第77話 辛気逸天(しんきいってん) 2
「どうすればいいのかな」
つけたは良いけど、具体的にどう動いたらいいんだろうか。
「なーに、こうやってステップしてくれればいいのよ」
撫川くんは手本を見せるように動き出す。
「まず上体を振るだろ。頭を左右に振って、動きが止まった瞬間に重心じゃない足を軸足に持ってくる。簡単に言やあスライドして入れ替える。これがスライドステップ」
説明しながらの動きは淀みなく洗練されたものだった。
恐らく何千、何万と繰り返して得たモノだろう。
「ちょっとやってみ」
言われた通りにやってみる。
ササッ……ササッ……
「ど、どうかな」
「お、お……。不格好だけどまあ……形にはなってるからなんでもいいぜ。見ただけで会得されたら立つ瀬ねぇから。オレはサイドの動きが苦手なんだよ。だから横に動いてくれるだけでいいからな」
「こんなんで撫川くんのパンチが避けられるとは思えないけど……」
「まあ上等だぜ。……それ、疲れるからあんま頻発すんなよ」
「うん。撫川くんがプラスになるんだったら頑張るよ」
「へっ、天珍でいいぜ焔。んじゃま、よろしくな!」
拳を前に突き出す天珍。
僕も同じように拳を合わせる。
と同時に天珍は華麗なステップを踏みだす。
まるで格闘ゲームに出てくるキャラクターみたいだ。
「俺は当てるつもりで打たねぇけど、そっちは打ってきていいからな。ま、当たると思うなよ?」
「う、うんわかった」
簡単に、華麗なステップというだけじゃない。
キレと品やかさが複合している。
これはもしかして緩急をつけているのだろうか。
速いと遅いが入り乱れたら捉えにくいのは火を見るよりも明らかだ。
僕も動かないと……。
シュッ……シュッ……
実際に対峙してみると、彼の凄さがわかる。
普通、こんな特殊な動きをしていたら疲れるに決まっている。
息をするようにステップをしてるからきっと体への負担が少ないんだ。
これほど複雑な動きを難なく
僕はと言えば、左右の動きを意識すると上半身のバランスが悪くなる。
かと言ってそちらだけに気を取られると動きが鈍くなる。
やはり一長一短ではいかない境地な――。
シュ
「…………!」
気づけば懐に入り込まれ右脇腹を軽く小突かれた。
痛みは全くなかった。
それは、寸止めというよりは「当たっているぞ」という確認の合図のようなものだった。
「今、何したの……? 動作が全く見えなかったんだけど」
「へへっ。俺の攻撃上昇自バフ、【フレイムシフト】の最中に速度上昇自バフ【ウインドシフト】を使う。するとこれだけの速度が出せることに気づいてな」
「……! つまり«火»バフ持続中に«風»バフを使うと火の様に揺らいで
「まあ……そうか?w 確かに最初の頃は魔法が被ったら【フレイムシフト】が切れちまってたんだがな。切れる瞬間に【ウインドシフト】に乗ると、その瞬間だけ凄まじい速度になることに気づいてな。まぁまた【フレイムシフト】をかけなきゃいけないんだけどな」
「一度かけたバフの効果を自ら消して……その瞬間に最高速を手に入れたってこと……か。凄い発想だね……」
「あんま褒めんなってw ネタがバレたら対策考えられちまいそうだからな。焔だから言ったんだぞ」
「え……そんな大事なこと、僕に言って良かったの?」
「そりゃまあ別にお前とは試合しないだろ。それとも何か? 格闘家目指してオレと一戦交えるってのか?w」
「な、な、何言ってるの! それは死んでもごめんだけど!!」
「ははw まあそんな訳で目一杯、動いてくれや!」
ザシュッ……
ブンッ……
キュッ……
タンッ……
軽快な快音が響く。
それまで単調だった音が響き渡る第2体育館が、いつの間にかリズミカルなメロディを奏でるホールとなった。
天珍が使う【フレイムシフト】と【ウインドシフト】は僕の《瞬炎》に似ている気がする。
《瞬炎》は《アクセルターボ》と違って一瞬、体内の炎を爆発的に燃焼させて推進力に変える。
でもこれはアクティブスキルであってバフじゃない。
そもそもバフを使う、使えるなんて考えた事なかった。
あ、でもマッドドールに使った武器に火を纏わせる《
自分はただの火操作系能力者。
部長の言う炎術師なんて大層な者にはなれないだろう。
それでも、僕の火が自分を強化する自バフとして使えるなら……。
やってみるのもありかもしれない。
構えながら自分の中の火を灯してみた。
ボッ……
火が点いた気がしたが、それによって速度が劇的に変わったかというとそうでもない。
やはり何かが足りない。
必要なのは何か、考えながら動く。
火を点けるだけではなく、その火を燃料にどうするかだ。
僕には撫川くんのように風の自バフが使えるわけでもないし、仮に使えたとしてもそれを真似て高速が得られるとも思えない。
でもヒントにはなった。
今は出来なくてももっと頑張れば出来るかもしれない。
それまでは自分が出来ることをやるだけだ!
《瞬炎》……!
♧撫川side♧
焔のヤツ……案外運動神経いいのか?
授業中じゃそんなに目立つ感じはしなかったんだが。
へー、初めてのスパーでここまで動けるヤツは他に見たことないな。
練習になるわ、コレ。
オレも少し本気出したくなるじゃんか。
シュビッ……サッ……
……なにぃ⁉
クラウチングだぁ⁉
動き自体はなっちゃねぇ。
映像かなんかで観て覚えたであろう、にわか感丸出しのくせに……。
なんなんだ、この速さ……。
まるでオレの【ウインドシフト】みたいな瞬発力。
それでいて火が点きそうな足の運び。
魔法が使えたら絶対、オレと同じ火属性を使うだろうな。
……そういや焔は、魔武本でも走る競技ばかりだった。
でもその中でスタートダッシュを確実に決めていた。
そうそう出来るもんじゃない。
クラウチングスタイルがドハマリするほど焔はファイタータイプか……?
シュッ……
ダッキングまで……⁉
こりゃ驚いた。
何も知らない素人だと思っていた。
確かに魔武本での動きは無魔とは思えないほどだった。
これらを無意識に行えてるとしたら、……やはり
そうか、コイツは下半身の筋肉が異常に発達してるのか。
重心が前足であるクラウチングスタイルに、膝の屈伸を使うダッキング。
動きが捉えにくい……!
「やぁっ!」
しまった……!
パスッ……
腹に一発もらっちまったパンチは……しょぼいな。
一瞬、天性の才能があると勘違いしちまった……。
腰も入ってないし腕だけの素人パンチって感じだ。
大体100kgってとこか……。
焔にボクシングの才能はねぇ!
だが、足の運び……下半身のバネが異常だ。
基本的にすべてのスポーツは体幹も上半身も下半身も全部が必要になってくる。
だがオレはその中で、下半身の力が最も重要だと思っている。
普段の歩行でも使用する下半身の筋肉。
それでいて「歩くこと」と全く違う突出した運動。
喧嘩は両腕がイカれても、両足が無事ならまだやれる。
逃げることだってできるし、一矢報いることもできるかもしれない。
だからこそ、オレも上半身より下半身を重要視してるんだからな。
焔は、これから化ける。
鍛え甲斐がある。
と思ったが……。
ある意味アウトローなオレがそんなこと言っても困らせるだけか。
チョロっと褒めるくらいで止めとくか。
「焔。下半身のバネとんでもねぇな。鍛えりゃもっとやべぇぞ」
「え、え、あ……ありがと……」
……微妙な反応だな。
これでよかったのか?
オレは言葉にするのが苦手なんだよ……。
それに、これ以上何かを言ったところで焔にどうさせたいかなんてないしな。
オレも今は自分のことで精いっぱいだからよ。
今の焔みたいに俺の相手が防御に徹した時、どうすれば最善なのか考える必要があるな。
オレもバカみたいに攻撃特化で考えてたからな。
【フレイムシフト】を攻撃だけじゃなく防御にも使うとかか……?
でもそれには魔力量が足んねえんだよなぁー。
単純な力だけじゃねぇんだよ、強さってのはよぉ。
ま、いずれわかるさ焔。
今は精一杯悩んどけ。
人それぞれ強さの価値観ってもんは違うんだからな。
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