推しど萌え!~推しがドルヲタで妹がアイドルで、兄萌えで~

楠くすり

推しと妹。




『んじゃあ早速、パーティナイトファンタジーの続き、いきまーす』

 パーティナイトファンタジー、二千二年発売の人気RPGで、いかにも『陽の者』な主人公一行が、ノリと勢いで世界を救う旅に出るというよくわからない設定のコンシューマーゲームである。

 とにかくノリと勢いで押し通そうとするコミカルなストーリーが人気で、その掛け合いに何度も笑わせられる。

 ゲームバランスとか、システムとかUIとか、色々と語りたいことは多いけれど、そんなことは一旦置いておいて。

 大事なのは今、画面の向こうでそれをプレイして、俺たちに実況してくれている配信者。

 なぎ。

 句点まで含めて、『なぎ。』というのが彼女の名前。

 年齢は十六で、俺と同い年。いかにも『陽の者』で、いかにもな感じのギャル。

 そんな彼女が、二十年以上も前のゲームをプレイして、ゲラゲラ笑って楽しんでいる。色々なゲームを手広くプレイしている彼女だけど、結構な「おっさんホイホイ」ぶりで着実に人気を伸ばしていた。

 ギャップというかなんというか。めちゃくちゃオシャレでめちゃくちゃかわいくて、けれどどんなゲームも一生懸命に楽しんでいて、見ていて本当に飽きないんだ。

 時折コメントのことも忘れてゲームに夢中になってるところとか、最高。

『ガチ? え、待って待って聞いてない』

 序盤から頼りになった仲間が中盤辺りで敵の幹部に殺され、突如シリアスになる急展開。目を白黒させるギャルは、画面右下の小さなワイプでもわかるくらい涙を流す。

 あー、今日も入り込んでるなぁ。これだから『なぎ。』はやめらんないんだ。

 によによと気持ちの悪い笑みを浮かべたところで、右耳のイヤホンが何者かに外された。

「ただいま」

「おー、おかえり」

 安物の椅子に座る俺の背にのしかかり、肩からにょきっと顔を出す女の子。

「何見てるの?」

「ゲーム実況」

「女の子。ギャルっぽい」

「なぎ。っていう子」

「おにぃ、こーゆーのが好きなんだ」

「いや別にギャルとかはどうでもいいけど」

 あくまでゲームに対する姿勢が気に入ってるだけで……とは、言い切れないか。そのギャルっぽさとのギャップっていうところも、まぁ、なきにしもあらずで。

 今どきそれも偏見なのかな。

 右耳用のイヤホンを左耳につけた女の子は、俺の肩に顔を乗せたまま画面に見入る。

「私のがかわいいよね」

「張り合うなよ。つか暑い」

「まだ春先だよ。エアコンすらいらない時期だよ」

「言い直すわ。暑苦しい」

「……今日もいい塩加減」

 料理みたいに言うな。

 それでも結局離れてくれないから、俺はいつも通りにそれを諦める。

 見なくてももう覚えている。

 どこかアンニュイな空気を醸す顔つきはともすれば妖艶で、少し半眼気味なその眼差しはどこか冷ややかさすらにじませる。細く短めの下がり眉、小さくても通った鼻筋、薄く笑んだような唇。黒のセミロングは毛先が小さくカールしていて、濡れたように艷やかだ。

 自他ともに認める美少女。どこか少女離れした。

『うぅ、マジヤバイ。展開エグいってぇ』

 画面の向こうでは、方向性の違う「元気!」っていう感じの美少女が、仲間の死を克服して立ち上がる主人公たちに感動している。

「あざとい」

「うっせぇな黙らすぞ」

「え、口で」

「よし歯ァ食いしばれ」

「冗談。ねー、明日から私高校生なんだよ。早く寝ないと、一緒に登校できないよ」

 時刻は午後十時。確かにもういい時間ではあるけど。

「……じゃあ、投げ銭だけしとくか」

「えー。もったいなーい」

「今日はいいとこだったから、いいんだよ」

 えっと、おやすみ、とか、途中ですが、とかは余計な一言だよな。

 まぁいいか。チャットなしで金だけ投げとこう。

 ブラウザを閉じ、PCをシャットダウンして、改めて向き直る。

「まち、おかえり」

「ただいまぁ」

 こうして髪を撫でて、目を細める妹を見るのもまた日課。『なぎ。』を見る以上に長い間続けてきた習慣だ。配信を見ながらおざなりにしていいものじゃない。

 それにしても、こういうのって妹のほうから嫌がるもんだと思ってたけど。

「じゃあ、お風呂入ろっか」

「ぶっ飛ばすぞ」

「……入ってきまぁす」

 とぼとぼと部屋をあとにする妹、遠野まちを見送り、改めて背筋を伸ばす。

 今日はあんまり見られなかったけど仕方ない。妹の入学式は確かに大事だし、一緒に行くと約束したのも俺だ。

 約束を破るのは何よりよくない。もぞもぞとベッドに潜り込んだ俺は、リモコンを使って部屋の照明を落とした。




 朝は、二人分の朝食作りから始まる。うちの両親は海外を飛び回っていて、家に帰るのは年に数えるほど。製造業で海外展開しているため、品質管理だのなんだので色々と見て回ってるとかなんとか。

 だから俺が一日三食、妹の分も用意しなくちゃならない。とはいえ朝は忙しく、簡単なもので満足してもらわなくちゃいけないのが心苦しくはあるけれど。

 チーズオムレツと水菜のサラダ、インスタントのコーンスープにトースト一枚。まちはいちごジャムが好きだから、瓶ごとテーブルに乗せておいて、さぁ完成だ。

 いつも決まった時間に出来上がり、いつも決まった時間にリビングに顔を出す。眠たげな様子もなく、しっかりと真新しい制服に袖を通して、まちは笑いながら俺の前に立った。

「おはよー」

「おはよう」

 帰ってからと、起きてすぐ。髪を撫でるのは一日二回、始まりと終わりに、「がんばろう」と「がんばったね」を込めて。

「おいしそー」

「さっさと食ってさっさと行くぞ」

「はぁい」

 席について「いただきます」。妹と二人きりの生活で、だからこそ礼儀だけはおろそかにできない。

「おにぃ」

「似合ってるよ」

「ありがとぉ」

 だらしなく笑うまちに、仕方ないなと苦笑いを漏らす。

 オムレツを頬張って、今日もいい出来だと自画自賛。目の前の妹も、むぐむぐと満足そうに味わっている。

 料理に関してはもう十年選手だ。小学校に上がった頃から続けている。そんじょそこらの大人にも負けない自負があるし、なんなら父さんと母さんも、帰ってくるたびその味を褒めてくれるんだ。

 妹が過剰に懐いてるのはたぶんそのせい。俺は兄であり、親代わりでもあったってわけだ。今更厳しくしつけたところでどうにかなるものでもなし、そのうち恋でもなんでもすりゃあ変わるだろうと楽観しているだけのこと。

 何より平々凡々な顔立ちの俺にとって、美女とも言える妹の存在は、純粋に誇らしい。隣を歩いていると、なんというか、世間に肯定されているような気分になる。

 だから一緒に登校しよう、なんて甘えたおねだりも、なんだかんだ聞いてしまうわけだ。朝食を食べ終えて諸々の準備を終え、俺たちはそろって家を出た。

 隣を歩くまちは見るからにご機嫌で、ほぼ同じ高さにある顔は薄っすらと笑みを浮かべている。

「義務教育終わって、なんか大人になった感があるよねぇ」

「ないな。俺もお前も、まだ全然子供だろ」

「おにぃは冷めてるなぁ」

「まぁ、どっちかといやぁまちのほうが大人だな。一応働いて、収入があるわけだから」

「って、あんまりギリギリ過ぎてお小遣い程度にしかなってないけどね」

「十分だろ」

 今日から高校生、ついこないだまでは中学生だ。そもそも収入があるほうがおかしい。

 身長は百七十に届きそうなほどで、胸だってそこそこに育ってきている。制服を着てなきゃ、大人に見えたっておかしくない。

 のに、言動がいかにも中高生なもんだから、ギャップに困惑する人も多い。

 紺色の、これぞと言わんばかりのセーラー服。真面目に着こなしているまちだけど、やっぱりどこか他とは違う。スタイルのせいか、姿勢のせいか、歩き方のせいか。

「まち、どうやったら姿勢が良くなる?」

「え? 意識だけ変えても辛いだけだから、筋トレしないとダメじゃないかな。あとストレッチも」

「そうだよなぁ。筋トレもストレッチも辛いっつの」

「私だってお仕事だからやってるんだよ。でも、慣れればそこまででもないよ?」

 慣れるまで続かねーよ。

 無言で主張すると、まちは笑って俺の肩を叩く。どんまい、じゃねぇよ。

「おにぃはもっと私に頼ってもいいと思うんだ」

「お前こそ忙しいだろ何言ってんだ。暇だからやってるんだろ」

「……もう。でも、すき」

 はいはいどうも、とため息をつく。何度このやり取りをしたか、事あるごとに蒸し返してくるまちが、少しだけ煩わしくもあり、その成長が少しだけ嬉しくもあり。

 スマホを取り出し時間を確認すれば、まだまだ余裕があるようだ。

「使ってくれてるね」

「ああ、これ?」

 裏返すと見える透明のスマホカバーには、大きくサインが書いてある。まちの『お仕事』に関するもので、これはその練習台だった。

「せっかく書いてくれたし」

「……おにぃって情緒よくわかんないって言われない?」

「え? いや?」

 お前のその質問の意味がよくわかんない。

 ともあれ通学路に一切の問題なく、校門に飾られた入学式の看板を前にぱしゃりと写真を撮り、メッセージアプリでそれを両親に送り、俺たちは無事に学校へたどり着く。



 入学式に取り立てて変わったこともなく、いつも通りの退屈な式典。俺たちにとっちゃ、始業式も終業式も、入学式も卒業式も大差ない。

 情緒もクソもねぇな、なんて自嘲しつつ教室に入ると、見知った顔もちらほらと。さすがに新学年、友達の一人もいなかったらと不安な気持ちもあったけど、これでどうにか一安心だ。

「衛くぅん、一緒じゃーん」

「おぉ、裕二。これでぼっちは免れたな」

「だなー。ってかよ、お前あれだろ、今年から妹が」

「手ぇ出したらマジお前ぶっ殺すぞ」

「……怖ぇよ」

 怖くない。妹を持つ兄として当然の防衛本能ってやつだ。

 いや、実際一個違いの兄妹でここまで距離が近いってのが、どっちかというとな部類に入るって自覚はある。

 けれどもまぁ、俺がまちの親代わりであるように、まちもまた、なんだか俺の子供のような存在で。

 ……いや、さすがに言い過ぎか。

「まぁでも、紹介くらいはしろよ」

「気が向いたら」

「……向かねぇやつじゃん」

 そうだな。二年くらいは向くことはないだろうな。

「うそうそ、さすがに鉢合うこともあるだろうし」

「お前と同中おなちゅうのやつ皆かわいいって言うじゃん。やっぱ期待値上がるよなー」

「手ぇ出したらマジお前」

「いやいいって天丼とか」

「悪い」

 馬鹿な友人と駄弁っている時が、なんだかんだで一番楽しい。

 推し活の楽しさはまた別ってことで、俺は会話の最中でも構わずスマホを取り出す。

 そういえば半月くらい前から、『なぎ。』が配信を休んだ時期があった。「引っ越すんだ」と直前に話していたから、昨日の配信は新居からということだろう。防音室であろう背景が全然変わっていない様子だったから気にも留めてなかったけど……

 同い年、高二で転校か。せっかく一年掛けて築いた人間関係を捨ててまで、どうしてそれを選んだんだろう。親の仕事の都合とか、そういうことは一切話していなかった。

 一身上の都合――よくある言い分で、彼女は明るくごまかしていた。

 SNS上でパブリックサーチパブサしてみても、詳しい情報は一切載っていなかった。人気配信者、とはいっても数字的にはさほどでもない。今どき数十万、百万も珍しくない世界だ。仕方ないのかもしれないな、と苦笑いを漏らしたところで、担任の登場だ。

「は?」

 嘘だろ、おい嘘だろ、どうなってんだ。

 隣に立つ女子生徒。まちと同じ、これぞ・・・と言わんばかりの紺色のセーラー服を着てはいるけれど、胸元のリボンはまちとは違う色で。勝ち気なツリ目釣り眉を、楽しそうな唇の笑みが快活な印象に変える。明るい色のショートウルフヘアーは爽やかで、セーラー服をゆるぅくアレンジすれば、いかにもなギャルといった風情で――

 俺の推しが、そこにいた。

郡山こおりやまなぎさでーす。よろしくー。ゲーム配信とかしてるから、よかったら見に来てね!」

 本名とか別に、知りたくなかったけど――

 なぎさ、で『なぎマル」……ってことだったのか。心に留めておこう。



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