第53話 完全燃勝 (かんぜんねんしょう)後編

 意を決し、彼と戦うことを覚悟した。


 このことを……負けたら記憶を消されることを2人に言うべきなんだろうか。


 ……逆にプレッシャーになるかな?

 でも自分だけの勝負じゃないからな……。

 お昼の時にでも軽く話しておこうか……。


 考えながら歩いて自陣へ戻る。





「選手の皆さんは退場してください! 拍手をお願いします!」



 へー、ちゃんと健闘を称えて拍手させるなんてしっかりしてるなぁ……。


 ……え、退場……?


 終わってる……!!

 一斗缶潰し……、見たかったんだけどな。


「いたいた! おーい、皇くんー! 次! パン食い競争だよ! 早く入場門に集まってー」


 あ、ヤバ……。

 2種目に出場種目があることを忘れてた……。


「あれ、具合でも悪い? 大丈夫?」


「あ、ううん。大丈夫、ありがとう」


 彼は土山風来つちやまかずき

 班員以外のクラスメイトで唯一、僕と普通に接してくれている気がする。

 そういった関係は大事にしていきたい。


 急いで入場門に駆けていく。





 しかし初競技だけど……みんな普通に魔法とか使うんだよな……。

 三人四脚なら火の能力を使っても気づかれにくいと思うけど、個人競技はそうもいかないかな……。

 絶対、気づかれないようにしないと。



「第二種目、パン食い競争! 選手入場です! さー、体育祭らしくなってまいりました。この競技、吊るしてあるパンの高さに注目です! 地上から約5mの高さにパンが吊るしてあります! それを上手に使してください。落としたり食べきっていたら失格です。あくまでしてください!」



 うわ、パンまで5mもあるのか。

 みんなどうやって落とすんだろ……。



「それでは第一走者、スタンバイしてください」



 見ておいたほうがいいよな……。

 実際の運動会とかでも唯一、パン食い競争って謎だったよな……。

 しかも衛生面がどうだとかで今はほとんどやってないし!


「お、皇殿! 同じレースじゃないかー」


 また誰かに話しかけられた。

 どうやってパンを落とすか見たいのに――。


「と、藤堂先輩……! お、お疲れ様です!」


 そこには、忍者なのに普通に体操着を着た藤堂さんがいた。


 ……うーん、シュールだ。

 あ……僕、今変な顔してなかったかな……?


かしこまらなくていいよ。ここではお互い選手なんだからさ」


 相変わらず優しいな。



「それでは第1レース! 位置について、よーい……!」



パン!



「スタートしました! 赤1−4! 速いです! 若干フライング気味でしたがギリギリセーフっ! 続いて水色2−1、灰色3−3! さー、どうやってパンを落とすのか!」



 どうするんだろ。



「灰色3−3! 遠距離から土魔法! 見事、糸を断ち切ったー! 赤1−4、水魔法を放つ! が、パンに当たってしまったー! これは濡れパン! 美味しくなさそうだー! 水色2−1はー……おーっと、身体強化ー! 自らジャンプしてパンを咥えたー! タイミングバッチリだ〜! その後は緑2−4、キャッチ! 黄1−2、キャッチー!」



 なるほど、大体の人が身体強化からのジャンプって感じか。

 5mのジャンプをする無魔はさすがにこの世界にもいないだろう。


「次の次か。よろしく頼むよ皇殿」


 食い入るように見ていたからか、返事を待たずに鼻緒を結び直している。


「はい、お願いします!」


 ……ん、鼻緒……?

 ぞ、草履ぞうり……!!

 そこは忍者!!



「赤1−4! 明らかに美味しくない顔でゴール〜! 1着、灰色3−3。2着、水色2−1。3着、緑2−4」



 藤堂さん以外は全員、知らない人だった。

 まぁそうだよな……。

 あまり関わりないもんな。


 そして自分たちの番となった。



「よし……いくぞ……!」



パン!



「第3レース、今スタートしました! 白1−1、速い! 一番で飛び出した! 紫2−3……一瞬消えたように見えた……? いや、実際いなくなっている⁉ 桃3−1、何故かスタート直後から動かない! もうレースは始まっているが……ってな、なんと魔法発動の準備をしている……⁉」


 藤堂さんが消えた……?

 何かを仕掛けるに違いないけど、最速で走って糸を焼き切る!

 火の力を発動するモーションはないから大丈夫なはず。

 あとはパンを落とさなければ……。


 よし、ここだ!


 右拳を強く握る。


「《バーニングリミッツ》……!」


ボッ



「……ついにスタート位置の桃3−1、魔法発動――!! ……こッ、これは……広範囲のグループバインド⁉ 全員動けなくする気だぞー!!」



 バインドだって……⁉

 ヤバい、今動きを止められたら……!

 パンを落としても失格……、せめてパンは咥えないと……!


ハグッ



「な、なんと白1−1! 自分のレーンにあるパンが勝手に落ちてきた⁉ そしてそれをしっかりキャッチ!」



 よし……、とりあえず咥えられた……!


ボムッ



「今度は煙……ッ⁉ な、なんとー! 消えていた紫2−3! 突如出現して煙幕攻撃だー!! その衝撃でバインドを無効化⁉ しかしどうでしょう。スタートから近い位置にいた何人かにバインドがかかったと思われます!」



 ケホッ……これは藤堂さん……⁉

 いきなりの煙幕が一瞬で辺りを包み込む。

 しかも魔法を無効化したって⁉



 煙で辺りが見えないけどパンはちゃんと咥えているはず。

 このまままっすぐゴールするだけ……!



「紫2−3! 藤堂忍! さすが忍者の末裔、忍術で翻弄してきたー! 断トツトップでゴール! さー、まだまだ煙幕のせいで状況が見えないー! ……おーっと、白1−1! 煙の中からでてきて今……ゴール! 早い時点でパンを咥えられてたのはラッキーでしたね」



 ケホ……ハァハァ……。

 息が出来ない恐怖は、あの時からいまだに払拭ふっしょくできてない。

 ゴール手前で気が動転しそうになったぞ……。



「他の選手はまだ出てこない! 恐らく煙幕のせいでパンの位置がわからず苦労しているのでしょう。バインドにかかった選手が風魔法使いだったのは運が悪かったとしか言いようがない! ちなみに他のレーンのパンや糸への攻撃は禁止されています。3分以内にゴールしないと0pt、見えないからって自分のレーン以外のポールを攻撃すると-10ptで失格になりますのでご注意を!」



 ハァハァ……

 心臓の鼓動がなかなか収まらない……。


「いやー皇殿、見事なスタートダッシュ。それに運良く糸が切れるなんてことは……ね。何かしたんだよね。あ、拙者はそういったことは詮索しないから安心してよ」


 藤堂さんはニコニコしながら拍手で迎えてくれた。


「ハァハァ……いや、むしろ藤堂さんの煙幕に救われました……。多分、バインド食らってたら動けず失格でした……」


「うーん。まさか広範囲のバインドをしようとしてたとはねえ。いやー、拙者の運が良かった」


 ……あのタイミングでバインドを無効化する煙幕を使うなんて……。

 デバフ発動を知らずに出来るものなのか……?


 それに煙幕は«風魔法»の前では無力……。

 手前にいた風使いがバインドにかかるのを確認してから煙幕を……?


 全部計算通りだったのなら……。

 部長が言ってたように藤堂さんはマジで強い。



「3分経ってしまったー! 3着以降リタイア! さすがに-10ptを恐れてかバインドにかかってない選手もその場で待機! ですがこれは良い判断だと思います。無理して減点されてもいいことないですからね。この場合、3着以降の点数は1・2着に割り振られます〜」



ドドドン!


「そ、そうなのか……。なんかありがとうございます。藤堂さんのお陰で点数上がっちゃいました」



「続いて第4レース、位置について――!」



「ハハ、ホントは皇殿もリタイアさせるつもりだったんだけどね」


 …………⁉


「だから褒めてたんだよ」


 ……優しさの中にもやはり忍者の非情さ……というのが入り混じってる。

 そういう世界に身を置く人もいる。

 勝負ってのは本来、こういうものなんだよな。


「おーい! ホッくんすげー! 超貢献じゃーん!」


 あ、如月さん……あんな遠くから……。

 全く……部長といい何でみんな大きな声で呼ぶんだよ……。

 ……恥ずかしいじゃんか……。


「……クラスメイトかい?」


「はい……そうです」


「あ、あれかな。三人四脚のチームの子だね?」


「え、どうしてそれを……」


「フフ、あの1年主席のアッシュ=モルゲンシュテルンと勝負するんだろう? 学校中の噂だよ。部長もギャンブルの胴元になってるし……」


 ま、マジか!

 そんなに話がでかくなってたなんて知らなかった……。


「まあ頑張ってよ。拙者は純粋に皇殿に興味があるからね。部長とは違う意味で」



 ……え、どういうことだろ……。

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