隙間の出来事2

 困ったものですね。そうつぶやいたのは、トップファイブと呼ばれる諸国連合を除いた五大国家に所属する各国のナンバーワンギルドを率いるギルドマスターの一人だった。

 彼女はふぅと一つため息をつくと、集合した面々をそっと見やる。GvGでもそれ以外でも、よく見る顔ばかりだ。

「グリューシナさんの行っていることは、別に運営に禁止されたことではありませんから、我々が彼に苦情を入れるのは間違っていると思いますよ」

「確かにその通りだが、我々は彼をこの世界からできる限り早急に立ち去ってもらうよう求めるべきだと思う」

 彼女の言葉に反論したのは、いかつい顔立ちをした男だ。顔によく似合う体格をした男は、しかつめらしい表情で続ける。

「この場ですでに周知となったが、彼が今までほかのゲームで行ってきた所業は、我々のギルド活動に悪い影響をもたらすことが予想される。それは排除すべき事柄ではないか」

「まあ、あたしらもGvやるにはNPCの施設を使ったりするから、NPCを扇動されて使用不可にされるのはちょっとねぇ」

「そも、彼がGvに参加しないというのは今までの経験則からだろう? 彼はそれなりに顔が広いと聞くから、気が変わったら面倒なことにならないか?」

「俺たちでようやくそれなりに足並みそろってまともなGvできるようになったっていうのに、不和はできればやめてほしいなぁ」

 男につられて、ほかの面々も言いたい放題口を開く。それらを一通り静かに聞いていた彼女は、ふっと言葉が途切れた瞬間にパンパンと手をたたいて注目を集めた。

 それまで口々に言いたいように言葉を紡いでいた面々は、その音に彼女を見る。彼女は己に意識が集まったのを確認してから、一つ一つ問題をほぐし始めた。

「まず、よそのゲームはよそのゲームです。御伽噺戦争・VRで規約違反をしていない限り、グリューシナさんをこの世界から追い立てるのはこちらが規約違反でアカウント凍結になります」

「っ、それは……」

「次に、よそのゲームで彼がNPCとPCの対立を扇動したのは、PC側のそれまでの行動がNPCのAIによって違反者として判断された結果です。扇動はしたかもしれませんが、彼は何もないところから火を起こしたのではなく、すでに燃え始めていたところに少し風を起こしただけですよ」

「う~」

「Gvに関しては、グリューシナさんと面識のある当ギルドのメンバーが確認をしております。もともと、グリューシナさんは対人戦をそこまでお好みではないこと、基本的にGvGの時刻にはログインできないことから参加見込みはゼロだそうです。事前準備などの手伝いもお断りとのことでした」

「そ、そうか……」

「最後ですが、我々がトップファイブと呼ばれているのは事実ですが、あくまでのプレイヤー同士での競争です。いつどこのギルドが入れ替わるかわかりません。その時まで、スポーツマンシップに則った競い合いを常設にし、次につなぐのも我々の役目ですよ。不和が起こるのであればその原因を追究し、解消するためにこの会を立ち上げたことをお忘れですか」

「俺が悪かったから理路整然と詰めてくるのやめてぇ」

 つらつらと彼女が言葉を返すほど、それまで言いたい放題だった面々は顔を引きつらせ、俯き、頭を抱えてうずくまる。その様子を見ながら、彼女は内心(もう少し心を強く持ったほうがいいですよ)と助言をしてあげた。口には出さないので届いてないが。

「そもそも、みなさんちゃんとグリューシナさんのブログを見ましたか?」

 彼女の問いかけに、その場にいた誰も言葉を口にすることがない。頷くことすらしないということは、うわさ以外でブログのことを確認していないのだろう。

 こんな状態で排除すべきだなんて、本当にただのやっかみでしかないと気づいているのかいないのか。

「私、グリューシナさんのブログを拝見して、本当にショックでした。ご存じの通り、私はプロゲーマーとしてこのゲームをプレイしておりますが、それ以前に普通のゲーマーです。メインストーリーは全部やってますし、国家任務だっていくつもクリアしました。ですが、こちら……この、第四回の旅行記です。「羽降の水処」なんて知りませんでしたし、その近くにある場所から国家任務が発生することも知りませんでした」

「……は、生きた攻略本とまで言われたあんたがか、バイルシュタイン」

 彼女……ワルキュレアのトップギルドのギルドマスターであるヒルデガルド・バイルシュタインは、男……レッドキャップのトップギルドのギルドマスター、タナカ タロウは驚いたようにヒルデガルドを見つめた。

 ヒルデガルドはそれに一つ頷いて続ける。

「このゲームは他に類を見ない、数百人規模の対人戦が行えるゲームです。しかし、それと同時に、世界最高峰の技術で構築された、歴史ある世界でもあります。そして、私たちはこの世界を、ほとんど自由に行き来できる。……私たち、この世界を本当に見て回っていたのでしょうか」

 ヒルデガルドの疑問に答える者はいない。それはそうだろう。ヒルデガルドも、自身をずっとこの世界の情報を(開発運営を除き)一番知っている、第一人者だと自負していた。所属国のみならず、他国も含めて自分より情報を持っているものはいないと思っていた。

 だがどうだ。自分よりもずっと後から始めたグリューシナのブログを見て、自分の知らない世界を叩きつけられ、呼吸が止まった感覚を覚えた。

 各国に存在するといわれている「守護結界」の存在や、それが守っている「聖所」の存在は知っていた。だが、それがどこにあるかは知らなかったし、知ろうとも思っていなかった。そこから始まる国家任務なんて、あるとも思っていなかった。

 グリューシナの言動に警戒心を抱く心は、ヒルデガルドにもないわけではない。だが、グリューシナと顔見知りであるメンバーから彼の人となりを聞き、今までの膨大な旅行記を読み込んだ上で、判断した。

「私たちは、もう少し彼を見習って、この世界を知ることを覚えたほうが良いと思いますよ。まあ、次のGvでわかると思いますが」

 耳元からヒルデガルドにしか聞こえないアラームが聞こえる。そろそろギルド会議の時間だ。ゆっくりと立ち上がりながら、ほかのギルド面々をぐるりと見やり、ふっと笑う。

「今週のGv、楽しみになさっていてくださいね」

 ヒルデガルドが退出する間、誰も動くことはない。

 迎えた週末のGvG、Gv会場であったワルキュレア西地区でワルキュレアトップギルド以外のギルドは、見たこともないギルド攻撃で蹂躙され、すべての戦場で敗北することになる。

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