第1章:イノチの意味は
エリシャ自治州。
かつてこの地を大飢饉から守ったと言われる聖女エリシャの名を冠して生まれた自治州。
戦争を嫌い、しかし自国を守るために軍備を整えてきた。
その軍は、『エリシャ白騎士団』と呼ばれ、大陸随一の守備力を誇るとさえ言われてきた。
自治州の代表・オスカーは、かつて帝国の騎士団に籍を置いていたが、もともと争いを好む男ではなかったため、脱退後、エリシャ自治州に流れ着き、その政治手腕で代表にまで登り詰めた。
そんなオスカーが、やがておとずれるかもしれない戦争の中でも、自国の民は守りたい。そう願って設立したのが『エリシャ白騎士団』なのである。
オスカーは、幾度となく自治州を守ってきた。蛮族から、獣から、時には反乱分子から……
そんな彼を、民は親しみを込めてこう呼んだ。
『エリシャの盾』と。
オスカーは、老若男女関係なく、有能な者は将として、また官として取り上げた。そんな彼の城は民衆にも開かれ、活気と笑顔で溢れていたのだ。
そんな彼に取り上げられた女がひとりいた。
名をアイン。その美しさと剣の腕で、彼女は『白騎士団の華将軍』と呼ばれた。
『エリシャの盾』と『華将軍』。
このふたりが、今のエリシャ自治州の象徴であった。
平和で、守備に長けた自由な国。
物語は、ここから始まる……。
――――――――――――
「ゼロ!!どこにいるの?ゼロったら!」
エリシャ宮殿内。
白銀の鎧に深紅のマントを靡かせながら、若い女騎士は人を探していた。
「将軍!異常無しであります!」
騎士がすれ違う度、兵士が一様に敬礼し、状況を報告する。
「ありがとう。御苦労様。」
騎士はその報告ひとつひとつに面倒くさがる事なく、丁寧に応え、労う。
「もー……ゼロったら、すぐにいなくなるのだから。落ち着きの無い子……」
宮殿内で顔を合わせる人に微笑みを返し、手を振る『将軍』こそ、エリシャの華将軍こと、アインである。
アインは宮殿の入口まで出てくると、庭園で呟く。
「夕食は……抜きね。」
その瞬間、
「そりゃねーよ……姉貴。」
アインの背後に、黒い衣服の青年が立っていた。
「ゼロ…すぐに気配を消して背後に立たない!」
「無防備な姉貴が悪いんだろーが。そんなんじゃ、何されるか分からねーぞ?」
口元に笑みを浮かべたまま、アインの腰に手を回して見せる、ゼロと呼ばれた青年。
アインとゼロ。
エリシャの華将軍と名高いアインと、風来坊と言われ、どの団体にも所属しない弟、ゼロ。
アインの名が広まっているが故に、ゼロの放浪ぶりも、自然と有名になっていた。
長い金の髪に蒼い瞳のアインと、黒い髪に紅い瞳のゼロ。
白い鎧に黒い服。
その対象ぶりが、ふたりの美男美女を、より際立たせていた。
「どこにいってたの?控えの間で待っていなさいって言ったでしょう?」
優しく叱るアインに、
「俺、待つの苦手だからさ、ちょっと白騎士団の連中をからかってきたわ。」
にやにやしながら、ゼロが言う。
「また……部下達をからかうのはやめて欲しいわ。……それより、早く離れなさいよ。」
腰に回された手を、ぺしぺしと叩くアイン。
「本気で剣をやるなら、私がいくらでも訓練の相手になるのに……」
困った顔のアインから、ゆっくりと離れながらゼロは、
「はぁ?姉貴が相手だと、命がいくつあっても足りねーよ!」
などと悪態をつき、少し先を歩く。
「行こーぜ。俺、美味い肉が食いてぇ!」
屈託なく笑うゼロ。そんなゼロの笑顔に、思わず笑みが漏れるアイン。
「……そういう不意打ちの可愛さはやめて欲しいわ。普段はガラが悪いくせに……」
ゆっくりと、アインはゼロを追う。
「姉貴!早くしろ!肉が逃げる!」
――――――――――――――――――
「それで?……ゼロは将来何になりたいの?」
酒場にて。
骨付き肉をガツガツと食べるゼロに、サラダをつつきながらアインが問う。
「あなたほどの実力があるなら、白騎士団でだってやっていけるわ。いつかは、私と一緒に……」
「ガラじゃねぇ。俺が騎士って質かよ。第一、俺は姉貴みたいに魔法が使えねぇ。」
肉を頬張りながら、ゼロは騎士団入りはない、とアインに断言する。
ゼロには、生まれつき魔力と言うものが備わっていなかった。
人間、誰しもわずかながら魔力を持ち、訓練することで『魔法』へと昇華させていくのだが、ゼロにはその基となる『魔力』自体が備わっていなかったのだ。
故に、ゼロは魔法が使えないと言うハンデを越えるため、剣技を必死に伸ばそうと鍛練してきた。
そこに立ちはだかったのが、姉であるアイン。
生まれながらにして魔導師並の高い魔力を持ち、剣技においても、鍛練を欠かさず、その素質の高さでゼロを凌いだ。
加えて内政・戦術の勉強も怠ることなく、アインは小国の軍師では、比較になら無いほどの戦術の才を持っていた。
完璧すぎる姉の日陰に育ち、ゼロは騎士団という輝かしい道を自ら閉ざしてきたのだ。
「白騎士団は……いや、この自治領は姉貴と領主がいれば大丈夫だろ。俺は、町人その1でいいさ。姉貴とこうやって飯食って、馬鹿話してるので満足。」
かといって、ゼロはアインに負い目を感じることもなく、また姉として慕っていた。完璧すぎる姉は、その力を鼻にかけることもなく、日々向上しようと鍛練や学習を怠らなかったからだ。
『姉には勝てない』
適当なところで限界という境界線を引いてきたゼロにとって、どこまでも努力し続ける姉は、存在だけで眩しく見えたのである。
「まぁ……あなたが悪い組織や団体に属さなければ、姉としては満足だけど……」
姉は姉で、ゼロの生き様を否定することはしなかった。
遊ぶこともなく、手を抜くこともなく日々生きて、気がついたら民の信頼を一身に受ける存在となった自分。
ゼロには、自分と同じ道を辿って欲しくなかった、と言うのが本音である。
もう少し、ゼロには自由に生きて欲しい。それが口に出さないアインの本音であった。
「ゼロ、どう生きてもいいわ。ただ、間違ったことだけは、しないでね。」
「なーに遺言みてーなこと言ってんだよ」
酒場の夜は、更けていった。
―――――――――――――――――――
「ふーっ、食った飲んだ!」
腹をポンポンと叩きながら、満足げな表情のゼロと、
「あなた……食べ過ぎよ。太ったらせっかくの美男が台無しよ?」
呆れ顔のアイン。
酒場から家までの距離はそう遠くない。人通りの少ない道を、ふたり歩く。
「姉貴よぉ……」
ふと、ゼロがアインに声をかけた。
「なぁに?」
珍しいこともあるものだ、と興味深く耳を傾けるアインに、ゼロはそっぽを向いて言う。
「無理……すんなよな。別に姉貴が将軍じゃなくてもよ……無事に帰ってくれば、俺はそれでいい。」
日々の激務の事を思ってだろうか。ゼロが珍しく、アインを気遣った言葉を発した。
「……心配?」
胸がいっぱいになったアインは、わざといたずらっぽくゼロに問う。
「あ?……別に。このままだと華将軍が、嫁の貰い手のいないゴリラ将軍になりかねないからな!そっちのが心配だ!」
笑いながら先を走るゼロ。
「なんですって!?……まったくもう……。」
怒るふりをしながらも、最後には笑顔になるアイン。
冗談だとわかっていた。
昔から、思ってもいないことを言うゼロは、決して自分と目を合わせない。
だからこそ、ゼロの言葉の真意に気づくことがこれまで出来ていた。
どのくらい本気なのか、冗談なのか……
それは、ゼロの性格のような正直な視線が、しっかりと語ってくれていたから。
ふと、先を走っていたゼロが足を止めた。
「……どうしたの?」
アインはゼロに追い付き、問う。
「あっち……なんかおかしくねぇか?」
ゼロの視線はアインに向くことなく、真っ直ぐ北の方角を見据えている。
「……おかしい?」
アインにはまだ、状況は読み込めていない。
「あの影……動いてるぞ。……軍隊じゃねぇか?」
遠くに見える影。アインはそれを林の影だと思っていた。それをゼロは、軍隊だと言う。
「姉貴!宮殿に戻れ!オスカー様に知らせてこい!俺は、もう少し近くで見る!」
そう言って、突如走り出すゼロ。
「ゼロ!!待って……!」
引き留めた頃には、ゼロの影は遠くなっていた。
ゼロの勘は、アインが驚くほど鋭い。そんな彼があれほど取り乱しているのだから……
アインは踵を返す。
そして全速力で、宮殿へ走った。
――――――――――――――
「オスカー様!!北の方角に軍を確認!数はおそらく……200ほどかと!」
エリシャ宮殿。
領主オスカーに報告したのは、警備兵。
「北の方角……?北にはノースグランドしか無いはずだが……」
エリシャ自治領とノースグランド王国は、同盟国同士。
オスカーがエリシャ領主になって初めて行った大きな外交は、ノースグランド王国との同盟の締結であった。
旧帝国を中心として北側に位置するノースグランドとエリシャ。
帝国の陥落と共に均衡が取れなくなってきた大陸の状態だからこそ、北部の国は団結するべきだと、そうノースグランド国王に進言したのだ。
結果、同盟は締結され、ノースグランドは財政面の援助、エリシャは軍事面での援助を互いにとると言うことでよい関係を築いてきたのだ。
ノースグランドは、人口こそエリシャを凌駕しているものの、とりわけ大きな軍団は無い。防御に特化した騎士団を持つエリシャに軍事的な介入をしてくることは、領主オスカーでさえ想定外であった。
「200程の軍で、エリシャに侵攻だと……?それは真なのか?」
警備兵に真偽を問うオスカー。ちょうどその時、
「オスカー様、間違いない情報です。北方に、軍とおぼしき影を確認いたしました。」
アインが、宮殿に到着した。
「アインか。……どうだ?ノースグランドだと思うか?」
判断が難しい状況。慎重に事を進めるべく、オスカーは腹心であるアインの意見を求める。
「……五分五分、と言ったところでしょうか。ノースグランド国王であれば、我が白騎士団の戦力は把握しているはず。数にものを言わせるのであれば、200と言う数はおかしい。」
アイン自身、完全に状況を把握していなかったが、これまでの経験で弾き出された想定を告げる。
「私と、白騎士団の一個小隊で、斥候を兼ねて確認致します。あくまで斥候。こちらから戦闘は開始しないと言う条件で。」
200の兵なら、アインと選りすぐった騎士団員で対処できるだろう、とアインはオスカーに進言する。
「……分かった。くれぐれも深追いはするな。ノースグランドは同盟国だ。」
オスカーが承諾すると、アインは敬礼し、
「白騎士団、出撃致します。」
と踵を返し、白騎士団の詰め所へと向かった。
―――――――――――――――――
エリシャ・ノースグランド国境。
白騎士団は、国境を侵さぬよう、エリシャ側に軍を配置した。
守備に特化した、精鋭200。
同じ数でも、こちらが負ける筈がない、とアインが厳選した騎士達である。
「将軍……ノースグランド軍では……ないようです。」
騎士の一人がアインに告げる。アインもそれには気づいていた。
「旗もない、鎧も違う……それより、あの動きは……」
ゆらゆらと歩く、その姿。騎士の一人が声をあげる。
「不死人(アンデット)!!」
その声を合図に、200ものアンデット軍が、一斉に白騎士団に向かって歩みを進めてくる。
「魔導師兵、前へ!牽制だけで良いわ!」
一糸乱れぬ陣形で、魔導師の列が入れ替わり、炎の魔法でアンデットを牽制する。
「私が行く!弓兵と騎兵数名は援護!」
一瞬で距離を詰め、白銀の剣を抜くアイン。
「はっ!」
白い剣筋が、数体のアンデット兵を凪ぐ。
「ォォオ……オ……」
呻きにもならない呻き声をあげて、アンデット兵は崩れ落ちる。が……
事も無げに再び立ち上がる。凪ぎ払われ、斬り落とされた四肢はそのままに。
「将軍!!」
すかさず、後方から矢と魔法の援護が飛ぶ。
矢は次々とアンデット兵を居抜き、炎の魔法はその身体を焼く。
「……さすがはアンデット」
アインは後方に飛び退き、顛末を見届ける。
矢が刺さったまま、身体を焼かれたまま、それでもアンデット兵は歩みを進める。
「一筋縄では、いかないか……魔導師兵、騎兵は下がって!僧兵、前へ!」
瞬時に作戦を練り直す。前衛に出たのは、近接戦闘の苦手な僧兵。
アインはその中心に立つと、
「浄化します!私に魔力強化の魔法を!」
僧兵に命じる。僧兵は一斉に詠唱を始め、アインは白い光に包まれていく。そしてアインは剣を鞘に納め、指先で十字を切る。
アインが詠唱すると、真っ白な光の束がほどけ、まるで糸のようにアンデット兵を射抜いていく。
《不浄なるものへ、天の裁きを!!》
アンデット兵を射抜いた光の糸は、そのまま巻き付き……
弾けるように、消えた。アンデット兵もろとも。
「神聖魔法……相変わらず、高い魔力で。」
僧兵が感嘆の声をあげる。アインは
「あなた達が魔力を上げてくれたからです。……さぁ、宮殿に戻りましょう。」
そう言うと、兵を率いて帰路につくのであった。
――――――――――――――――――
「以上、昨夜の顛末でございます。」
翌朝、アインはゼロと共に、宮殿でオスカーに昨夜の顛末を報告していた。
「では、ノースグランド軍ではなかったと……。では、そのアンデット兵は、何者の差し金なのだ……?」
顎に手を当て、考え込むオスカー。
「俺は国境のノースグランド詰め所、見てきたけど、そりゃーもう平和なもんだったぜ?」
ゼロも、ノースグランド軍の偵察を独自に行っていた。その結果を、とりあえず伝えた。
「むぅ……」
オスカーはますます考え込む。
「直接、ノースグランド国王と面会しては如何でしょう?正体が分からない敵が現れた以上、先方に敵意がないなら共同戦線の意思を固めておくべきかと。」
沈黙を破ったのは、アインだった。
「留守は守ります。オスカー様はノースグランド国王と面会を。国家間の問題です。私が面会に行くのは、少々荷が勝ちすぎるかと……。」
恐縮です、と頭を下げるアインに、オスカーは、
「つくづく、君が将軍で良かったよ。常に的確な案を出してくれる。」
……と、笑みを浮かべ。
「分かった。ノースグランド国王と面会をしてこよう。軍を率いて行くわけにはいかないので、秘密裏に行こう。アイン、留守を頼めるか?」
と、アインに告げる。
「はっ!」
即答でアインは敬礼し、
「それならば、ゼロをお伴に。」
と、ゼロに目配せをする。
「はぁ!?……俺は騎士じゃねぇっての!」
冗談じゃない、と反論するゼロに、
「……だからよ。ただの町人さんだからこそ、御忍びの領主の護衛ができるのよ。友人と銘打ってね。」
アインは微笑みながら言う。
「……姉貴、だから俺を連れてきたんだな?これが狙いか!」
「察しの良い弟で助かるわ。」
全てはアインの想定通り、事が進む。
「ちっ……仕方ねぇな。オスカー様、俺……夕食に肉がねぇと納得しねーからな!」
不満げにオスカーに言うゼロ。慌てて頭を下げるアインを横目に、
「ゼロ、君とは一度、身分とか関係なく話がしたかった。まぁ、仲良く隣国への旅行と洒落こもうじゃないか。」
と、ゼロに笑いかけた。
「未熟な弟ですが、きっとオスカー様の助けとなるでしょう。私が保証します。」
アインの言葉に、
「華将軍のお墨付きなら安心だ」
とにっこりと笑うオスカーであった。
――――――――――――――――
昼を待たずして、オスカーとゼロはエリシャを発った。
川や谷などは、大陸北部では転移魔方陣が敷かれており、安全なところまで一瞬で飛ぶ事が出来る。故に、ノースグランド王城までは夕刻までには着くだろう。
念のため、ノースグランド国王にはアインが早馬を送っていた。
『貴国との和平の件で確認したき事有り。領主オスカーが面会に伺う旨、報告せし。』
こういった手回しの早さも、アインの気配りの賜物である。
道中。
「なぜ、ゼロは白騎士団に入らないんだ?」
不意に、オスカーがゼロに問う。
「姉貴と同じ事を聞くんだな。」
騎士は皆、そうなのかと呆れ顔でゼロが言う。
「いや、雑談を交わす度に君の事が話に上がるものでな。戦況を読む眼、一瞬で間合いを詰める瞬発力は、私でも敵わない……とアインがいっていたぞ?」
あれも弟馬鹿だからな……と付け加え、笑って言うオスカー。
「俺、魔力ねーから。」
「剣技は飛び抜けているだろう?白騎士団員を相手に、手厳しい訓練をしているらしいじゃないか。」
オスカーの口調に悪意はない。彼が含ませるのは、あくまで興味。
「でも、俺は姉貴と同じ騎士団には入らねーよ。」
頑なに、姉に問われたときと同じように、ゼロは言う。
「どうしてそこまで姉と共に戦うのを嫌がる?あの華将軍と並んで戦えるんだぞ?」
領主、将軍の推薦など、一般市民には夢のような出来事である。しかし、ゼロは淡々と答える。
「……だからだよ。」
オスカーは、納得いかない様子で質問を続ける。
「……どういうことだ?」
「姉貴の……弱点になりたくねーんだよ、俺は。姉貴は、俺が危なくなったら、絶対自分を犠牲にする。……俺には、それが耐えられねーんだ。」
ゼロは、苦虫を噛み潰すような顔で、理由を話す。
足手まとい。
この言葉を発したとき、悔しさで顔が紅潮した。
俺は、まだ守られている存在だ。
そう思っているからこそ、騎士団入りを頑なに拒んできたのだ。
「アインの事が、本当に好きなんだな。」
優しい笑みを向けるオスカー。
「別に。俺の前で姉貴が死ぬのを見たくねーだけだ」
「素直じゃないねぇ……」
オスカーが、ガシッ、とゼロと肩を組む。
「大丈夫だ。君はきっと、強くなる。今よりもずっとな。」
―――――――――――――――
「おいおい…………」
夕刻。
ノースグランド王国に到着したオスカーとゼロ。
眼前の光景は、まるで想像していないものであった。
崩れた王城。
焼け焦げた民家。
横たわる
人
ヒト
ひと。
一目で、ノースグランドは陥落したのだと分かった。
「援軍要請、無かったぞ……」
オスカーが、青ざめた顔で言う。
周囲を見回す。
兵士だけではない。一般市民、女子供、老若男女問わず、全て斬り捨てられていた。
「誰も……ここから出られなかったんだ……」
ギリ、と噛み締めた歯が音を立てる。
誰一人、生き残ったものは居ないのだろう。
半日で着ける隣国への要請すら、出来なかったのだから。
「何者だ……よくもこんな惨いことを……」
温厚なオスカーの手が、怒りに震える。
逆に、ゼロは怒りこそ感じていたが、冷静に周囲を見ていた。
「オスカー様……これ、早く戻って姉貴に伝えたほうが良くねぇか?ノースグランドがやられたとあっちゃ、今度は間違いなくエリシャだろ。」
オスカーもそれは懸念していた。そして、
「そうだな。早々に軍備を整え、来るべき襲撃に備えなければならないな。」
王城に入る。
謁見の間では、無惨にも斬り捨てられた王と、王族が倒れていた。
ゼロは、亡骸を寄り添うように並べると、
「家族、仲良く逝けよ……」
と、手を合わせ祈った。
城門で、
「ゼロ、君のほうが足が早い。全力でエリシャに戻り、アインにこの事を伝えるんだ。私は……」
そこまで言うと、振り返るオスカー。その眼前、王城からは、まるで溢れるようにアンデット兵がわき出ていた。
「こいつらを浄化させてから行く。」
ゼロは、一歩進んだオスカーに並んで言う。
「だったら!ふたりで片付けてから……」
そんなゼロを片手で制するオスカー。
「足手まといだから言ってるんじゃない。これが最善の作戦だよ。ゼロ、お前は……」
ぐっ……と制した手に力を込め、ゼロを後方へ押しやる。
「お前は、守るために走るんだ。」
その言葉を聞いた瞬間、ゼロは弾丸のように跳び、走った。
「エリシャを、頼んだぞ、若き姉弟よ……」
うっすらと笑うと、『エリシャの盾』は、遥か後方の我が国を守るため、剣を握る手に力を込めた。
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