魔武学体育祭(魔武本)当日

第51話 完全燃勝 (かんぜんねんしょう)前編

本番当日




「焔よ。お主の努力、しかと見届けた。そこまでやってダメでも、きっと誰もが認めてくれるじゃろう。気負わず普段通りやれば良い」



「……うん。……まあ行ってくるよ」



 そんなわけはない……と思ったが言葉にしなかった。


 僕は早めに家を出た。









 遠目からでも、学校周辺には半円型のドーム状のバリアが張られているのが見える。


 今日は学校全体にHAMA(=高出力範囲魔法だけを阻害できる状態)が張られているらしい。


 イベントを狙った犯罪などの抑制でもある。

 体育祭とはいっても、ここは魔武学第一高校。

 セキュリティも万全でなくてはね。


 警備会社にも委託し、見回りも強化されているとのことだが。

 テレビや雑誌の取材なんかもくるとかって聞いたな。


 ま、僕にはそんな話、全く関係ないけど。




 ……しかしさすがに緊張する。

 テレビに映ったりするのが緊張するわけではない。

 前世でもこうした学校行事のいい思い出がなかったからだ。



「バトンを渡す直前でわざと転べ」

「変な走り方でゴールしろよ」

「なんでも良いから面白いことをしろ」



 無茶振りのオンパレード。

 できなきゃ拳骨げんこつ、肩パン、ケツバット……。


 そのせいで他の家族からも白い目で見られる。



「まぁ、あの子……わざとやってるのかしら? やる気がないなら出させないでほしいわ」

「なんザマショ! はずかしいザマス!」

「どこの子? 親の顔が見てみたいわ!」



 僕への印象はどんどん悪くなる一方だった。


 両親が亡くなってからだもんな、いじめが激化したのは。

 守られるものもなくなっていじめのターゲットとしては最適だったんだろう。


 そんな状況だったから、今は凄く気持ちが楽なんだ。


 信頼できる仲間がいる。

 強い親族もいる。



 頑張ろう。

 期待を裏切らないためにも。




「押忍、皇。目の下にくまが出来てるがちゃんと寝たのか?」


「あ、おはよう。昨日は寝付きが悪くて全然眠れなかったよ……」


「そんなんで奴に対抗できるのか? まあ、お前のことだ。一矢報いるつもりなんだろう?」


「はは……一応そのつもりで準備はしてきたからね……」


「楽しみにしていよう」



 巌くんも見ているんだ。

 絶対に恥ずかしい負け方なんか出来ないよな。



「あ、それよりも魔法なくて大丈夫なの?」


 確か巌くんはまだ魔法が使えない状態だったはず。


「む……、もう……戻っている」


「あ……、そうだったんだ。よかった……」


「すまんな」



 そう言って巌くんはグラウンドに向かっていった。


 まぁ魔法が使えるならかなり強いし大丈夫か……。



「ホッくん、おはうぃ。お、気合入ってる?」


 如月さんが入れ替わりでやってきた。

 巌くんが立ち去るのを待ってたんだろうか。



「おはよう……。嘘でも気合入れなきゃね……。でも緊張してるのかなんか力が入らない」


「ハハッ……なんてつらしてんのさ。そんなんでホントにやれんのー?」



 ……緊張で震えが止まらない、止められない。



「ま、そんなことだろうと思ったよ。えーと……ほら、これ飲みなよ」


 そう言うと如月さんは小さい魔法瓶を取り出した。


「これは……?」


「栄養ドリンク……通称、闘魂ドリンクだ。半分残ってるから飲んでいいよ」



 え……半分……。


 ってことはつまり……間接キス……。


「部活の大会の日は絶対コレ飲んでた。腹に力が入るから飲みな」


 ……そんなことより、如月さんと間接キス……に考えがいっちゃって焦る僕。

 この子はあまりそういったことは気にならないんだろうか。


 そ、そうだよ……。


 こんな可愛い子、どうせ人並みに恋くらいしたことあると思うし、間接キスくらいでド、ドキドキするなんて子ども扱いされそうだ……。



 ここはドドーンと構えて普通に……。


 よ、よし……やるぞ、間接キス。




 もはや目的は飲むのではなく間接キスになっていたかもしれない。


 僕は目を閉じながら魔法瓶の飲み口に自分の口を重ねた。



チュ……



 頭の中でそんな効果音を立てながらひとくち、口に含んだ瞬間……。


(うっぐ、ゲ、ゲロゲロ……)


 なんだこれは!

 唇が液体に触れた瞬間、痛みが走った気がした。

 もはや、間接キスとかもうどうでもよくなったぞ……!



 苦味と酸味が織りなすハウメニー

 これはイカン、こみ上げる胃酸、誠に遺憾、準備する遺産



 次々とラップ調の拒否反応がみられた。


 今の一口にどれだけの苦味と酸味の濃度が詰まっているのか。

 一口で朝ごはん全てを戻しそうになるが根性で耐える。


 一体何が入っているのかというのはこの際どうでもいい。


 先程からひとくち、口につけただけで動けていない。


 変に思われたくないけど、これをどうしろというんだ……。

 飲み込むしかない……のか……。



「中学時代さ、後輩に飲ませたら『ひとくちで元気出た!』って涙して喜ばれてさ。それ以来、闘魂ドリンクって何故か言われてて……w 大会でも良い成績を残したんだよね、飲んだ子は」



 これ、如月さんが作ったのか!!

 その後輩……不憫すぎる。



「どう? 元気でたでしょ」



 確かに口に含んだだけで、心臓の鼓動は速くなって活性化した気がする……。

 口腔粘膜を通して何らかの成分が体内に侵入したんだろうか。


 けど……ど、どうする?

 吐き出……。


 いや……、その後輩だって頑張って飲んだんだろ……男がやらなくてどうする……ウォエ……。



 よし、いくぞ……。


 3,2,1……



「ゴク……んっプ! うんっ! めちゃっパワーでった! ありがとっ!!」



 自分も結局ひとくちしか飲んでいないが、その後輩同様に涙を流しながら魔法瓶を突き返した。

 そういや、火事の時のポーションもなんかヤバかったもんな……。



「あれ、もういいの? そう……。じゃあハナちゃんにも飲まそ。あ、ちょうどいた! ハナちゃん!」



 タイミング悪く凍上さんがやってきた。



「おはよ! これ、あたしが作った栄養ドリンク! 飲んどいたほうがいいよ!」



 凍上さんは挨拶をしながらこちらを一瞬見た。



「……っ!? あ、えと……私はもう用意してきちゃったから! 今喉乾いてないし! 大丈夫! ごめん! ありがと!」




 あ……僕の心読んだな……。


「あ、そう……。ま、あたしがハナちゃんの分もパワー出すかー!」


 そう言って、残りを軽く飲み干した。



 味覚が変なのか耐性があるのか不思議だ。

 かの有名な緑汁の比じゃなく、遥かに凌ぐ飲みにくさがあったのだが……。



「……フフッ。じゃ、いこっか開会式」


 機嫌が良い如月さんを後目に、凍上さんと目が合う。



「……」



 凍上さんは何も言わなかった。


 がんばろっか。

 そう心の中で思うと、凍上さんは頷いてくれた。









「開会の言葉! 教頭先生、お願いします」



 いつもの教頭が出てきた。


「魔武学第一高校体育祭、開会式を始めます」



「学校長挨拶! 校長先生、お願いします!」




 久々に校長を拝めるな……。


 一応ほら、俺の恩人なわけだから。




ボンッ




 誰もいなかった表彰台に校長が現れる。

 相変わらずそういうスタイルなのか……。



「みなさん、おはようございます。晴れ渡る空の下、今年はいつもより早めの体育祭を予定しました。次第に強くなる暑さ、広がっていく炎天化現象。世界は今、危機に瀕していると言えます。ですが、皆さんの楽しむ権利が奪われていいとは思いません。どの時代であろうとも、どんな状況であろうとも、生徒は楽しみながら学び、遊ぶことが学生の本分であります。もちろん勉強もスポーツも同様に頑張っていることが前提でありますが。このご時世、制限されるものも多いです。それ以上に皆さんが楽しめることが私たち学校側の役目でもあります。今日は最高に盛り上がって楽しんでください! 以上!」



ウワアアアアアーーイ!!

ドンドンドン!!



 す、すごい気合だ……。

 みんなの力の入れようが違うよな。




「あれ、今回も来るんだろ?スカウトとかマスコミとか」

「らしいじゃん。だけどどうせ選抜とか代表くらいにしか関係ないことだろ……」

「ちょっとくらいいいとこ見せれば違うんじゃないか?」

「走り苦手なのに無理だろ! ちくしょー……」

「ま、気にすんなって~」



 周りの生徒も意識している人はいるようだ。



「選手、宣誓! 各クラスの代表は前へ!」



 お……アッシュくん……。


 全部で12人……各学年4クラス……。

 上級生のクラス数も今まで通りってことはクラスの人数自体が少ないんだな……。



「宣誓! 我ら魔武学生徒はスポーツマンシップに則り、全力でぶつかり合うことをここに誓う!」




ウオオオオ!



「ヒガシさん!! カッケーっス!」

「キャー! アッシュ様ー!」

「ギル様ー!」




 黄色い歓声が響き渡る。

 きっとそれぞれのファンなんだろう。


 そしてみな、各々の想いを胸にこの大会に臨んでるんだろうな。

 だけどそれは僕も一緒だ。

 負けないぞ……。




「お、おった。皇はーん! おーい! コッチやコッチ!」



 ……あれ、前の方から僕を呼ぶ声が……。

 ……って、ゲゲ……部長……⁉

 クラスの代表だったのか……。



 その大きな呼びかけに周りの生徒は何事かと僕の方を向く。




 は、恥ずかしい……このタイミングはやめてほしい……。


 部長に軽く会釈をしてコソコソと隠れた。



 ……そういえば藤堂さんは代表じゃないのかな。

 一応、忍者だからこういう時は忍んでるのかな?



「なあ、皇ー。あれ、サカミッチ先輩っしょ? 知り合いなの?」


「さ、サカミッチ……?」


 前列にいた鮫島くんは、コソコソ隠れた僕に話しかけてきた。


「うん、サカミッチ先輩。俺の兄貴が同じクラスでさ。なんか自分からそう呼べって言ってるらしいけど。何繋がりなの?」


「あ、えと……、部活の先輩……」


「あ、そうなのかー。ふーん」



 ……鮫島くんとあまり話したことがなかったが、いきなり話しかけられたせいで緊張した。

 相変わらずまだ馴染めてない証拠。

 実際距離を置かれてるのは間違いないと思うけど……。




「それでは魔武学第一高校、体育祭開催です!」



ウオオオオオ!!!



 ……というのが決まりらしい。


 全生徒の咆哮により、活気が最高潮に高まるのである。

 その雄叫びとともに空が黒く染まる。



 一体何が起こったかと思った瞬間……。



ピュルルル……ドンッ!パンッ!



 派手に花火があがる。



 ……めちゃくちゃキレイじゃないか。

 12種類のカラーが彩られた花火がバンバン上がっている。



「昼間に花火が楽しめるのはこの大会の醍醐味だよな」

「わざわざ空全体に闇魔法をかけてから花火打ち上げてるんだもんな。手ぇ、かけてるよな」



 へー……、そんなことにも魔法は利用できるんだ。

 ただ攻撃したり魔物を倒すだけじゃないってことね。



シュルルル…………ドーン


 最後にでっかい花火が上がると盛大な拍手が巻き起こる。

 確かにこりゃテレビも来るか。



 開会式が終わり、生徒はそれぞれの自陣へ戻っていく。



「最初はなんだっけ……」



 そう言いながら開いたプログラムを……バサッと引っ手繰られる。


 見上げると……。



 体育祭だというのに何故か学ランを来た大柄な男が立っていた。


「え、えと……なにか……?」



 恐る恐る聞いてみた。


「なるほど、お前が例の魔研部1年か……。一つ忠告しておいてやる……」


 ご、ごくり……。

 僕は固唾を飲んだ。

 一体何を言われるんだ……?


「サカちゃんに手を出したら……ブッ飛ばす……」


「え……あ、え……?」


「俺は3年のひがしというものだ。いいか、2年の逆井は俺の女だ。本気で惚れてると思うなら命がけで俺んとこに来い」


 よくよく見ると、この東という人はさっきクラス代表で選ばれた中にいたことに気づく。


 歓声からも「ヒガシさん」という声が聞こえていたのでこの人だろう。


「あ、あの……。部長と……逆井先輩と付き合ってるんですね。大丈夫です、僕はただの部――」


「ち、ちき合って……⁉ ……ま、まぁそんなカンジダ。だからお前はこれからもただの部員として健全に――」


 言いかけた途端、ヒガシ先輩の頭上にのゲートが開く。

 と同時にゲートから手が出てきた。



ゴッ……



「んぐっ!」



 ヒガシ先輩の頭を強く殴ったあと、一旦手を引っ込め、今度は部長が出てきた。



「だーれーがーウチと付きおうとるって? ヒガシぃ」


「サ、サカちゃん……! 聞いてたのか!」


「ええか、ウチの周りでうろちょろしとるとホンマ、ガチで……ドツくで」



 ……なんというメンチ切りにガン飛ばし……。

 ……超怖い。

 あのニコニコしながら変なことを言ってる部長じゃない……。



「ス、スマン、サカちゃん……! で、でも俺は諦めんぜ!!」



 そう言ってヒガシ先輩は逃げ帰っていった。



「あんのタワケが……。ほんにごめんのう皇はん……。あんなゴツいデカブツに絡まれて可哀想やわぁ……。オネーサンがイイコイイコしたろうなぁ」


 そう言って皆の前で頭をナデナデしはじめた。

 凍上さんも見てるかもしれないのに!!


「ぶ、部長! や、やめてください!」


 手を振り払うと少し距離を取った。


「なんやー、遠慮するもんやないで〜」


 ブツブツ言っている部長を余所に、転移魔法の凄さを改めて実感していた。



 あの汎用性……、ゲートを使いこなしている証拠だよな。

 手だけをゲートに入れて攻撃したり、移動手段だったり、食料も保存出来る。


 そりゃ確かに強いはずだよ。

 部長だけは敵に回したくないな……。




 んー、……なんか視線を感じる……。


 向いた先には如月さんと凍上さんがいた。


「ゲ……」


 ほら、こういう時に限って見られちゃうんだよ……。

 僕はホント、いつも間が悪いと言うかなんというか……。



「今のって……部活の先輩……?」



 怪訝けげんそうな顔で如月さんは聞いてきた。



「あ、うん……部長だよ……」



「あそう。随分……可愛がられてたねぇ、皇はーん?」


 ……く、完全にからかわれてるぞ……。


「た、ただの部長だし何にもないし……! それより今日はお願いしますね!」



 なんで突っかかってきたのかはわからないが、これで仲が悪くなっても困るし話題を逸らしたかった。


「うん。ま、ブッちぎるだけってね」


「文華走るだけじゃない。玉入れもある」


「ハナちゃんこそランダム競技で棒引きだったんでしょ? 大丈夫なの?」


「……やるだけ」

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