第7話 安心暗然(あんしんあんぜん)
それから少しして、じいさんは空き部屋を整理して僕の部屋を作ってくれた。
無一文で何も持ち合わせてないのに……。
「なんか……すみません。素性もわからないのに部屋を貸してくれるなんて……」
じいさんは作業をしながらこっちを向いた。
「いいんじゃいいんじゃ。これからの事を考えると使ってない部屋を貸すくらい安いもんじゃ」
……これからのこと?
何か先ほどから言い回しがひっかかるがあまり気にしても仕方がない。
むしろ気にしないようにした。
「え……すごい……」
部屋を見た第一声がそれだった。
いくら使ってない部屋と言ってもかなり広くて安心感のある造りになっていた。
「ほんとにいいんですか……?」
「おお。自分の家みたいにしてよいぞ」
参ったな……。
こりゃ覚悟をきめて身を粉にして働かなきゃだな。
「早速なんじゃが風呂を沸かしてくれんか。今日はまだ朝に入れてないんじゃ」
きた……!
これか、じいさんの狙いは……。
僕を火種にしようってことか!
……しかしながらこんないい部屋を用意してもらって断ることもできないよな。
いや、逆に風呂掃除くらいなら全然余裕か……。
「わかりました。火事にならないように気を付けます」
「ホッホ。案内するぞい」
風呂といっても五右衛門風呂のようなもので、ガスは使っていないようだ。
そのために薪を割ってたんだもんな。
確かに火をつけるのも大変か……。
「ワシは風呂が好きなんじゃ。1日2回は必ず入るでの。朝7時と夕5時には入れる状態にしといてくれ。ちなみに風呂掃除と湯沸かし、両方頼むぞい。あと湯の温度は44℃じゃから正確にの」
「あ、あの……風呂掃除の他にもまだ何かやることあります……?」
「おお! もっと大事なことを頼もうと思ってたんじゃ」
え、まだあるのか……。
風呂の温度とか細かいけどやっていけるかな……。
「ここがワシの仕事場じゃ」
案内されたのは煤で汚れた鍛冶場だった。
「……じいさん、もしかして刀匠?」
「ホッホ、今は基本的に包丁か短剣ぐらいしか打てんがの」
「この、飾ってあるのはじいさんが打った剣?」
「大分古いもんじゃが……それは思い出の刀なのでな」
「……〝白玉″って彫ってある。なんで『しらたま』なんだろう。……読み方が違う? しら……はくぎょく? ねえ、何て読むのこれ」
「あー……いや……そこは気にせんでええよ。むしろ今は気にせんでくれ。とりあえず昔はじゃな、そこら辺の鍛冶師よりはいい仕事をしてたもんじゃて」
「えーと……それで僕に何を……?」
「ワシは以前まで不死山4合目にあるチタンクロニウムという岩石を使用して包丁や短剣なんかを打ってたんじゃが炎天化のせいで採掘できなくなってしもうたんじゃ。材質的にも難易度的にもの。そこで代用したのがローンズディライトという希少鉱石じゃ。この鉱石は逆に炎天化で採掘できるようになった。純度の高いチタンクロニウムが高熱によって変異して出来たと言われておる。じゃが不死山6合目以降でないと採れないんじゃ。希少度は元の約1/10と言われておって――」
「ちょ……ちょっとストップ!」
じいさん、仕事のことになると止まらないタイプか……。
職人気質なのかな。
僕にそんなこと言われてもわからないし……。
「で、僕にどうしてほしいんです?」
「すまん、つい。んでの、焔にはワシが包丁を打つ時に火の番をやってもらいたい」
「……ハハ。ここまできたらなんだってしますよ。出来る限りですけど」
「大丈夫じゃ。お前さんならできる。その都度教えてくからの」
そう言って準備をし始めた。
え、今からやるの?
昼ごはんも食べずに……。
「む。今、腹減ったのに飯まだかって思ったじゃろ」
「いや! そんなこと思ってないですよ!」
「ホッホッホ。お主は感情の変化とか考えてることが分かりやすいのう。筒抜けじゃぞ」
……もう僕の癖を見抜いてるな。
このじいさん、できる!
「……是非、ご飯にしてください」
「ホッホ。正直が一番じゃぞ。飯の支度をするからせめて風呂の火だけでも頼むぞい」
「はは……わかりました。やってみます」
さっき教わった薪窯にやってきた。
「……ふう、薪風呂かぁ。懐かしいな。子どもの頃はよく家族でキャンプに行ったなぁ。母さんからは料理の仕方を教わって、親父にはひたすらカレーの作り方を教わって……」
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「いいか焔、カレー作りには火加減が重要だぞ」
「事前に野菜に切れ込みを入れとくんだ。よく火が通るぞ」
「水の出しっぱなしはダメだぞ。水は大事にするんだ」
「箸の持ち方に気をつけろよ」
「あなた、カレーはスプーンで食べてちょうだいっていつもいってるでしょ!」
「あぁ……ゴメンよ
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親父はいつだって母さんの尻に敷かれてたな。
笑っちゃうくらい……。
母さんはいつだって優しかったな。
あったかいほど……。
「親父……母さん……」
傷は癒えたはずだった。
涙を流すことなく耐えられたはずだった。
あの日以来、涙することを忘れるくらい他の事に打ち込んで、涙を枯らすくらい自身の火を灯し続けた。
ここにきて……今までの鬱積した感情が一気に流れ込んできた。
泣きたい時に泣けない。
泣かずに堪えてきたそのダムのようなものが決壊したかのように今、涙を溢れさせていた。
「う……うぐ……っく……」
今は感情に任せて泣いていたい。
体に溜まっていた毒を押し流すかのように涙は流れ続けた。
「さて、飯じゃ飯じゃ。……どうしたんじゃ? 目が真っ赤じゃぞ」
「ちょっと煙が目に入ってしまって……。薪窯で火を燃やすなんてかなり久しぶりだったので……」
「そうか。どうじゃ? やってみて。うまくできたかの?」
「薪に火が付くまで案外時間がかかるからそれだけ大変かな……。火がついちゃえばあとはいける」
「よしよし、さすがじゃ」
食べ終えたじいさんは一服しようとタバコを取り出した。
「お前さんがいるから火の心配はせんでええと思っての。オイルを買ってないんじゃ」
「え……」
「じゃからホレ。火をホレ」
……。
完全にパシリ状態だ。
でも何も言えない……。
僕はじいさんの近くにいって火をつけた。
「ぷはぁー。お前さんの火だとタバコも旨いのーう。じゃあ少ししてから風呂に入るから皿を洗っといてくれんか」
「ハイハイ。なんだってしますよ」
「ホッホッホ。いい返事じゃ」
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