第6話 「守護の庭」を満喫しようと思います


「アバウト兄起きて~」


 朝から元気なミアに身体を揺さぶられ、アバウトはゆっくりと目を覚ました。ノワールに来てから2日目の朝。昨日と同じように、大きな窓から日が差し込んでいる。時計の針は6:30を回ったところを指している。アバウトがこんなに早く起きたのはいつぶりだろうか。

「早くご飯食べて、スタン爺のところ行ぃくぅよぉ!」

「わ、わかったわかった」

 アバウトが目を覚ましてもなお、彼女はアバウトの身体を揺さぶり続けた。


 3階に降りると焼き立てパンのいい香りがしてきた。リビングには2人分のプレートが用意されていた。スクランブルエッグとカリカリベーコン、トーストに色とりどりのサラダまで盛り付けてある。

「これ、ミアちゃんが作ったの?」

「そうだよ。休日は私が朝食担当なの。みんなの分も用意してあるんだよ!」


 とてもしっかりした子だとアバウトは感心した。しかし彼自身も料理は得意で、西洋の家庭料理や魚料理、スイーツだってお手の物。暇で仕方なかった魔王時代の成果物だ。目の前にあるこの鮮やかなプレートを、料理が苦手な最強メイド、フォロにも見せてやりたいぜ...。

 2人はいただきますをして、早めの朝ご飯を食べ始めた。


「スタン爺ってどんな人なの?」

 アバウトは昨日聞けなかった分をこの時間に尋ねてみることにした。


「マジですごい武具職人!『守護の庭』っていう武具屋さんが市場のはずれにあるんだけど、超かっこいい武具が勢ぞろいなの。フィレさんのこと知ってる?」

「あぁ、昨日セレナさんから聞いたけど...」

「姉ちゃん結構適当だからなー。フィレさんっていうのはノワールの守護者様を統括する指揮官でね、フィレさんが使う武器を作ってるのもスタン爺なの」


(なるほど、街を代表する武具屋さんというわけだ。やはりここを訪ねるのが入隊への一番の近道かもしれないな)


「とすると...やっぱり作る武器も平和なんだろうな!なんかこう、ゲームで勝敗を決めようとか、もういっそのことジャンケンでとか、な!あ、でもそれだったら武具つかわないか、はっはっは」

「火薬だよ」

「は...え?」


(全然平和じゃねぇ!さすがに指揮官は武闘派か...)


「アバウト兄も見たらびっくりするよ、すごすぎて」

「そう...なんだ」

「なんでテンションがた落ちなのよ!!...まあ元魔王ならそれもそうだよね。魔力ならだれにも負けねえって感じだもんね」


 確かに魔王の持つ魔力からすれば、火薬なんて敵ではない。だが問題はそこではない。ノワールの守護者はNoWarを目指しているのではなかったのか...


(というかなぜオレが元魔王であることを知っている!?)


 自問したその瞬間、セレナの顔が浮かんだアバウトであった。

(あいつ早速バラしやがった...)

「あのー、元魔王だってことはご内密にしていただけると...」

「わかってるって!私に任せとき」


 朝食を終えた2人はスタン爺が営む武具店『守護の庭』へ向かった。朝8時前とはいえ、市場なのにどの建物もシャッターが下りている。アバウトがミアに尋ねると、休日はどこのお店も開いていないということだった。週に一度の日曜日は家族や友人と団らんするというのがこの街のポリシーだそうだ。


 市場沿いの通りを歩いていると、チャラめな女性の声が聞こえた。

「よっ、ばあちゃん、それ持ってやるよ。ちょっとライン!あんたも手伝いなさい!」

 金髪の彼女に呼ばれた男の人は「へいへい」と返事をし、おばあちゃんは「いつも助かるわ」と感謝の意を述べた。この男女は昨日噴水の周りに集まっていたうちの2人だ。ノワールの守護者たちはこうして街の暮らしを助けるのだと、改めて実感した。

「やっぱり守護者ってかっこいいな」

「アバウト兄は守護者に向いてると思うぞ、だって元魔王なんだからな!」

 ミアのその言葉はアバウトを勇気づけ、背中を押してくれるものだった。



 スタン爺がいるという守護の庭は、市場の1つ先の小さな通りにあった。木造で温かみのある茶色を基調とした色合いをしており、外壁には蔓が絡んでいる。2階の大きな窓は、太陽光を反射してまぶしく輝いている。シャッターは閉められており、ミアはアバウトをつれて裏口へ回った。

「ミアちゃんはここにはよく来るの?」

「うん、タゼルとルベルがいるからね」

 守護の庭でスタン爺と過ごす2人の子供だという。


「スタン爺、いるー?」

 裏にあった入り口からミアと一緒に中を除くと、1人のおじいさんが座って何やら作業をしていた。ミアの声に驚いた様子もなく、こちらを見てこう言った。

「おはよう、ミア。それにアバウト」

「お世話になります、スタンさん!」

 ...あれ?今アバウトって言った?


(なぜ名前を知っている!?)


「はっはっは、驚いたかね?守護庭へようこそ」


 守護庭―!スタン爺は略し方が独特な若々しいおじいさんといった印象だ。

「ねえスタン爺、アバウト兄がノワールの守護者になりたいって言うんだけど、何かいい武具ないかな?」

 ミアが遠慮なくスタン爺に尋ねると、スタン爺は椅子から立ち上がった。そしてアバウトの目の前に来て、超至近距離でじーっと顔を眺めた。

「うーむ、なるほど...」


 スタン爺は驚いたような表情をかすかに浮かべ、力の入った声で言う。

「秘めた膨大な魔力。魔王にも匹敵するものがある...さてはお主、魔王か?」


(バレたー!なんかもうすごい、このおじいちゃん!)


「あの...元魔王です」

 アバウトは正直に言うほかなかった。

「ふぉっふぉー!こんなこともあるんじゃな」

 流石は長く人生を歩んできた大先輩。元魔王をこんなに早く見抜くとは。

「こっちへ来たまえアバウトよ。いいものを見せてやろう」


 スタン爺はそう言って隣の部屋に入っていった。アバウトとミアも後ろから付いていく。

「スタン爺、もしかしてあれ開けるの!?」

「今が潮時じゃろう。なにせこの少年は元魔王なのだから」

「わーい!何が入ってるんだろ...そうだ!タゼルとルベルも呼んでこよ、スタン爺ちょっと待ってて!」

 ミアは自身にとっての歴史的瞬間を彼らに共有すべく、2階にいるであろう2人を起こしに行った。

 スタン爺が立ち止まったのは大きな金庫の前。見るからに古そうなものだ。


「これは...すごいですね」

 中に入っているのがどれだけ異質なものか、一目でわかる。金属のようなものでできた外観をじっくりと眺めていると、すぐにミアは2階から降りてきた。


「2人とも寝てたー」


 なんと平和な世の中だろう。無理やり起こさないあたり、ミアはしっかりした子どもだ。

「スタン爺お待たせ、金庫金庫!」

「まあそう慌てることはない。金庫はどこにも逃げんさ」


 そう言ってスタン爺は古びた金庫の扉を開けた。出てきたのは茶色い円筒状の箱だった。乾燥させた藁のような植物を丁寧に編み込んで作られている。

「ふたを開けてみるかい?アバウト」

と言われたアバウトだったが、私開けてみたい!と隣でミアが言うので譲ってあげた。

「開けるよ、スタン爺、アバウト兄」

 そしてミアはつばをごっくんと飲み込み、ゆっくりとふたを開けた。

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