男だって恋バナで盛り上がることもある。





 下山後は旅館内で各自休憩だ。部屋に戻ってのんびりするもよし、ロビーで友達と駄弁るもよし、旅館側に迷惑がかからない範囲での自由行動、ということになる。

 いつもの四人と固まって、と言いたいところだが、なぎさが静養のため部屋に戻り、菊原さんもその付き添いにと連れ立っていった。というわけで男三人、部屋に戻って座り込んだ。残りの一人はどうやら部屋には戻っていないらしい――恐らく静かな場所で本でも読んでいるんだろう。

「あー、ガチで疲れたわ」

 ぼやく裕二に、直也が同意する。声を出すことすら億劫そうだ。

 かく言う俺も、手足の震えこそ収まったものの、今度は気だるさが押し寄せる。

「そんな重かったんか」

「失礼すぎんだろ」

「まー実際大したもんだよな。そんな力あるようには見えんけど」

「意外と家事で鍛えられてたってことなんかなぁ」

 いくら家電の進化が著しいとはいえ、力を使う場面だって決して少なくはない。それが自分でも気付かない内に筋力をつけるきっかけになっていた……なんてのは、希望的観測が過ぎるか。

「そういやスポドリいくら?」

「いやいい、奢り奢り。菓子代くらいに思っとけ」

「悪い」

 相変わらず気のいいやつだ。

 なぎさの隣も心地良いけれど、気楽っていうならこいつらだ。やっぱり異性相手は気を遣うところもあるし、なんならちょっとした仕草によくない感情が沸き起こったりもする。その点男友達ってのはフラットな気持ちで、気を遣うことなく接していられる。

 服がはだけるのも気にせず手も足も投げ出して、畳の上に大の字に。特に今は、ってのもあるけれど、なぎさの前じゃこんなことはできないな。

「お行儀が悪くてよ」

「まぁなんてはしたない」

「すげぇなお前ら」

 心を読んだかのような小ボケに戦慄走る――。

 なんて茶番を繰り広げながら、ダラダラと時間は過ぎていく。疲れからか言葉数は少なく、ただひたすらに体力の回復を待つ。

 やがて休憩時間が終わり、修学旅行は次のプログラムへ。

 クルージング、ということで俺達は揃って港へ。用意された漁船に乗り込み、大海原へと滑り出す。

 俺達が痛感した一つの真実――海は、よっぽどきれいじゃなきゃ、遠くから見た方がいい。

 とはいえ波に揺られながら風を切り、さんさんと水をかき分ける様はなんとも小気味よく、目に耳に楽しい。遠くから見えたちょっとした岩場だとか、海側から見る町並みだとか、山や町から見るとは違う景色が広がっている。

 これはこれで、まったく違う楽しみだなぁ。

 そして夕飯時、旅館に戻った俺達を迎えたのは、海の幸をふんだんに使った料理の数々――ではなく、旅館によくあるメニューの数々だった。なんだよそれ、思わないでもないけれど、新鮮な海の幸は明日の楽しみにとってある、というのが我が校の修学旅行における伝統らしい。

 旅館の食事もクラスごとに固まりつつも自由席。いつも通りのメンツであれを取り合いこれを譲り合い、賑やかに過ごした。さすがにプロの作ったものだけあって、海の幸にこだわらずともうまいものはうまい。

 それから自由に過ごしつつ数グループごとに入浴を済ませ、あとは寝るだけ。

 部屋に戻った俺達は布団を敷いて掛け布団の上でごろ寝をし、顔を突き合わせて雑談を始めた。

「で、お前らどうなん?」

 開口一番、裕二の疑問が向かう先は俺。言わんとすることは、聞かずともわかった。

「付き合ってねぇぞ」

「今日お前らずっと一緒だったろ。修学旅行ってかデートしにきたんか」

「羨ましいか」

「羨ましいが?」

「正直なやつだな」

 つまり、なぎさとの関係性の話だ。

 菊原さん然り、周りから見ればもう好意は見て取れるってことなんだろうな。俺からもなぎさからも、少なくとも何らかの「好き」があるのは間違いない。

「だってお前さぁ、好きでもない男におんぶするか? って言われて、されねぇだろ」

「そういうもんか?」

「そういうもんだろ。なぁ直也」

「そういうもんだ。怪我してても多少は無理するな、普通」

 何しろ恋愛経験どころか女友達すら少ない俺には、「普通」ってのがどんなもんなのかがいまいちわからない。まちは知っての通りのブラコンで、女性というものの気持ちを探るサンプルとしてはまったくの不向きだ。

 例えば菊原さんならどうだっただろうか。怪我をして、おんぶしようかと聞いてみる。なぎさほど素直に聞き入れてくれただろうか?

 とはいえ彼女もやっぱり距離感がおかしくて、料理教室の際にはああ・・なってしまったわけで。

「……実際、俺この三日間で告ろうと思ってんだよな」

「マジか」

「やべぇな」

「やべぇかな?」

「いやいけんだろ。マジかぁ、正直お前にこんな日が来るとは思ってなかった」

「俺も。マジで妹の話しかなかったもんな」

「俺も思ってなかったわ」

「おい当事者。……でもお前、知り合って二ヶ月だぞ? 展開早すぎるわ」

「好きに時間は関係ない、ってこと、かな」

「ぶん殴るぞ」

 本音を言えば、そりゃあ関係はあるだろう、とは思う。

 なぎさが「出会う前から信じちゃってた」なんて言ってたけど、多分俺の方こそそんな状態だったんだろうな。一緒にいる時間が多いほど好意を持ちやすい、なんて研究があると聞いたことがある。要するに期間こそ短いものの、会った時間はそれなりに多いってことで――時間は確かに、関係あったってことだ。

「そういうお前らどうなん。菊原さんとか」

「俺はないな」

「……正直、ちょっといいなぁと」

「マジか直也」

「いや、まだ確定ってわけじゃないけどな? でも……よくね?」

「いや聞くなよ。マジかぁ、俺だけハブかよ」

「ハブとかじゃねぇだろ」

 そういえば直也も、そこそこ菊原さんと話しているところを見かけることが増えていた気がする。となれば好意を持ちやすく、まんまとその理論に引っかかってしまったわけだ。

 残る裕二には特に意識する人はいないらしい、が。

「まち……とか?」

「いやぁ、めちゃくちゃかわいいとは思うけど……なんかこう、妹的な」

「俺の妹だろうがよ!」

「的な! な!」

「うるせぇなお前ら」

 悪い、と直也に謝り、部屋の隅で本を読むルームメイトに謝り、また友人達に向き直る。

「実際まちちゃん自身がさ、恋愛にまったく興味なさそう感があるよな」

「あー……それは確かに、あるかも。今はアイドル活動に夢中なところあるな」

「なんか数字かなり伸びてんだろ? すげぇよな」

「直也は郡山さんとかまちちゃんとかチェックしてるんか」

「そりゃあ、せっかく知り合ったんならある程度はってなるだろ。ならん?」

「いやなんか、知り合いだからこそ調べるとキモくねぇかなと思っちゃって」

「あー……盲点だったわ。どうなんお兄様」

「誰がお兄様だ。少なくともまちは気にしないけど」

 確かに、考えてみれば「身辺調査」に近しいものを感じてもおかしくはないのか。とはいえ彼女らはそれを望んで活動していて、全世界にその情報を発信しているわけだ。

 知り合いとして正しい態度はよくわからんが、まぁ、配信で言ったことすべてを詳らかに話すなんてことがなければ大丈夫だろう。

 そんな感じで脱線を繰り返しながらまた同じ話題に戻ったり、取り留めのない雑談は一時間を超えてようやく終息を迎えた。

 各々布団にくるまってスマホを持ち、無言のまま動画を見たりネットをしたり。

 旅館でジャージに着替えて、駄弁っては黙り好き勝手に時間を潰す。それだけのことが、なんとも「修学旅行」を感じさせる。見慣れない和室で、周囲には友達がいて、どこを探してもまちはいない。

 ふと気になって布団を出て、広縁の窓際へ。辺りはすっかり暗く、夜闇に浮かぶ海に月明かりが道を作る。ここからじゃ波音までは聞こえないけれど、それさえも感じさせるように小さな光がゆらりと動き、寄せては返し、寄せては返す。

 馬鹿みたいな雑談もいいけど、旅行の風情に浸るのもやっぱり悪くない。振り返れば相変わらずスマホに夢中の二人と、本を読み続ける一人。

 なんというか今、俺、かっこよくないか。なんて、思ってみたりもする。

 夜の海に向けてスマホを構え、月を一緒にパシャリと一枚。うん、これもまちに見せよう。

 立ち上がって布団を避けるように部屋の隅を移動し、入口へ。

「飲み物買ってくるわ。お前らは?」

「いらね」

「俺も」

 もう一人に視線をやって尋ねれば、「大丈夫、ありがとう」と返ってくる。そう、彼はとても礼儀正しくて、決して俺達は彼を嫌ってはいない。そうでなきゃ一緒の部屋で寝泊まりなんてできるものか。

 部屋を出てロビーへ。ロビーにはまだ生徒達が残っていて、思い思いに過ごしている。自販機前にも何人か、ペットボトル片手に小さな声で談笑していた。

 紅茶のボタンを押して、スマホで決済。ガタンとそれが落ちてくるのと同時、横から腕が伸びてきて取り出し口に手を突っ込むじゃないか。

 何だどうした誰だとその方向を見れば、紅茶のペットボトルを手にしたなぎさがにっこりと笑っていた。

「一口ちょーだい」

「いいけど、いいん?」

「いいじゃん?」

 かちりとキャップを開けて、躊躇うことなく口にする。まぁ、そりゃあ一口目で躊躇する必要もないけど。残りを受け取った俺の気持ちも、少し考えてほしいなぁ、なんて。

「あっちいこ」

「おぉ」

 ロビーの隅、かろうじて空いていた丸いソファに、俺達は揃って腰掛ける。

「買いに来たらいたからさー、そんなに欲しくもなかったし。ごめんねー」

「いやいいんだけど。そういや足大丈夫?」

「うん。おかげさまですっかり。紅茶の分も含めて、お返しは期待していいよー」

「そりゃ楽しみだ」

 ついさっきまで恋バナみたいなことをしていたせいか、どうにも、なぎさの顔をまともに見られない。もう見慣れつつあるジャージ姿も、やっぱり普段のなぎさとは少し違って見えて――旅行ってすごい、とつくづく思う。

「お風呂、広くてよかったね」

「だなぁ。女子風呂と男子風呂、違うんかな」

「大きくは違わないんじゃない? 細かいとこはわかんないけど」

「俺普段あんまり温泉とか銭湯とか縁がないから、マジでよかったわ」

「あたしも。ただ時間が区切られてるから、次は自分らで行きたいね」

「確かに。もっと長風呂したいくらいだった」

 ほら、こういうことを平気で言えてしまう。何の気なしに「自分らで」なんて、一緒に行くことを前提にしているみたいに。

 紅茶を飲んで息を整えキャップをすると、なぎさがそれに手を伸ばす。見れば、照れくさそうに笑っている。差し出して、飲むのを見て、また受け取って。

 これを飲んでいいものか、しばし悩んでみる。

「あれ、もしかして」

「うるせぇ」

「それなら最初に悩みなよぉ」

「うるせぇ」

「あはは、うるせぇBOTだ」

 まったく悪びれずに笑うなぎさに毒気を抜かれて、俺は観念して紅茶を飲む。

 本当、今日は一日ずっとなぎさと一緒だったな。修学旅行に来たんだか、デートに来たんだか。


 けれどまだ、不思議とその気・・・にはならなかった。

 チャンスはいくらでもある、なんて思ってるわけじゃないけれど、今はなんとなく、楽しくて。

 消灯時間近くまで、そのままなぎさと過ごした。




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