第34話 半信半偽(はんしんはんぎ)
ゲートをくぐって着いた先は宿泊施設の中だった。
外を見ると薄暗くなっていて、夕方だということに気づかされた。
ガーディアンと戦っていてそんなに経っていたのだろうか。
「ちょっと文華! 大丈夫だった⁉」
「文華ぁ……心配したよー!」
「危なくなかった? お腹すいたんじゃない?」
如月さんは友達に囲まれてみんなに心配されている。
その中には泣いている子もいる。
これではまるで、修学旅行中に山で迷子になってようやく発見された班……みたいな感じだ。
前世で、修学旅行中に迷子になった班があったからそれを思い出した。
「いやぁーちょっと……色々あってさ!」
本人はあっけらかんと答えて笑っていた。
思ったよりも人望は厚いんだろうか。
あ、思ったよりは失礼か……。
「
アッシュくんは凍上さんだけを心配している。
ご執心だったもんな……。
「おほん。感動の再会中悪いんだが、1班全員と話があるんでこちらへ来てもらおう」
教頭が険しい顔でやってきた。
「大丈夫! すぐ戻ってくるからまたあとでね!」
如月さんは友達らにそう告げた。
こんな時でも如月さんは周りに気を配っている。
確かに彼女はいつも明るくて、誰に対してもあまり態度を変えないよな。
一時期、僕は邪険にされていたけど。
……ん?
いや、よくよく思い返してみると、そこまで強く言われたことはないな。
言っていたのはどちらかというと村富さんの方だし、如月さんに関してはむしろ心配してくれていたような気がする。
*
教頭についていくと、教員用の部屋に通された。
「あー、そうだな……。まずは怪我を治すのが先か。では白柳先生、治療を」
「わかりました」
そう言って保健の先生は白い手袋をして現れた。
「【トリアージュ】……って、魔法を使うまでもないわね……。一目瞭然。では重症者から治療します」
真っ先に僕と目が合う。
「まずは鎮痛を……。【アネスシジア】」
そりゃそうか、こんなひどい脚をしていれば誰だってわかるだろう。
「じゃあ少し熱いかもしれないけど我慢して。……【フレアリングキュア】……!」
先生の手に魔法陣が浮かび上がり僕の足に触れる。
あ、そうだった。
回復にも属性があるんだったよな。
凍上さんの使ってくれた、出血を止めたり炎症部の冷却もできたりする氷属性。
毒を浄化し、体内のデトックス効果も期待できる水属性。
回復の効果を高め、細胞の修復を活性化させる火属性。
呼吸の補助をしたり、体の荷重を軽減したりできる風属性。
火傷や擦過傷の保護や、骨折部位の固定ができる土属性……、なんてのもあるって授業でやってたな。
これらを応用してこの世界の医療を『魔法医学』っていうジャンルに分類されるとかなんとか……。
……これで少しは楽になるだろうか。
「……。……? ……⁉」
先生は目を丸くしながら何度も回復をかけてくれている……が。
ん、なんだ、どうしたんだろ……。
何度か試した後、
「巌くん、ちょっと先にいいかしら?」
そう言って急に巌くんの怪我を治し始めた。
「うん、調子は悪くない。手ごたえも良し。……どうかしら?」
「はい、効いてます。痛みは軽快しました」
……って、あれ?
そういえば巌くんって、あんな軽い怪我だったっけ……?
光線に当たった時、結構血を出してた気がしたけども……。
凍上さんの治療のおかげで治ったのかな?
「そうよね……。えーと、皇くん。さっきの治癒魔法で効果は感じられたかしら?」
……いや、回復してくれていたのは視覚からわかるが、痛みは軽減するどころか火属回復での〝属性反応熱″さえ感じられなかった。
もしかしてあまりに酷い怪我のせいで感覚が鈍麻しているんだろうか。
「あ、はい。少し……よくなった気がします」
僕は咄嗟に嘘をついた。
先生に悪い気がしたからだ。
「……そう。ならいいんだけど……」
先生に痛み止めの魔法をされているようだけど、凍上さんがかけてくれた氷の魔法が溶かされてからは次第に痛みが増してきた。
感覚が鈍麻していると思ったが、そうでもないようだ。
「おほん。あー、途中まで引率していた教師から話は聞いている。話から察するに『希少点穴』……これに落ちたということで違いないか?」
「はい、間違いないと思われます」
班長である巌くんは前に一歩進み、そう答えた。
「何故、事前に配布していた転移硝石を使わなかった?」
「それを使えばすぐ戻ってこれたであろう?」
え、そうだったの?
それは聞いてなかったけど……。
でも学校側としては当たり前か。
いくら低確率っていっても穴に落ちたら相当ヤバイもんな……。
学校側がそれを考えずに全く対策してなかったら落ち度があるよね。
……でもなんでそれを巌くんは班員に伝えてなかったんだろ。
僕だけに言わなかったのかな?
「魔力が抜けていて使い物になりませんでした」
「なんだと⁉ その硝石は今持っているのか?」
「はい、こちらに」
「……ふむ、確かにこれでは使い物にならん。確認を怠った担任にはこちらから注意しておく」
使えなかった……?
それは明らかにまずい事でしょ……。
「……それで、希少点穴に落ちた先で……敵とエンカウントはあったか?」
教頭は回りくどい言い方をした。
あのガーディアンのことを聞こうとしているのだろうか。
恐らくどうなったのかが知りたいのだろう。
あの書庫……〖アカシックライブラリ〗のことを……。
「はい。ガーディアンと遭遇し結果的に退けています」
「なんだって……⁉ 1班メンバーだけでか?」
後ろにいた学年主任は驚きのあまり、目を丸くしている。
そりゃそうだ。
あんな規格外な敵、対峙するだけで戦慄する。
「いや、それは無理だ。さすがに高レベルPTが先にエンカウントしていたんだろう。大方、そいつらに
「しかしそれでも〝希少点穴発生のスパン〟があまりにも早いのでは?」
……これは正直に言った方がいいだろうと思い、しゃべろうとすると、
「はい。別の部隊2名が既にガーディアンと戦っており、私と皇は流れ弾に当たり負傷しました」
……巌くん……、なんで嘘を……?
何か考えがあるんだろうか。
それを察したのか他の2人も黙っている。
「ほれみろ。大体、希少点穴に落ちるぐらいの引きがあったところで、難易度はB
「生徒も生きて戻ってきた。もう良いではないか。事を荒立てる必要もなかろう」
後ろの教員たちは勝手にワラワラしゃべっている。
「過去に一度も」……って今現在、僕たちは落ちたんだからそんなことを言っても仕方ないのに。
保身にでも走ってるんだろうか。
「それよりも、その部隊は敵を倒し……その後どうした?」
教頭だけがまだ疑惑を抱いている感じがする。
「教頭! 希少点穴はそれ以上に、〝アカシックライブラリのテーブル″を引くこと自体、狙ってできるわけはないんだ。それは完全なる運というもの。それに嘘偽りかどうかは教頭、あなたの魔法で調べたらよいではないか」
「……ふむ。生徒にこの魔法を使うことはしたくなかったのだが。……仕方ない」
教頭は巌くんに手をかざしながら問う。
「『希少点穴の先で2名の部隊と共闘し、敵を退けた』【
「はい、その通りです」
……そんな出まかせを言って大丈夫なんだろうか……。
「……ふむ、嘘は言ってないようだ。もういいだろう、十分だ」
そう言うと教頭は手をかざすのを止めた。
「ふん。偽りでなければよいのだ。虚偽があっては報告できぬからな」
「……最後に聞かせてくれ。その後どうなったのだ?」
「その2名は本棚から本を取ってすぐ、転移硝石で立ち去りました。私たちも見様見真似で本を手に取りました」
……そこは伝えていいと判断したのか。
まぁそこは調べればわかることかもしれないけどね。
「そうか。体に変化は?」
「未だありません」
「ふーむ。やはりガーディアンを倒したPTでなければ〖禁呪書〗の効果は得られないのでは?」
「若しくは自分たちでも気づいていないか」
「ここでそんな話をしていても埒が明かない。……よしわかった。長々とすまなかった。今回の散策での戦果は明日の演習にて改めて評価をしよう。他の者たちもいいな」
「はい、わかりました」
……巌くんはところどころ誤魔化していた。
どういうことなんだろうか。
でもなんで嘘がバレなかったんだろう。
*
「ねぇ巌くん。なんで先生に本当のことを言わなかったの?」
部屋から出た途端、僕より先に如月さんが聞いていた。
「俺たちだけでガーディアンを倒したなんて知られたらテレビの取材やら学校の質問攻めやらで大変なことになると思ったからだ。それほど偉業なんだ、〖アカシックライブラリ〗踏破は。それに俺は顔なぞ晒したくない」
「偉業……そうだね。希少点穴から〖アカシックライブラリ〗に到達する確率は、宝くじ1000万円当たるくらいの確率と同等……って雑誌に書いてあったの思い出した。まずその確率と踏破難度から言ったら、相当すごい事ではあるよね」
「あー、あたしもそれみたかも! 月刊
凍上さん、今度は文献じゃなく雑誌の情報?
やっぱり勉強熱心なんだなぁ。
「しっかしなー。だからこそ言いたかったのになー。あー、残念」
「転移硝石か転移魔法が使えない者が希少点穴に落ちた場合は〝その時点で詰み″だからな。今考えれば本当に恐ろしいと思うぞ。」
「そうですね~。巌くんは嘘が上手ですからね~」
……巌くんは話題を変えたんだろう。
話を逸らそうとしていたんだろうか。
それになんかこの2人……、あまり仲良くないよな。
魔法拮抗の話でも言い合いしてたしそれ以外でも……。
合う合わないは仕方ないか……。
それよりも……段々足が痛くなってきた……。
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