隙間の出来事・9
「
ふと湧いた疑問が口からこぼれる。それに、自分の任務に付き合ってくれていたチャットで知り合った人……
目の前の敵対者を割り当てられた鈍器で殴り倒して、
クラースィアの足元に三人、マグノリアの足元に一人の合計四人を張り倒す任務だったから、これで終わりだ。それがわかっているクラースィアが、まだまだこの世界になれることのないマグノリアの手を引いて近場の木陰に並んで座らせてくれた。
「で、なんだっけ?」
「あの、藤さんの推しキャラがよくわからなくて……」
マグノリアの言葉に、クラースィアがああ、と思い至ったのか苦笑をこぼす。……苦笑するような内容なのだろうか?
「あれでしょ、メルクリに旅行に行きますっていう開始前の記事の事でしょ?」
「はい。お父さんに聞いてみたんですけど、「
本当に、それはほんの少しの出来心だった。
さらに、マグノリアがよく視聴しているライバーまでもがこの御伽噺戦争・VRを始めてしまい、プロチームまでできていることを聞いて、少しは知識を入れるべきかと感じたところに、父親が昔よくプレイしていたゲームだと聞いてしまった。
父親は御伽噺戦争のシリーズをすべてプレイしているわけではなかったが、それでもマグノリアにある限りの知識を与え、深みのある物語に感動するよと教えてくれた。
それから、御伽噺戦争・VRを調べ、「グリューシナのVR旅行記」というブログにたどり着いた。すでに数回の記事が投稿されていたブログの記事に目を通し、掲載された写真にほぅっと感嘆が漏れた。
マグノリアはVRに興味がなかった。少なからず、フルダイブ式のVR自体はおぞましい技術なのではないかと怯えがあった。だが、その感情を吹き飛ばすほどに、この御伽噺戦争・VRの景色の写真はマグノリアの心を突き出した。
この世界に触れたい、この世界におぼれたい。そんな風に心がざわついて、不定期に更新されるブログを必死に追って、一枚一枚掲載された写真を見つめ続けた。
その中で、本人から紹介されたチャットルームに参加したのは、若干の出来心だった。だが、そこで暖かく迎えられたこともあって、うっかりとこのゲームを始めてしまったのだが。
実際に御伽噺戦争・VRの世界に降り立ってから、感動しないことはどこにもなかった。人々とのふれあいは現実とほとんど変わりなかったし、ゲームをやっているというより、ちょっとファンタジーな世界に旅行に来たという感覚の方が強かった。
そうして世界に触れてから気になったのは、あのブログの主の推しキャラはどんなに魅力的な女性なんだろうということだった。
しかし、ブログに記載されていたキーワードで検索をかけてもうまくキャラクターが引っかからない。父親に尋ねれば、キーワードはすべて別のキャラを示すから、あてはまる一人はいないという。
それを知ってから、ずっとブログの主の推しているというキャラは誰なのだろうと不思議に思う日々が続いていた。
「なるほどねぇ」
マグノリアのとつとつとした話を聞いていたクラースィアは、相変わらず苦笑をたたえたまま一つ頷き、ポンと一つのスクリーンショットを表示させてからマグノリアの前にそれを滑らせた。
表示されたスクリーンショットを見て、マグノリアはああ、なるほど。と納得した。
そこに表示されていたのは、グリューシナと思わしき青年と、青年の腕に捕まっているかわいらしい少女の姿。それは、御伽噺戦争でさらし首のスチルを見せつけられた、最初の被害者の少女だ。
この一枚を見れば、大体の人間はわかるだろう。なんて優しい目で少女を見ているのか。欲の色のない、けれどいとしさにあふれた目は、どう見たって彼女が好きなのだとはっきりわかってしまう。
「あの、これ保存してもいいですか?」
「……いいけど……そんなに欲しい?」
「はい。
「納得~」
クラースィアから見せられたスクリーンショットを自身の端末にも保存していると、クラースィアはマグノリアにこんなことを続けた。
「もし、
「あんずさんですか?」
「そそ。あんずと藤さん、VRよりも前からあの娘に関する考察掲示板でずっとあの娘を救うにはどうすればよかったのかって話し合ってたらしいから」
ほへぇ。明後日一度ワルキュレアでアルメニアコンに会う予定が入っていたマグノリアは、早々に自分の予定表に「ユリヤルージェ勉強会をやってもらう」と脳内で書きつけた。
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