第35話 円転滑脱(えんてんかつだつ)

「皇くん……、もう一度固定するよ。【アイシクルキュア】……」




 凍上さんは、2人のやり取りを見ていた僕の元にスッとやってきてすぐさま右脚を凍らせ始めた。



 気が利くというかなんというか……。



ピキ……



 あー……ひんやりとして気持ちが良い。


 本当に痛みが引いていくような感じだ。




 保健の先生の治癒魔法じゃ効かなかったの、気づいたのかな。


 それともまた顔に出てたかな?


 自分でも気づかないうちに苦痛な表情でもしていたんだろうか。




「あと待ってね、これを……」



 そう言って魔法の詠唱を始めた。



ピキピキ……



 彼女の両の手の上に現れたモノ、それは氷で作られた松葉杖のようなものだった。



「氷の魔法で何かを作るなんてやったことないからちょっと不格好かもしれないけど……よかったら使って。あの時の…火傘のお返し、やっとできたかな?」




 そう言って眩しいくらいの笑顔をまた見せてくれた。


 






 ……この笑顔があれば足の痛みなんて全く気にならない。


 この子のためなら喜んでなんでもできるだろう。




 優しさを受けたことが親くらいだったからな。


 人のあたたかさに触れてすさんだ心が浄化していく感じがする。


 いじめられてた時はかなり心がズタボロだったから……。


 前世で、いじめられた理由は自分のせいだと思ってたけど、まさか高校まで続くとは思ってもみなかったし……。




 ……改めてそう考えると、いじめられて自殺をしたことがバカバカしくなるよな。


 言いたいことがあっても言えない毎日。


 殴られても蹴られても耐えてきた日々。


 




 ……いや待てよ?


 自殺をしなきゃこの子に会えなかったわけで……、そう考えると自殺をした方が良かったのか……?




 なんてね……。


 




「ありがとう」



 僕は精一杯の感謝をその言葉に乗せた。



 たかが足一本イカれたくらいでピーピー言ってられない。

 こんなことで泣き言なんて言ってられない。

 


 


「あの、皇くん……。見栄なんて張らなくてもいいんだよ。痛い時は痛いって言ってもいいんだからね」



 その言葉でハッとした。


 凍上さんは目に涙を溜めていた。


 顔に出やすいのは自分でもわかっているけど色々と見抜かれたのだろうか。






 ……いや、さすがにそこまで見抜くというのはおかしい気がする。


 涙の理由はわからないけどタイミング的には丁度、いじめられていた前世の事を考えていた時だ。




 〝人の心が読める能力〟があるって仮定すればしっくりくるんだけど……。


 まさかそんな漫画みたいなこと、あるわけないよな。






 ……試してみよう。






 後ろを向いて涙を拭いている彼女の背中に思い切り呼びかけるように心の中で叫ぶ。




 「(んーハナちゃん! 好き好き〜好き好き〜! ちゅーっ!)」






 ……。






 ……反応はない……か。


 いきなりこんな変なことを読み取ったら、さすがの凍上さんも絶対反応するはずなんだけど……。




 ……僕の勘違いか。


 まあ当たり前だよな。

 これこそ




 ……それより、自分のキャラでもないようなことを心の中で思ったせいか顔が真っ赤になった気がした。


 いくら突拍子もないことを考えて〝心が読めるのか確認した″と言っても、あまりに恥ずかしい内容だったので顔から火が出そうになった。


 あ、これは慣用句ではなく本当に火が出そうだった。


 むしろBMWやフレイルボアと対峙した時よりも体は熱くなった。




 そんな時に限って凍上さんと目が合う。


 僕の真っ赤な顔を見てか分からないが、つられたように真っ赤に染まっていった。




 それもなんだか、見透かされた気がしてどうしたらいいかわからなくなった。


 慌てて進もうとしたら……



ツルッ……べちん!



 松葉杖が氷でできているのだから、少し考えたらとわかりそうなものだが、僕も彼女も気づかなかったのだ。




「んうぐぁ!」




 盛大にコケた。


 彼女は僕を支えてくれようとしたが、間に合わず一緒に転んでしまい、再び目が合った。

 先ほどよりも、今度はもっと至近距離で。






「ぷっ……あははw 当たり前じゃんね! 氷だもんw あはは! なんで気づかなかったんだろ私……フフフ……ごめんね、ククク……」


「アハハ……ww い、痛みよりも面白さの方が上回った……。ヒヒ……いてて……」




 一瞬の間の後、凍上さんと僕は大笑いした。


 こんな彼女、今まで見たことがなかった。


 いつもは静かなのに……本当は明るい子なのかも。




 怪我をしていない方の膝を思い切り強打したが、痛みを忘れて笑い合った。






「ハ、ハナちゃんが爆笑してる……」


「……いい気なものだな」






 その光景を見ていた他の2人は、少々複雑な顔つきをしている。


 状況を分かっていない人からしたら知る由もない。






「あー……また涙出てきた。ごめんね、勝手に押し付けて勝手に笑って」



「ううん、その気持ちが嬉しかったんだよ」





 ……あれ、なんかすごくいい雰囲気じゃないか?



 いや、って言ってもチームメイトだから当たり前かぁ……。


 それでも嬉しいことには変わりないけど……ね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る