転生少女は大秘境スローライフを目指す ~スキル『もふもふ召喚』はハズレと追放されました。でも実は神獣が全員もふもふしてた件。せっかくなので、神獣の召喚士として愛犬達と異世界を謳歌します~

mafork(真安 一)

第1章:ナイトベルグ領

1-1:もふもふ召喚

 知らない場所だ、と私は思った。

 見上げる天井は白くて、高くて、ところどころに開いた窓から朝の陽が差し込んでいる。荘厳な神殿の奥には、白い石で掘り抜かれた女神像があり、てくてくと進む私達を迎えるように両手を広げていた。

 優しそうな微笑みは、古代ギリシャの彫刻を思わせる。

 そこで、また私の頭に疑問が閃くのだ。


 ――ギリシャ?


 なんのことだろうか。

 私は妹と共に、赤いカーペットを進む。

 1歳年下の妹は、今年で7歳。辺境伯家が子供向けにあつらえたドレスが、彼女の歩みに合わせてレースを揺らしている。

 ちょっと上気した頬に、自信にきらめく目。ふわふわの金髪は『今の』お母様譲りだ。念入りにすかれた上に宝石付きのティアラに飾られ、とってもゴージャスである。

 一方私は、前のお母さん、ざっくりいうと前妻から受け継いださらさらな黒髪を、肩の高さで切りそろえただけ。

 ドレスも髪飾りも妹の方がずっとずっと豪華である。おそらく私のは、令嬢向けお徳用装身具詰め合わせセット的なもので賄われたに違いない。


 そんな差がある姉妹だけど、今まさに人生を決める儀式に仲良く並んで向かっている。

 私達が女神像の前まで進み出ると、横から杖を持った神官が現れた。


「ようこそ、これからスキルの選定を受ける神の子らよ」


 神官が手で合図をすると、青いオーブの載った台座が運ばれてくる。


「これに1人ずつ手をかざしなさい。さすれば、神様からの贈り物スキルがなんであるか、私が検めてあげよう」


 目をパチパチしている間に、意識がはっきりしていく。

 キョロキョロすると妹の大きな瞳とばっちり目が合った。


「平気ですか、アリーシャお姉さま?」


 あ、と思考にさらなる蹴りが入る。

 そうだ、私の名前はアリーシャだ。小山湊なんて名前ではなく――。

 自分の両手を眺める。

 ケアを怠りがちで荒れたアラサーの手ではなく、お子様の小さな手だ。

 私はもう一度辺りを観察する。

 カーペットが敷かれた道の左右には、礼服を着た大人達。お父様とお母様、そして集められた親戚の貴族らは、不安そうな目、あるいは期待に満ちた目で、私達の『選定』を見つめていた。

 これは王国の子供達が10歳までに行う『スキル選定の儀式』。

 ひくっと頬を引きつらせて、私は妹へ呼びかける。


「と、トリシャ」

「はい?」

「私、アリーシャ・ナイトベルグ辺境伯令嬢――」


 1つ年下の妹、トリシャはますます顔をしかめた。


「変なお姉さま。またぼうっとして、お母様の機嫌を損ねないでくださいね」


 妹につんと促され、オーブの前に立つ。

 向かって右側にお母様とお父様、左側には親戚筋の偉そうな方々がずらりと並んでいた。

 ううっと後ずさりそうになる。

 誰も彼も目をらんらんと光らせて、このイベントが超大事であると告げていた。

 それもそのはず。魔法あり神様あり貴族ありのこの世界では、『スキル』の良し悪しはそのまま神様に愛されているかどうかを示す。

 ああ、前妻が遺した邪魔っ子でも、いやだからこそ、ちょっとはマシな『スキル』を見せろってことですね?


「と、というか……」


 私はごく自然に、『この世界』という言葉を使っていた。

 まるで、ここじゃない世界をしっているみたいに。


「さぁ、どうぞ。ナイトベルグ辺境伯令嬢」


 オーブに手をかざすと、神官が目をむき声が響く。



 ――――


 あなたのスキルは 〈もふもふ召喚〉 です


 ――――



 ……へぇ、もふもふですか。いや、ちょっと待って。

 もふもふ、もふもふ、と噂しあう貴族達。


「まさか、ご令嬢が汚らわしい魔獣を呼び出すスキル……?」

「召喚士? この家は終わりだな」


 ……うん。

 そんな気がしてたよ。


 これ、知ってる。


 異世界転生だ。

 『スキル』を教えてもらった瞬間、私の頭に27歳で過労死した社畜の一生が、ぶわーっと手にとれそうなリアリティと共に流れ込んできた。

 なんで、そんなスキルをもらったのかにも、覚えがある。

 私は転生する前に、神様と思われる存在に、毛並みの――『もふもふ』のすばらしさを力説した。

 いい大学に入るために死ぬほど勉強して、せっかく入った会社でもカレンダーが読めなくなるほどの残業地獄で……。

 小学生の頃にちょっとだけ飼った子犬の思い出は、忘れるには暖かすぎる。


 まぁ、その子犬も勉強の邪魔と取り上げられてしまったのだが。親戚の家に送られ、そこでは優しく世話をしてもらえたのが救いだけど、難しい病気で死んでしまい二度と会うことはできなかった。

 以降の私は勉強漬け、仕事漬け。それでもいつか暇ができたら、絶対に『もふもふを抱きたい』と思い続ける。

 最初の子は悲しかったけれど、だからこそ家のない子を迎えたくて、保護犬や里子のサイトを巡回し計画を立てた。

 スキル内容は、そんな風に――『来世では是非もふもふ』と願ったせい?


「あ、アリーシャ・ナイトベルグ辺境伯令嬢……」


 神官は口元をひくつかせる。


「あなたのスキルは、もふも……えー、『召喚』で……」


 もふもふを略すな。なかったことにするな。


「もうよい! もふもふだと!? ふざけておるのか!」


 赤っ恥となったお父様が神官さんに詰め寄る。


「わ、私に言われてましても……!?」

「あの隣国にいる薄汚い、獣飼いどものスキルではないかぁ!」


 キッと視線が私に。

 そうそう、『召喚』って魔獣を呼び出す魔法のことなのだけど、この国では魔獣そのものが嫌われている。隣国ではそうでもないのだけど――神様、これ、転生先を間違えてません?


「何か使ってみろ!」

「え!? しょ、承知しましたっ」


 自信をかき集めびっとサムズアップすると、突然様子が変わった私にお父様が戸惑っていた。

 これがブラック企業勤めの適応力。

 スキルを使おうとすると、口が勝手に言葉を紡ぐ。


「魔獣よ! 境界さかいを越え、我の下へ!」


 す、すごい。慣れ親しんだ歌なら、イントロで歌詞が浮かぶ感じ。

 難しい詠唱なのに、すんなりと言える。

 真っ白い光が頭上に生まれ、何かが床に降り立つ。


「わん!」


 青い毛並みの子犬だった。

 私の周りをくるくる回って、毛ですべすべした背中をすりつけてくる。


「か、かわいい……!」


 震える声と腕で抱き上げる。

 もふもふ、ふわふわの毛並みだ……! お日様みたいな香りもして、抱けば抱くほど、きゅんきゅんした幸せが胸から溢れてくる。


「もふもふだぁ……」


 へなへなと地面に腰をつけて、子犬をなでる。首元の毛なんて、もうもふもふのふわふわで、ぽかぽかした温かさで指が幸せになっていく。これ、お日様の匂いがするよ……!

 つぶらな瞳は、冬の夜空みたいに深い黒。

 おまけにこの子は昔私が飼っていた子犬『クウ』にそっくりなのだ。


「幸せぇぇぇ――はっ!」


 空気はもはや、回復不能なまでに冷えている。熱そうなのは、お父様の真っ赤な顔くらい。


「み、みなまで言うな……なんてね……ハハ」


 その日、令嬢アリーシャとしての人生は終わった。

 なお、妹は『王の中の王ロード・オブ・ロード』というスキルだった。なので妹と比較され、馬鹿にされるおまけもついてきた。

 前世でも今世でも、家族には縁がないらしい。

 ていうか、追放コースでしょこれ。


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