがあまりに悲しそうな表情をしたので、つい謝ってしまった。



シエラは、首を小さく振ると……




突然、屋根から飛び降りた。



「バカ!!……ここは結構高い……!!」


ゼロが心配して飛び込もうとしたが、シエラは足元に風の魔法を放つことで、空気のクッションを作り、地上にふわりと降り立った。



「ゼロ!!」



そして、ゼロを見上げると、大きな声でその名を呼ぶ。



「お互いに気持ちが重くなってしまいました。少しだけ……運動に付き合って戴けませんか?」


「なに……言ってんだよ?」



足元で大きな声でゼロを呼ぶシエラ。

そんな姿を見下ろしながら、シエラの言葉の真意をはかりかねているゼロ。



「ゼロは、少しだけ身体を動かしに来たのでしょう?でも、私が長々と話に付き合わせてしまった。だから、お詫びに稽古のお相手をして差し上げようかと……。」



はにかむシエラ。

こんな自然体なシエラの表情を、これまでゼロは見た事が無かった。



「いや……身体を動かすとは言ったけどな……。」



とりあえず、シエラが下に降りたのに自分だけ高いところというわけにもいかないので、巧みに屋根を、そして壁を蹴り地に降り立つ。



「さすが……としか言い様のない身のこなしですわね。」


「魔法が使えりゃ……もっとマシな着地が出来るんだけどな、誰かさんみたいに。」



褒められたことが少しだけ恥ずかしくなったゼロは、にやけながらシエラに悪態をつく。



「……で?どうするんだ?これから城の外回りでも軽く走るか?」



手首を鳴らしながら、ゼロが訊ねる。


「私……走り込みという訓練は無駄だと思っていますの。だってそうでしょう?『ただ走るだけ』の訓練が、実戦で何の役に立ちましょう……?」


「そりゃ、肺活量とか体力とかを養うためだろ?」


「だったら……もっと効率的な方法がありますでしょう?」



そう言うと、シエラはふたつの包みのうちのひとつをゼロに向かって放る。

しっかりと受け止めたゼロは、さっそく中身を確認する。



「……剣?でも刃が無い……訓練用の安全な剣か?」



中身は、長剣。

しかし、刃の部分は切れないように加工が施してあり、大怪我にならない造りとなっている。



「なるほど……素振りか。それなら体力も……。」




シエラは自分の分の剣を包みから出すと、ゆっくりとゼロに向かって構える。



「素振りだったら自前の剣でも良いではありませんか。幸い、私たちは同じ剣士。組手をして身体を慣らしておきましょう?」



シエラは、ゼロと組み手という形をとるつもりの様だった。



「組み手?……いや、俺はお前と戦う準備なんて……」


すっかり困り果てるゼロ。


「訓練です。戦いではありませんわ。それに……私だって、今のままじゃダメなんです。少しでも経験を積んで、成長したい。」



シエラが、真剣な表情でゼロに向かって構える。

その視線は、普段の優しくお淑やかなシエラのものとはかけ離れた、『剣士の視線』の鋭さだった。



「私だって、今の剣士としての実力に満足していない。魔法だってまだまだ。『白の剣聖』なんて呼ばれるようになったところで、アガレス軍の将には全く歯が立たない。このままでは……帝国再建など、夢のまた夢、です。」



周りを惹きつけるカリスマ性。

政治的な知識や、戦闘時における軍師としての才能。

シエラには剣士として戦う以外にも才能はある。

しかし、その才能をもってしても、今のままでは勝てない、そう判断したのだ。



「お前も……本気なんだな。」



ゼロは、そんな心の強さを見せたシエラに感心し……



「俺も、ここまででまだあちらさん相手に一度も勝ってねぇ。実力不足は認めるが、それじゃ俺の気が済まねぇ。……よし、付き合うぜ。」



ゼロも、シエラに向かい剣を構える。



「……では、真剣勝負と参りましょう。一方が剣を弾かれるか、命に関わる部位に剣を突き立てられたら負け。……どちらが勝っても、恨みっこなしという事で。」


「オッケー!……お前のことは女としてじゃなく、『白の剣聖』として見させてもらう。相手にとって……不足はねぇ!!」



ゼロとシエラが、剣先を合わせ、同時に後方に飛んだ。



お互いに、一定の間合いを保ったまま、様子を見る。



(華奢な身体のくせに……飛び込んだらやられる、そんな隙の無さ。普段のお嬢様キャラに騙されたら、一瞬で首が飛ぶ……。)


(一見、適当な構えに見えるけれど……身体のどこにも無駄な力が入っていない。少しでも気を抜けば、いつでも私の喉元に剣が突き刺さる……そんな殺気。それに、うかつに斬りかかったら、その瞬間に四肢が分断される、そんな恐怖感……これが、ゼロの力……)




お互い、一般的には剣の達人と呼ばれて然るべき実力の持ち主。


シエラに至っては、剣のエキスパートである『ソードマスター』を超える称号である『剣聖』を冠しているのだ。

その剣聖に隙が無いと言わしめるゼロの実力も、ソードマスター以上であると言えよう。



全く動かず、睨み合うゼロとシエラ。


そんなふたりの緊張の糸を切ったのは……




ーーーガサッーーー



野良犬か猫の類であろう。

茂みに飛び込む小動物の足音だった。



両者、同時に地を蹴り、間合いを詰める……。


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