第3話 焼身自殺(しょうしんじさつ)

 遠くで賑やかな音や声が聞こえている。



 昼間は全く人の気配がなかったが、今は神社の方向から昼間のような灯りが見える。


 大晦日の神社、当たり前だろう。



 僕はその群れに合流せず、神社へ続く階段を通り過ぎ、人気のない材木置き場まで歩いていく。



 その足取りは重い。



 大晦日だというのに家族や大事な人との団欒を選ばず、何でこんなどうしようもない男をからかうのだろう。

 面白いかどうか知らないが、かなり長いことターゲットにされている。

 親友もクラスメイトも、家族も、お金も失い、孤独の中でずっと耐えてきた。


 もう心身ともにズタボロだった……。




 そんなことを考えているとあっという間に材木置き場の入口に着いてしまった。

 この位置は中から丸見えなのですぐに気づかれてしまう。


 すると数人集まっているところから声がした。


「おっ、きたきた」


「遅えんだよ! 早く来いよ!」


 一際大きい男が響き渡る声で一喝した。



 全部で7人……。



 柄にもなくあのちからで解決できるか考えてみるが、最近忙しくて全然火を出していない上、未だ制御も出来ていない。


 力を力でねじ伏せることは根本の解決に繋がらないことも今は理解している。



「お前さぁ……、明日何の日か知ってる?」


 周りのヤンキーたちは顔を見合わせて笑っている。


「元日でs――」


「ちげぇよ!!」



 言い終わる前にいきなりの怒声。


 一瞬周りが静かになる。



「明日はな……。お前が俺にお年玉をくれる日だ」



 周りの奴らに笑いが戻る。


 その中に『アンジ』はいた。



 昔は仲が良く、いつも一緒に遊んでいた。


 体が小さく気が弱い彼はどこへ行くにも僕の後ろをくっついて歩いてきた。



「サエちゃん、またスロットで負けたんしょ! 『年越しそば~』って言いながら100円のカップ麺とか質素すぎてモロバレだったんだけどw」


 近くにいた茶髪の男が屈託くったくのない笑顔で言う。



「おまw うるさいよww ……ってことでお年玉ちょーだい」



 そう言って手を出してきた。



「さえちゃん、まだしてないから。まだだから」


「いいんだよ。俺はそんなの気にしねぇよ」



 最初のうちは数千円で満足してくれていたが、今では万単位で要求される。



「……もう、お金ないです」


「皇ぃ。そんな言い訳、通じると思ってんの?」


 そう言ったのはサエキさんの横で腕組みをして出てきたアンジだった。


「お前、両親死んだじゃん? 遺産がっぽりだろ? 一緒に住んでるばーさんもボケてきてんなら金なんかまだまだあんだろうが」



「……っ」



 言葉にならない。


 頭がボーっとして目頭も熱い。


 零れ落ちそうになる涙をどうにかこらえていると、サエキさんは立ち上がって僕の近くへ来た。


「あー、もういいわ。じゃなくて、俺がつけさせてやんよ」



 そう言うとサエキさんは手下にポリタンクを持ってこさせた。



「神社にガソリンを撒け」


 ……これはもういじめの域を超えている。

 ただの犯罪だ。


「さ、さすがに……出来ません……」


「ならお前にこのガソリンをかけて火をつけてやる。されたくなきゃ神社に火をつけろ」


「大晦日だ! 邪気を払え! 皇!」

「ただの焚火だと思えばできる! 歴史に名を残せ!」



 周りからも火をつけろコールが飛び交う。


 アンジもそのコールに参加している。



 婆ちゃんの面倒で憔悴しょうすいしきっていた僕はもう限界だった。


 どうせ学校にも……家にも……僕の居場所はもうどこにもない。

 居場所はもう……どこにもないんだ。



…………。



 途端に何かがプッツリと切れた気がした。


 置いてあったポリタンクを奪い取り、頭からガソリンをかぶる。



バシャア……



「おぉ⁉ やべえ、暴走したぞコイツww でもお前、ライターなんて持ってねーだr――」



パチン



 指を鳴らすと、視界は瞬く間に赤く染め上がった。


 体にかけたガソリンに引火し、みるみるうちに炎に包まれていく。



ボオウ……メラメラ……



「あ……あ……お、おい……誰だよ……本物のガソリン入れたのはぁ!!」

「お、俺じゃないスよ! てっきり水だと……」

「ば、バカ! は、早く消せ!」



 息が……できない……。



 周りの空気が燃えてしまったためか、酸素を取り込めず息苦しさで倒れ込んだ。


 「このまま死ぬ」という感覚が頭の中を埋め尽くす。



 ただ、両親と似たような死に方でむしろ本望だと思った。


 その為か、熱さはあまり感じずむしろ安堵あんどしていた。




 死ぬ寸前になると、逆に熱さなんて感じないのだろうか。




 燃えながら倒れこんだ僕は、慌てふためく男たちに目をやった。


 上着を脱いで僕の火を消そうとしている。


 本当は死なせるつもりなんかなくて、ただ脅かして怖がらせて満足している低俗な者たち。



 しかし今となっては自分は死に逝く者。


 そんなことはどうでもいい。


 消そうとしてももう無駄だと静かに目を閉じる。


 覚悟を決めたからだ。




(あ……一つだけ心残りが……)




 喋ったつもりだが声にならない。


 ただ、婆ちゃんのことが気がかりになった。


 僕が死んでもちゃんと生きていけるのかと。




「あががあ!!」



 突然の叫び声。

 薄っすら目を開けた先に、1人の男が火だるまになって転げ回っているのが見えた。


「お、おい! 黒神! く……黒神にまで燃え移ったぞ……!」


「やべぇ、ポリタンクごといった! こんな火、もう消えねぇよ……! ……逃げろ!」


「アちちちちちちゃ! 助けて!! ああああ……!!」



 聞こえたのはアンジの断末魔だった。


 僕から引火した火は近くにいたアンジを焼いている。

 まさか助けに来てくれてたのか……。



 だが火のまわりが予想以上に早く、既に事切れた様に倒れている。



 ごめん……アンジ、僕はいい気味だなんて思わないよ。

 


 きっとアンジは孤独だったからこんな風になってしまったんだ。

 形的には僕は裏切られたけれど、僕はその友達を憎みたくない。


 むしろ可哀想……だ……。






 動かない体と薄れゆく意識の中、周りの事態を考える余裕が僕にはもうなかった。




(人の最期……って……案外呆気……ない……な…………)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る