転生後〜

第4話 転生人語(てんせいじんご)

*****






 無意識に目が開いた。


 僕は土の上で横たわっていた。



「……生きてる」



 声は出た。


 体を起こして状況を確認する。




 一番最後の記憶は……燃え盛る炎。

 呼吸が出来なくて焼け死んだはずだが、息がありそして生きている。


 皮膚の色も全く変わっておらず火傷らしい火傷もない。



 一体なにが起きたんだろうか。

 夢だとしたらどこからが夢だったのかと考える。




 ……。




 いや違う、僕は確かに燃えたはずだ。

 火に包まれる感覚は鮮明に覚えている。


 それに今が夕方だとすると……。

 元日の夕方……?

 僕はそんな時間まで気を失ってたんだろうか。


 彼ら……アンジたちはどうなったんだ?



ウォォォン……



 え……な、なんだこの鳴き声!

 犬の遠吠えとはちょっと違う……まるで化け物が呻いたような……。

 しかもそれほど遠くない。


 耳を澄ませていると、あたりの異変にようやく気が付いた。


 夕方の空だと思っていた赤は、目の前の草むらや木の一部が燃えている色だった。



 僕がガソリンに火をつけたせいで山火事が起きてしまったんだと一瞬、戸惑ったが……。



 どうみても場所が違う。


 神社の鳥居らしきものが近くに見当たらない。


 一体どこなんだここは……。




ガサガサ…………トサッ




 突然、燃えている草むらから、赤い塊が凄い勢いで飛んできた。



 それは一匹の赤い犬であった。

 目は血走り、涎は滴り落ちていたが、落ちる前に蒸発している。


 よく見ると額から血を出しているのが見える。

 全体的に赤い色をしていたため、血だと分かりにくかったが、それがわかるほど近くまで来ていたという事だ。


 僕の焼身の火が犬に燃え移ったんだろうか?


 それにしても犬は平気な顔をしている。


 どちらにしろ、この状況は絶体絶命だと感じ取れた。

 その〝燃え犬″が近いせいか、熱気をムンムン感じる。




 自分の記憶では、ガソリンをかぶって自殺をする思い切り……死への恐怖は欠落していたはずなのに、今では足元から恐怖を感じている。


 ただただ「怖い」と。



 僕は竦んだ足を奮い立たせ、逃げようと振り返って全力で走り出そうとした。


 だが獣から逃げ切れるほど甘くは無かった。


 足元に飛びかかってきたそれをどうにか躱したが、その背後から次々と同じような〝燃え犬″が集まってきている。



「……これは僕、食われる?」



 そう呟いた瞬間、左足に違和感を感じた。


 見ると、ズボンの裾が溶けて膝下が露わになっている。

 今の犬の攻撃で溶けたんだとすぐにわかったが、そんなことを考えている暇は無かった。


 大体6匹くらい……食われる前に燃やされて溶けてしまうんじゃないかと、変な想像が頭を過ぎる。



 いや、きっと想像じゃない。

 こいつらは完全に僕を狙いに来てる。

 今この瞬間もジリジリと迫ってきている。

 逃げたところで確実に追ってくる。



 一度は死んだ身。


 今度こそ〝燃え犬″たちに襲われたら楽になれるだろうか。


 諦めてしまおうと走る速度を緩めたその時……親父の言葉が脳裏に蘇る。




 5歳の時の記憶……。




~~~




「最後に立っている者は諦めなかった者たちだ。焔、お前に教えておこう。挫折せずに這い上がれた者などそうそういない。自分を信じられるまで汗水垂らして努力して……。それでも本当にどうしようもない時ももちろんある。それでも足掻くんだ、抗うんだ。死んでしまうその時までやってみるんだ。どうしようもない時ってのは死んじゃった時だ。それまで自分の中に眠る燃え滾る闘志を忘れないことだ。焔、お前の名前の由来……。忘れるな――」




~~~




 僕が小学1年くらいの時の親父のセリフだろう。


 微かに思い出した。


 声も覚えている。




 ……このセリフを思い出した刹那――。




「うおおおおおぉぉぉ!!」




 僕の声は山中に響き渡りこだました。


 走り出していた。


 だらしなく声を上げて、恥ずかし気もなく涙を流し、それでも無心に走り出していた。


 やっぱりまだ生きたいと思う気持ちだけを胸に。


 自分でも信じられないくらいの未だかつてないスピードが出ている気がしたが、それでもまだ追ってきているのだろう。


 きっといつかは追いつかれてしまうのだろう。


 それでも僕は後ろは振り返らずにひたすら走る。



 すると眼前に川が見えてきた。


 ふと気づいたが、さっきまでの燃え盛る赤色っぽい景色ではなくなってきて、青や緑といった懐かしい色が見える。


 僕は何も考えずに飛び込んだ。




 あ……。




 何も考えなさ過ぎた。




 僕は泳ぎが得意ではなかった。




 ブクブクと沈んでいく体……。


 焼けるような肌には気持ちよかったが、またも呼吸ができずに死んでいくのかと……。


 やっぱり僕は結局死ぬのかと……。


 今回は無性に腹が立った。


 「死にたい」と思った時には死ねず、「生きよう」と思った時に死ぬ……?


 この世界の不条理を改めて思い知らされる。




 そして意識はまた途切れるのであった。

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