第44話 燃火之急 (ねんびのきゅう)後編

 外に出てみると、向こうのビルの4階から火の手が上がっている。



「な、なんだこれ……」



 爆発の衝撃で窓ガラスが割れて地面に散らばっている。

 幸い、ガラスで怪我をした人はいないようだ。



「助けてー!」



 上を見ると、火が出ている真上の窓から人が助けを求めていた。



「ちょ……ちょっとちょっとヤバイじゃん⁉ 早く救急……消防車を!」


 如月さんはすぐに携帯を取り出し電話をかける。


「もしー⁉ ちょっとヤバイんですけど! は⁉ 事件じゃないよ、火事だよ! 早く来てってば! え、警察? 場所を言え? 警察なら逆探知でもしてすぐ来てよ!」



 ……間違えて警察にかけた?

 その上、逆ギレはちょっと……。


「皇くん、こっち!」


 凍上さんは走り出していた。


 必死に後をついていく。

 再度、爆発が起きたらかなり危ないのだが……。



 爆発が起きたビルの裏手に回った凍上さん。


「ビルの外から火の元を凍らせる……!」


 その発想はむちゃくちゃだが凍上さんの氷は以前、炎獣を凍らせることができていた。

 もしかしたらこの火も凍らせて鎮火できるかもしれない。



「うぅ……悲鳴が……く……」



 凍上さんは頭を押さえてうずくまるが、すぐに立ち上がってもう一度ビルの壁に手を当てる。



「フ……【フローズンロード】……」



 壁に魔法刻印が現れ、そこからどんどん凍っていく。



「凍上さん! すごいよ、これならいける!」



 ……だが順調に凍っていった外壁は、3階部分で止まってしまった。



「ダ……ダメ、4階の熱が強すぎてこれ以上は無理……。……もしかしたらこの火は……。それより……まだビルの中にかなりの人がいる……」


「な、なんだって……⁉」



 ビルから少し離れて上を見ると、黒煙が溢れ出す窓からは未だ助けを求めている人がいる。



「ゲホゲホ……熱い……! もうダメ……」 



 そう言ってその女性は窓から身を乗り出した。



「まずい、この高さからじゃ受け止められない……!」


「私の氷でも衝撃は吸収できない!」



 落ちる!!



「……【風よ】……」



ビュゴォォォ!



 後ろから突風が吹き荒れる。


 螺旋に舞い上がった風は飛び降りた人をゆっくりと地面におろした。



「き、如月さん⁉ 魔法が……!!」



 この土壇場で風の力が戻ったんだ!



「なんか……魔法が戻ったみたい……」



 ……いや、戻ったと言うかこれは……。

 如月さんを中心に風が渦を描いて吹き荒れているが今までの比じゃない。



「こ、これなら……! 上にいる人たちー、大丈夫ですよ! 大丈夫ですから信じて飛び降りて!!」



 そう伝えると、何人かがそのまま飛び降りた。



 まるで台風なのだが……。

 台風でも人ほどの重さを安定して宙に浮かべる程の力はない。

 如月さんは桁違いの風魔法使いとして復活したんじゃないだろうか。



「ケホ……よかった……。ありがとう、助かりました」

「し、死ぬかと思った……」

「タイシ……大丈夫、もう大丈夫だからね……」


 小学生の子が1人、母親に抱きかかえられているが、命に別状はなさそうだ。


「今救急車が来ます! 皆さん大丈夫です!」



 如月さんのお陰で6人救うことができた。



「まだ……ゴホ……中に人が……」

「火のまわりが早すぎて……逃げられなかった……」



「え! マジ⁉ 4階とかもうヤバそうだけど⁉」


「皇くん、中からまだ……2,3,4……、4人……声が聞こえてくる……!」


 ……まだそんなにいるのか……!



バーン……バリバリン!



「危ない! 【アイシクルフィールド】!」



 再び爆発によって飛んできた窓ガラスを、凍上さんは氷で防いでくれた。


「ここにいたら危険です! さがりましょう!」



 如月さんが救出した人を誘導し、ビルから距離を取る。



 しかしこのままでいいのだろうか……。

 消防車が来るまでに中の人は……。


「……皇くん、何してるの……早くこっちに……!」


 ビルから距離を取ったハズの凍上さんは僕の近くまで戻ってきていた。


 それでも僕は、自分にできることを……考えていた。


「ちょ、ちょっと皇くん……ダメ、無茶だよ、やめて!」


 目の前で誰かが……危険な目にあってる……。


「ねえ! 皇くんてば! そんな確証もないから……! もう無理だよ! 危ないって!」



「え、なになに? どしたのホッくん、なんで止まってるの? 早く逃げよ! 消防には連絡したからすぐ来るよ!」



 駄目だ、それじゃ間に合わない……。


 この火で死んでしまう人がいるなんて……考えたくない!!



「え、ホッくんちょっと……」


「行かないで……! ほむらぁ!!」






 気づけば走り出していた。


 2人の静止を振り切ってビルに入る。



 大丈夫。

 自分でも気づかないふりをしていただけだ。

 前世で僕は一度でも火傷を負ったことはなかった。


 これが何を意味しているか。


 両親に助けられたあの時、医者は2人に守られたと言っていた。

 だけど後から聞いた話だと、洋服は焼け焦げてボロボロだったらしい。

 BMWの時もあれだけの熱気を浴びたが体は無傷だった。


 やはり僕自身、火の耐性がかなり高いのだろう。

 自分の火でも火傷しないし熱さも全く感じない。

 自殺した前世の時ですら……。




タッタッタッタッタ……




 階段を3段飛ばしで一番燃え盛っている4階まで駆けて来たが、煙と火で全く見えない。



「うぐっ……ゲホ……ゲホ……」



 火には耐性があってもさすがに窒息しかねない。


 持っていたハンカチで口と鼻を覆い、中に入ろうとする。



「誰か! 誰かいませ――」



 扉を開けた途端、ものすごい勢いで火が吹き込んできた。


 確かバックドラフトって言うんだっけか……。



「……この火じゃ……さすがに……無理……だよな」



 どうしたらいい……、どうすれば1人でも多く救えるんだ……。



 とにかく上に行こう。

 まだ火はまわりきっていないはず。

 そうすれば誰かしら助けられるかもしれない。



 そう思って5階へ進む。



 耐性があることは間違いなさそうだが、それよりもこの煙が邪魔だ……。



「ゴホ、ゴホ、く、くそ……」



 目は痛いし、少し煙を吸い込んだせいかフラフラしてきた。


 結局誰も……救えない……?

 自分の命すらも自分自身で救えなかったのに……。

 無駄死に……か……。

 もう……意識が……凍上さ……。



ビョオオオ……!



 そう思った瞬間、階段下からものすごい風が吹いてきて瞬く間に煙を吹き飛ばした。



「ホッくん、水臭いよ! ハァハァ……今の私なら力になれる!」



 如月さんが息を切らして階段を駆け上ってきた。

 200mでも息切れしなかったのに、もしかしてこの風が負担になっているんだろうか。



「ガハッ……ゲホゲホゲホ……うぐ……ゲホ……」


「ホッくん⁉ そ、そうだ……コレ飲んで!」


 如月さんはポーチから小瓶を取り出して僕に飲ませてくれた。



「ハァ……ハァ……、にがっ……⁉ な、なにこれ……?」


「意識戻った⁉ 良かったー! あたし希少点穴以来、自製ポーション持ち歩いてるんだ。何が起こるかわかんないからさ!」



「はは……ホント助かった……苦っ……。死ぬとこだったよ……ウプ……」


 意識がはっきりしてくると同時に、今飲ませてもらったポーションの苦味もはっきりしてきて後味が最悪だということに気づいてしまった。

 呼吸をする度に例えようのない臭いが襲ってくる。

 そのせいで逆に意識が飛びそうにもなったが、死ぬよりはましだろう……。


「んで、あとはどうすんの? 5階ももうヤバイよ!」





 …………如月さんの声で我に返る。

 一瞬、意識が飛びかけたが今はそれどころではない。



 火を消すには水……消化器……。

 今更だがそんなことを考えていた僕に、ふと2文字の単語が頭をよぎった。



〘燧喰〙



 ……これは〖禁呪書〗の……。


 本来ならば対照的な作用を持つ属性を考えるのが一般的である。

 何故ここで、火の力っぽい名前が頭に浮かんだのか。


 如月さんの苦水にがみずを飲まされたことで目が覚めたと言えなくもない。



 心臓が熱い。

 あの2文字が頭から離れない。


 あれだけ熱さを感じなかった僕が今この瞬間、体の中心から熱を発している気がする。


 〝それ〟は思い込みではなく確信でしかなかった。


 読めなかった漢字は、今まさに僕の頭の中にあった。

 


「燧……喰……」



「……え、なんて?」



「〘燧喰ひきりぐい〙!」


 僕は燃え盛る火を掴んだ。

 するとまるでろうそくの火を吹き消すかのように火は跡形もなく消えた。


「……ホ⁉」



「これが……僕の新しい能力ちから……」


「ホッくんホッくん! ちょっとなにそれ凄い!!」



 これならやれる!



「火が消せるようになったっぽい! あとで説明するね!」


 そう言って4階に引き返す。



「〘燧喰〙!!」


 辺りの炎を根こそぎ掴んで消し去る。


 だが煤で黒焦げになった部屋には誰もいなかった。



「……大丈夫、人はいないよ!」


 それを聞いた僕は5階へ急ぐ。


 同様に火を消して回った。



「あ、ねぇ! 誰かいた!!」



「……ゴホ……うそ、助かったの……?」

「えーん、痛いよう!」



 部屋の隅で伏せていたお陰か、2人とも軽い火傷は負っているようだが意識はあるみたいだ。


「早く逃げてください! 今なら階段側の火は消えてます!」



 そう言うと女性はお辞儀をし、幼子をおぶって階段を降りていった。



「最後は6階か……」



「よかった、無事に助かりそうだね!」



 6階の火も鎮火して回る。

 新たに得た力がまさか、火を消す力とは……。

 消防士にでもなれってことかな?



「あ、誰か……いる! 嘘っ、この子1人じゃん! あー、ヨシヨシ……、大丈夫かな? 歩ける?」



「ママ……ガガ……」



 まだしっかりと喋ることが出来ないであろう小さい子が1人でいた。



「1人っぽいね……辛かったね……ヨシヨシ。怖かったよね……はぐれちゃってたのかな? もう大丈夫だよー」



 そういうと如月さんはその子を優しく抱えた。



「さ、降りよう」



 そう言った瞬間、足元が一瞬宙に浮いた気がした。





ガラガラ……





「え、ちょ! コレちょっとやばくない⁉ 崩れる?」



 火は消えたがビル自体がもうボロボロになっているようだ。



「え……あ、ちょっとなに! キャ! って……まさか……ま、まってまだ心の準備が……!!」


「如月さん……さっきの風魔法の準備お願い」



 そう言うと、僕は小さい子を抱えた如月さんを更に抱えて窓から飛んだ。



バリーン



「む、むちゃくちゃなのはホッくんだよーっ!!」




 その言葉がやけにゆっくりと聞こえた。



 その途端、後ろから崩れていくビルの音が聞こえた。




「【風よ】!!」




 如月さんを中心に風が吹き上がる。



 その風を受けて、僕たちはゆっくりと地面に着地できた。



「いやー、さすが如月さん!」


「あ、あのさホッくん……よくそんな涼しい顔してられるね……」


「ん、ギリギリだったよ?」




「うっ……うっ……えーーん!」


「あああ……マリ……よかった……。ありがとうございました、本当にありがとうございました!」



 僕らが助けた子を抱きかかえ、何度も頭を下げるのは助けた子の父親だろうか。

 泣いて喜んでいる。



「いえ、ホントによかったです」



 あれ、凍上さんは……。



 放心状態でペタンと座り込んでいる。



「ハナちゃん! どうにかダイジョブだったよ。ビルは崩れちゃったけど……」



「……如月さん……、皇くん……」



 その目には涙が溢れている。



「もう!! ……ほんとに心配したんだから!!」


「ごめんね、凍上さん。なんか助けないといけないって思ってさ。もう使命感で……」


「……、うん。全部わかってる」


 僕の顔を一瞬見て察してくれたようだ。

 火事によって大事な人を失うことの辛さ。


 目の前のそんな状況を見過ごすことは出来なかった。




「んじゃいこっか」


「……そうしましょう」


「そうだね。別にヒーローを気取るつもりじゃないし、他にやらなきゃいけないこともあるし」




 僕たちは早々にその場を立ち去った。

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