第87話 無情迅速(むじょうじんそく) 1

***





 ここは……どこだろうか。



 あ……親父……、母さん……。

 爺ちゃんも婆ちゃんもいる……。


 母さんの隣に見慣れぬ女の子が座っている。


 だけど皆は笑って食事を摂っている。



 ……温かい。

 ここは温もりを感じることができる場所……。


 一体どこなんだろうか。





***





「おやじ……、かあ……さ……、じ……ちゃ……、ば……ん…………ね………」




「ムーウ、熱だけが下がらんのう。じゃが……怪我の回復は異常じゃな……。肋骨も……この様子なら2,3日経たんでも完治するかのう……。ここに来た時はそこまで顕著ではなかったのじゃが……。結果的にワシがこの子を巻き込んでしもた……。既に運命の歯車は回っておる……。この輪廻、ワシが断ち切るしか……」









 いいにおいがする。


 炊けたご飯、焼けた魚、気持ちがいい音……。

 嗅ぎ慣れたいつものご飯のにおいがそこにあった。



ガバッ……



「……あ、爺ちゃん。おはよう」


「ン⁉ ……アッハッハ! おはよう焔よ。相変わらずお主は凄いのう」



「え……、なんで?」


「治療しとったがずっとうなされてて全く起きんかった。計15時間くらい寝てたぞい。じゃが飯の香で飛び起きるとは……。寝ていても腹は減るからのう!! あれだけの精神攻撃……傷を負いながらしぶといやつめ」



 ……あ、そうか。

 俺はアッシュと戦って……。



「負けたんだね。あんま覚えてないや」


「ワシからしたらアレは引き分けじゃ。(……最後の一撃、さすがのワシでも目を見張るモノがあった。あれ程の力の差を、最後は極限スレスレまで近づけたのじゃからな……)」



「俺が今ここにいるってことは負けたんだよ。……でも、でもね。変なんだ。負けたのになーんか気持ちがスッキリしてて悔しく無いんだ。あの時はあんなに負けたくないって思ったのに。あ、そうは言っても100%悔しくないかって言ったらまた違うんだけどね」



「フム。それも一つの成長じゃよ。……さ、朝飯にするでの。顔洗って歯を磨いてくるがよいぞ」


「わかったー!」


ガバッ


 飛び起きてみた。

 体が軽い。


 何でだろう。

 あれだけ魔法を食らって痛めつけられたのに、羽が生えたように軽い。


 よく寝たからか。









「ねえ爺ちゃん。試合、観てたの?」


「ング……ム、ムウ……。ホントはこっそり観て帰るつもりじゃったが……いても立ってもいられなくての……」


「見られちゃったのかあ。酷い試合だったでしょ。自分の弱さを身に沁みて感じた。だからもっと頑張らないとってね」



「お、お主……。あの一戦で……」


「ん! あ、もうこんな時間!」



ガツガツガツガツ……



いってくるいっへふる!!」



 猛ダッシュで学校の支度をして家を出た。









 魔武本は全員参加だから次の日が振替休日だったけど、MM−1GPは参加者だけなので次の日は普通に学校だった。


 下手したら入院してたかもしれないけどね。


 それよりもアッシュとどんな顔をすればいいのか。

 魔武本の時よりも顔を合わせづらいよなぁ。


 まいっか。

 いじめが激化するかもしれないけどどうにかなるか。









ガラガラ……



 教室の扉を開けると一斉に視線が集まる。



「す、皇! お、おはよう」

「……おはよう。怪我は大丈夫か?」

「お前のおじいさんがまさかケンゴウ様だったとは思わなかったぜー!」

「今度サイン書いてって頼んでくれよ……」



 そうか、爺ちゃんが英雄だったのがバレたのか。


 みんな手の平を返したように接してくる。

 でも結局のところは俺を見てるんじゃなくて、後ろの爺ちゃんを見ているように感じる。


 皇焔としてではなく英雄、ケンゴウの孫として。



 でもこれってアッシュと同じか。

 アッシュの場合はそれ相応の力も威厳もあるから文句ないけどね。

 うーん……何とも言えない感じになったけど、普通に返事をしなければ。



「あ、おはようー。爺ちゃんって言ってもここ数ヶ月前に初めて会ったんだよね。それから家に住まわせてもらってるだけだし」



「……あ、そうなんだ……」

「な、なんでい……アッシュの言った通りじゃないか……?」

「ちょっとこっちもこっちで話違くない……?」

「……ほんとに孫なのかすら怪しくなってきたぜ」



「あ、俺の爺ちゃんであることは間違いないんだけどね」



「…………。そ、そうか。わ、わかった」

「う、うん。それじゃあね……」

「……正直わからん」



 みんな勝手に解釈してるのか。

 まあ想像に任せるしかない。

 間違えていようがいまいが俺に直接関係ない。


 ……でも考えてみると変だな。

 なんでアッシュは、俺が爺ちゃんの家に間借りしてることを知ってたんだ?



ガラッ



「はーい、おっはよー! じゃあ号令かけてー」



シン……



「……え、あれ……? アシュ……いねえ!! ……オレ? だよな……。えー……起立、礼……着席」



 その日の日直が代わりに挨拶をした。

 アッシュは来てないのか。

 何でだろ。



 ……あ!

 それよりも周りに大勢いたせいで凍上さんと如月さんに話が出来なかった!!



「はーい、それじゃあ今日の予定ね。えー、今日はー……抜き打ちスポーツテストになりましたー!w」



「えーーー!!」

「ちょ、ちょっとマジですかーっ!」

「スポーツテストに抜き打ちってあるんか!」



 ホッ……。



 異世界ここでも一応、その感覚はおかしいって認識はあるのか。

 なぜか安心してしまった自分がいた。



「ハイハイ、これも学長の考えなので文句を言わないでー。入学後にやった適性検査じゃないから気軽にやっちゃっていいからね! 1時間目からすぐやるみたい! さっ、グラウンドに集合ーぅ!」



 ほんと、学長ってば自由な人だな。


 遠目に凍上さんを見ると目が合った。


 あ、後で話せないかな……?



 あ、頷いてくれた。









「ダルいな……。マジでスポーツテストかよ……」

「あっつー……。炎天化やべー……」

「今日の炎天化指数は97.3だったよ」

「うは……じゃあCFクーリングフィールドはそんなに効かないじゃん……」

「激アツじゃ……」



 みんな暑さに弱いのか、既にバテているように見える。



 確かに炎天化の影響は、一般家庭の生活を脅かしている。


 電気代、水道代などの光熱費値上げに伴う金銭面での逼迫ひっぱく

 海面上昇により、海岸侵食、沿岸災害、沿岸湿地喪失などによる生態系への被害。

 気候変動、異常気象、害虫増加、疫病蔓延、食糧不足。

 これ以上の被害が予想されている。


 科学では解決できない問題も、異世界ここでは魔法で多少はおぎなえている。


 本来ならば炎天化の中心に近いこの地域は40℃以上の気温になるが、CFのお陰で10℃近くも下がっている。


 魔法はホント……偉大だ。 




「はーい、それじゃあ……。あ、アッシュくんが来ましたね」



 アッシュ……遅刻しただけだったのか。



「お、遅れてしまった」



「生徒会役員足る者、遅刻は良くないですねー。まあでも間に合ってよかった。あとで書類は書いておくように。それじゃあ始めていきましょう。測定する順番はー、ハンドボール投げ、ロングキック、ストラックアウト、反復横飛びなどなど。他にも球速測定、反射速度測定なんかもあるからねー」



 遅刻とか珍しいけどどうしたんだろう。

 まあいいか。




「出席番号1番、アッシュ=モルゲンシュテルンです」



「またこの時期かあ……」

「はぁ。中学でもスポーツテストとか超嫌いだったわ」

「どーせアッシュとか凍上あたりとかがトップだろ?」

「俺らからしたらどうでもいいけどな」




ビュン……




「ん? あ、あれ……?」

「ま、まあすげーけど……それほどでもないな……」

「アッシュのヤツ、どうしたんだ……? 手加減でもしてるんか?」

MM−1マブワンで疲れたとか……? そりゃねーかハハハ!」



 なんだろ、調子悪いのかな。





♠アッシュside♠





 スポーツテスト中だが俺はあの時を思い返していた。

 MM−1決勝、ラスト、無魔への一撃……。


 あの時の俺は……マジに殺す気でヤッた。

 全エネルギー、ヤツの腹にブチ込んで六腑ろっぷえぐり出すつもりだった。



 それなのにあの野郎は……。

 平気な顔でしれっといやがった。

 俺でさえ、魔法の連続使用で体にガタがきていたというのに……。


 そのせいか……次の満月まで使えないとはいえ、七光は活性化すらしないのは……。

 どうなっていやがる……。




「……アッシュ様、なんか儚げじゃない?」

「これはこれでステキ……」

「お遊びは嗜む程度……なのかしら」

「キャッキャッ……」



 あの……野郎……。


 もう手段を選ぶかよ。





♠皇side♠





「出席番号13番、皇焔」



「かー、145mとか……。やっぱやるなあ鮫島」

「手を抜いたアッシュは置いといて……どうしたってソフトボール投げは魔球部の遠投えんどうと鮫島だよ」

「2人とも100m超えてるけどよ。魔球部ならそれくらい当たり前なんじゃん?」

「おま……。魔法込みの平均知らんの? 確か80とか90mそこいらだったぜ?」

「平均以上は欲しいよな……。せめてそれくらいいけば……」




ブン……


 あ、すっぽ抜けた。




「皇焔、1投目……。89……m……!!」



「イイイ⁉⁈」

「ええ⁉」

「ぇ? 嘘だろ? ……俺負けてんだけど……」



 うーん、軽く握りすぎた。

 歯痒いからこっそりちからを使ってみるか?


 もちろん、裸にならないように体内での加速にとどめるつもりだけど。


 どーせみんな魔法使ってるんだし。

 バレない程度でも少しはちゃんとした記録が出るかな。




「2投目いきます」




 俺は投げる瞬間、肩・足・腰・腕・指の全てを火で加速させた。




ゴオゥ……




「!!?!!?」

「!?!??!」




「す……皇焔……2投目……場外……計測不能……」



 え、測れなかった?

 超えない様に投げないといけなかったのか……それを先に言ってほしかった。


 そう言えば手打ち野球という競技にも「ホームランはアウト」というルールがあったからな……。



「あ……あのよぉ……。有り得ないことが起こると、どうしても認めたくないもんだけどよ……」

「……アレはきっと選んだボールにの永続魔法がかかってただけだろ?」

「おいこら! 何やってるんだ! ダメじゃないか。ちゃんと付加効果は全部消しとけって言っただろ! 全く……」

「え……用意したの俺だけど……全部、野球部から借りた球だから付与なんてされてないはずなんだけど……なぜ……?」



 結局、記録は1回目の89mだった。









「次はロングキックです。サッカーボールを蹴って遠くに飛ばしてください。順番にどうぞ」




 生徒達は次々と蹴っていく。


 本来、肩や腕の力よりも格段に脚力の方が強いはず……だが。

 みんな脚の使い方を間違えていて然程さほど、投げる時と変わらない。




「これ苦手なんだよな……」

「ああ、わかる。経験者じゃないと不利だよな……」

「脚力は魔力と関係ないからだろ? 足から魔法は出さねーし」

「だよな。さすがのアッシュも平均よりちょっと上って感じだぜ」




 アッシュの記録は65m。




 別に対抗意識をモロに出した訳じゃない。

 ただ、一つくらいアッシュに勝ってもいいんじゃないかと思っただけだ。

 自分が得意だと思っていた球を蹴ることでも。




「次、皇焔」




 サッカーを始めたのは小学2年。

 ボールは自分の映し鏡のような存在だった。

 コントロールの精度は調子に左右される。

 調子がいい時は、自分が思い描いたコースの軌道を描く。


 サッカーが嫌いになりかけた中学の時……。

 ボールは言うことを聞かなくなった。


 蹴れば一応前に飛ぶ……という程度のモノへ。

 最後は触れたくもないモノへと変わってしまった。



 そんなことを考えていたら体育教師に背中を叩かれた。



「皇、自信なくてもいいぞ。適当でいいから思いっきり蹴ってみろ」



 ……自信がない?

 何を言ってるんだ。

 俺の何を知ってて言ってんだ?


 何千、何万、それ以上に触れてきた謂わば体の一部だったモノ。

 自信がないわけがない。


 俺は少し腹が立った。



 あの時は自由に蹴ることが出来なかったせいだ。

 見てみろ、ボールこいつはこんなにも俺の蹴りに応えて……飛んでいく……!!




ザッ……ドッ!!!



トーン……トーン……トン……トントン……




「……!!!」

「っっっ!!!」

「う、うそだろ……」




「き、記録……92m……」




「こ、今度は何をやらかしたスポーツ委員! また付加効果を外し忘れたのか!」

「ボ、ボールは新品です! それに……強化コーティングだけしかしてません!!」

「実際、有り得ない数値が出てるんだ。オレがチェックする」



 そう言うと体育教師は自分でボールのチェックを始めた。



 次は火の力も入れてみるか。

 全身の加速と熱量を込めて。



「……皇。適当に蹴ってアレだけ飛んだなら、ちゃんと蹴ったら宇宙まで飛ぶか? 最近ロケット打ち上げに失敗したからお前のボールが衛星軌道に乗るといいな。アッハッハ!」



「2蹴目いきます」



 チェックを終えた体育教師を尻目に助走エリアの端まで歩く。


 フレイルボアの時以来か。

 こんなに思い切り蹴ることなんて。


 なんだか楽しい感覚に陥った。

 その時の俺は、確かに笑っていた。




ボッ……バンッ!!!




「ハガガガ……!!!」

「ちょええええ!!!!?」

「ブクブクブクブク……」



 楽しくなかった。


 思い切り蹴ったらボールが割れてしまった。

 ボールは映し鏡……。

 俺の夢はまさに儚く砕け散ったのだ。




「もう勘弁ならん! スポーツ委員! 全員来い!!」




 お説教をされているスポーツ委員たち。

 俺のせいだろうか。


 今まで散々手を抜くように言われ続けたサッカーの試合。

 今度は思い切り蹴ったら蹴ったでボールが破裂する始末。



 あ、でもボールを蹴る時の衝撃による痛みはあまり感じなかったな。

 フレイルボアの時は、衝撃それを気にして巌くんに岩の付与をお願いしたんだもんな。

 痛みが無かったのはボールとの相性もあるのか?


 でもちょっと周りが騒然としたのは薄々気づいた。

 やっぱり目立ちたくはないから火は使わないでおこう。


 結局、この世界でもこうやって自分の力を抑えて過ごさないといけないんだ。

 場所が変わったって何も違いはしない。

 俺は変わらず不運だ。




 その後は流す程度に終わらした。

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