第45話 一寸光陰(いっすんのこういん)

「……フフ、ハハ! あー……今頃あたしも涙出てきたよ、止まんない……」


「私も腰をぬかしちゃった……。2人とも行っちゃうんだもん。何かあったらどうしよう……って」




 僕たちは先程の河川敷までやってきていた。



「……なんかね、あの時は自分が無魔だとか非力だとか忘れてた。ただ助けたいって思ったからさ……ごめん。みんなを危険な目に合わせちゃって……」


「何言ってんのー。そこがホッくんの良いところだろ? ね、ハナちゃん!」



「……うん。そうだね……」



 2人して笑っている。

 何はともあれ、目の前であの惨状を防げたのはほんとによかったと思う。



「でもホッくん……。服、結構ヤバイけど大丈夫? 多分警察に見つかったら職質されるんじゃん?w」


「げ、あ、ほんとだ……」


「人助けして捕まったら報われなすぎるー!」


 言われて気づくこの鈍感さ。

 長袖は半袖ほどの丈になっており、傷はないが煤がかなりついている。



「それよりもホッくん……さっきのなに? 火を消せるようになったの? 凄いじゃん、め組じゃん」


「開花したんだね。よかった」


「え、開花……? なんで2人して話通じあってんのさ」



 あ、心の声で凍上さんには伝わったってのはわかってたんだけど、それだと矛盾が生じるな……。

 如月さんには言ってないんだし……。



「あ、ごめん。さっき皇くんから少しだけ聞いたんだ。火が消せるようになったのって〖禁呪書〗の力なんでしょ?」


 凍上さんは慌てて辻褄を合わせようとしている。

 僕はそれにのっかる。


「そうそう、そうなんだよ! まだ確証は持てなかったんだけどね。今まで火が消えなくて困ってたくらいだったから」


「あ、〖禁呪書〗のことか。ふうんそうなんだ。でも普通さ、火をつけるのと消すのってセットって感じだからさ。そう考えるとなんか当たり前の気がするよね」



「ま、まあそうだよね……」



 確かに僕の出す火は手元から出せば、つけたり消したりは出来る。


 だけどその火を別の何かに点火した時点で僕の能力は及ばなくなる。

 だから、家の鍋に火をつけたら爺ちゃんが大騒ぎしてたんだ。

 「火が消えない」って……。



「火事とかを消せるならその力で炎天化までなんとか出来るんじゃないかしら。不死山とかメラビーストとか」


 ……あ。


 前にちょろっと考えたけど確かにそうだ。


 それが本当ならこの世界を救うことができるんじゃないか……?


「え、ちょっと……それやばくない? チートじゃん。ホッくん英雄になるじゃん」


「いや、まだ消えるって決まったわけじゃないし……。それを言ったら如月さんだって風の力が凄かったよ!」


「ね。自分でもよくわかんなかったけどだいぶ気持ちよかった。もっかいやってみよ!」


 そう言うと如月さんは目を閉じて魔力を練りだす。


「風よ……」



 先程のように温かい突風が吹き荒れ……!



 ……ない。


 どうしたんだ……?




「あれ……変だなー。ってか待って⁉ MAすら発動できないんだけどなんで⁉」




 ……自分が覚えている魔法を闇雲に唱えているが全くもって変化なし。

 ピアスすら武器化出来ない状態のようだ。



「えー……あれはなんだったの? ……夢? 火事場のボケなんとか?」


「もしかして土壇場でしか力を発揮できない力……とか? わからないけど……」


「そんなぁー……なんだよ〘颯舞はやてまい〙って……名前だけじゃんか……」



 今度は如月さんがヘナヘナとしゃがみこんでしまった。


 そりゃそうだよな。

 魔法が戻ったと思ったら違ったんだもん。



「はやてまい?」


「あー、そう。〖禁呪書〗の表紙に書かれてたんだ。メッチャ漢字の辞書で調べたんだ! でもとんだ肩透かしだよ!」



 それでもあれは紛れもなく、如月さんの力だった。

 あれが10人近い人を救ったようなものだから。



 ……あれ、10人?

 飛び降りたのが6人で……。

 凍上さんはあの時まだ、4人の声がするって言ってたけど……。

 5階に2人、6階に1人……。


 え……まだあの中に1人いた……⁉

 そう思うと背中から嫌な汗がタラリと流れる。



 「もう誰も失わせない!」なんて思いながら、結局全員救えていなかったなんて……。



 力尽きて草むらにへたり込む。



「え! なに、ホッくんまでどしたの」


「……あのビルから全員救えなかったかもしれない……」


「え、全部見たじゃん。大丈夫だよ、もう誰もいなかったって」


「いや、だってまだ4人いるって凍上さんが――」



 凍上さんを見ると口に人差し指を当てている。


 ……しまった、気をつけてたのについ喋っちゃった。

 どうして4人ってことがわかるか怪しまれたらどう説明すればいいんだ……。


「え、4人? なんで4人って言えるの? だってビルから助けたの3人だったじゃん。ホッくんも見てたでしょ? 全部の部屋を確認したから大丈夫だよ」



 ……違うと思ってるから怪しまれてはいないか……。



 僕は火を消すので精一杯だった。

 そのあとを部屋中見回してくれた如月さんがいうんだから間違いないか……。


 僕はビビリになっている。

 ちょっとしたことですぐに怖くなってしまう。


 今のちょっとした幸せも、すぐに消えてしまうかもしれない。

 いつかは終わってしまうこの幸せな時間も、何の前触れもなく突然訪れたら……。


 心の準備が欲しい。

 だけどそんなことは儚い理想。


 事件、事故、災害……それらからのカウントダウンはされない。


 だからこそ、今を精一杯生きなくては……。



「……うん、なら大丈夫かな。ごめん……今の自分、結構メンタル弱いかも」


「……そ。ま、あたしらがいるからオッケ。なんかあったら助けるさ」



 ……。


 失礼かもしれないけどこれほど仲良くなれるとは思ってなかったよ……如月さん。




「ありがとう」


「じゃ、あたし用事あるから帰るね。よろしくしてってよ、お2人さん! ンフフ……」



ッダダダ……



 そう言って全速力で走っていってしまった。


 ……え、昼間の走りより速いんだけど……なぜ?

 あの子には限界がないんか……。




「……行っちゃったね」


「あ、うん。ど、どうしようか……」


「ちょうどいいからちょっと話そうか」









 僕たちは河川敷の土手で横に並んで話をしている。

 ここならば目を見て話さなくても大丈夫。


 ……これは、心を読まれなくてすむって意味じゃなく、目を合わせたらドキドキして喋ることが出来ないからだ。


 凍上さんは学校に入るまでのこと、家でのことを教えてくれた。 



 その中でどうしても気になるのが、心が読めてしまうという特異体質のことだ。

 その力は特に害はないように思えるし、むしろ利点しかないと思われがちだが……。



「うん。確かにじゃんけんとかほぼ負けないよ。あっちむいてホイとかも」


 目を合わせたと同時にそう答えてくれた。


 僕は目を逸して話を続けた。


「じゃんけんで勝つくらいの力だったら丁度よかったのかもね……」


「あ、でもこの力で何人か犯罪者を捕まえたことあるよ」


「え、どうやったの?」


「悪い人がペットボトルに灯油を入れてて、それを電車内で撒こうとしてるってわかったからその前に灯油を凍らせたり……」


 ヒッェ……。


「包丁を隠し持ってて「誰でもいいから刺してやる」とか聞こえたから、全身ガチガチに凍らせた後に通報したり……」


 氷の魔法も良い味だしてるな……。


「あ、自殺しようとした人を止めたこともあるよ。飛び降りようとした人の足を凍らせてから説得して……」



 とにかく凍らせるのね……。

 水の魔法よりも相性よさそう……。



「まぁその分、私自身も危険な目に何度もあってるから……」



 ……そこなんだよな。

 この子の陰の部分……。



 これ以上詮索しないのがデリカシーというか、マナーというか……。

 正直、これからは自分が守っていきたいとは思うんだけど……。



 そんなん恥ずかしくて言えない……。



 目を合わせてないから大丈夫。

 MAも……今は展開していない。



 それに僕なんかに守ってもらうほど凍上さんは弱くない。

 寧ろ自分の方が弱い……。



 どこまで考えが読み取られてるかわからないから、こうした考えが筒抜けだったら……もうその好意の垂れ流しは無視してもらうしかない……。



「あ、それよりも凍上さんの〖禁呪書〗の力って何かわかったの?」



 代償がリーディングの悪化だとしたら、開花する能力があるはず。



「私の本の表紙には〘蛟乞みずちごい〙って書かれてた。それが何を意味するのかはまだわかってないんだ」


「みずちごい……? なんだろうね」


と言うくらいだから水に関係してるのかな?」


 みずちってなんだろ。

 ごい……鯉かな?

 よくわかんないな。



「如月さんとか僕みたいに突発的に開花するのかな」


「正直、どんな良い能力が開花したって、この代償の時点で喜ぶことはないと思う」



 ……。


 それほど重い力ってことか……リーディングってのは……。




「……夕日、きれい……」


 言われて気が付いた。


 目の前には大きく温かい夕日が点在していた。

 河川敷に戻ってからずっと話に夢中で夕日に全く気が付かなかった。

 それほど、僕の意識は凍上さんに向いていたんだと思う。



「ほんとだね……。また今日も今日が終わる……」




 きれいな夕日のあとは、暗黒の夜が訪れる。

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