脱走
説教を終えて大聖堂から自分の部屋に戻った私は、部屋のドアを閉じると同時に深く息を吐き出しました。
聖女になってからずっとやっているこのお仕事ですが、私はあまり得意じゃありません。
それに私は元々人前に立って話をするようなタイプでもないのです。
今でも緊張します。
まぁ説教は人と会話するのと違い、一方的に話すだけなので慣れればなんとかなるものです。
逆に言えば説教ならできるけど、人と会話するのは苦手ということなのですが、これは今後大きな課題となりそうです。
教会の人たちとは流石に付き合いが長いので普通に話せますが、外の世界に出て知らない人たちと会話する能力が私にあるのかは甚だ疑問です。
これから私はメェヨクナールを探す旅に出ます。
しかもそれは制限時間がある旅です。
養成所に入れるのは満二十五歳以下、という条件があるからです。
大変な旅になることは想像に難くありませんが、その中でも一番不安なのはたくさんの人と関わることになるであろうことです。
私は人付き合いが苦手なのでとても心配です。
しかし弱音を吐くわけにもいきません。
できるって思わないと、できることもできません。
頑張ります。
「帰ってきて早々にボーっとしてどうしたの?」
私は部屋の真ん中に突っ立って沈み込むように集中して考え事をしていたので、足元に近づいてきていたバウワウに気がつきませんでした。
「うわぁ!」
と声を上げて尻餅をついてしまいました。
「おぉ。本当にどうしたの。そんなにびっくりした?」
バウワウは小首を傾げながら私の顔を見上げてきました。
「い、いや大丈夫。……あれ、立てない」
私は床に手をついて立ち上がろうとしましたが、なぜか足元が安定せず、生まれたての小鹿のようによろよろして立てませんでした。
「足、震えてるね。何かあったの?」
バウワウは私の足に軽く猫パンチを繰り出しました。
確かに私の足は無意識にプルプルと震えています。
私は気づきました。
私は今緊張していて、興奮していて、動揺していて、不安で、とにかく色々な感情が頭の中をひっちゃかめっちゃかにしているのです。
私は今日、初めて人に自分の夢を打ち明けました。
(バウワウは人ではないので含めません)
そして急に夢に向かって行動することが現実味を帯びました。
これまでの日常を飛び出して、非日常に一歩踏み出すことを決意しました。
怖くないわけがないのです。
しかし、もう動き出してしまいました。
後に引くわけにはいきません。
それは私のプライドが許さないからです。
やってやります。
まずは、この教会から逃げ出します。
私はバウワウに夢を追う決意をしたことを伝えました。
バウワウは短くため息をつくと、
「まぁ別にやりたいようにやればいいんじゃない? どこだろうと僕はアルマについていくだけだよ」
と、ぶっきらぼうに言いました。
「ありがとう! それじゃ、今夜脱走するよ」
「りょーかい。時間になったら起こして」
緊張感のない奴です。
呑気に昼寝を始めてしまいました。
私は窓の外に目をやりました。
今晩は晴れるでしょうか。
晴れたらいいなと思います。
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