第35話 「き裂」を満喫しようと...思います?


 アバウトの形相は誰も寄せ付けないほど鋭くなっていた。


 魔王先輩はずっと魔力全開であった。

 試験でリリィから浴びた量をはるかに上回る魔力がアバウトを包み込み、再びあれを目覚めさせたのだ。


 魔王先輩が最高硬度のバリアで全員を守っていなかったら、間違いなく犠牲者が出ていただろう。アバウトを中心として瞬時に広がった衝撃波は、轟音と共に周りの木々を消していった。


「あ、びー?」

 エレナは何が起きたのか理解ができず、タゼルとルベルは恐怖で固まっている。


「これは誤算であった。ひとまずは生きて帰ること———」


 言い終わらないうちに、魔王先輩の急所を魔力の塊が貫いた。


「そん、な...」

 魔王先輩をも圧倒する格別の強者を前に、エレナの四肢はピクリとも動かない。ましてやその相手がアバウトであるなんて、信じられるはずもなかった。


 そして彼は、視線をエレナへと移した。

 その瞬間に、3人を守っていたバリアは消し飛ばされた。それでもエレナはアバウトを信じ、その名を呼ぼうとする。しかし、「あ、あ...」と発した声は目の前で消えてしまった。


 死の直前には、物事がゆっくり見えるという。

 その時エレナは、見えるはずのないアバウトの動きを、しっかりと目で追うことができた。


 エレナは覚悟を決めた。

「アビー...ううん、アバウト。今までありがと...」



 しかしそうつぶやいた彼女に、アバウトの手が触れることはなかった。

 異次元の魔力量を宿すアバウトのこぶしを、片手でキャッチした人物がいたからだ。


「アバウト様。なんですかその姿は。お恥ずかし」


 最強メイド、フォロである。フォロは左手で掴んでいるアバウトの手をひねり、右手でみぞおちに強めのグーパンを入れた。彼女の表情は、少しだけ怒っているように見える。


 フォロのグーパンでアバウトは大きなダメージを受けた。その威力は人間であれば跡形もなくなるほどであるが、かつての魔王が宿ったアバウトのその身体は形を保っている。

 アバウトは反撃をしようとするが、次のフォロの一撃で完全にノックアウトした。




「アバウト様。どちらか選択してください。頑張って自力で元のアバウト様に戻るか、ここで中にいる魔王と一緒にくたばるか」


 木にアバウトを押さえつける最強メイド。彼女の目は、それはそれは恐ろしかった。

 1秒以内に答えなければ強制的に天国行きになるほどに。



 そして10秒経った。

 ようやくアバウトの目は元に戻り、オーラも薄まっていった。


「お帰りなさいませ、ご主人様」

「う...フォロ!?あれ、ここは...」

「自分で思い出してください」

「あ、はい。スミマセン...」


 アバウトは周りを見渡す。

 視界にはタゼルとルベル、倒れている魔王先輩、そしてエレナがいた。

「あ、エレ...」


 アバウトは直感的にわかった。



 彼女は自分を拒否している。


「お、オレなんだ、エレナ。魔王なんかじゃな———」

「こっちに来ないで...」


 視線がうまく合わない。彼女はひどく動揺している。


「アバウト様。私は重要なことを知らせに参りました」

「...なに?」

 そしてフォロは表情を変えず、こう言った。


「スタン様がご危篤です」






本作の重要なストーリーの1つだったので、本日2話の投稿です!

アバウトとエレナの関係はどうなってしまうのか...

スタン爺は果たして...

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