第11話 美味しいパイをあげるか、腐ったパイをあげるか……。

 老人の言う通り、少し経つと林檎の木に七つの実が成った。

 一つは金色の林檎で、五つは普通の赤色の林檎、最後の一つは変色していて明らかに腐敗が進んでいた。

 確か老人は金色が一番まずくて、腐ったのは一番美味しいって言っていたっけ。

 試しにこの七つの林檎を使って、パイを作る事にした。

 もちろん、バラバラになってしまったら、部分的に味の美味しいマズイが分かれてしまうので、『金色の林檎パイ』『普通の林檎パイ』『腐敗した林檎パイ』の三種類を作った。

 金と腐敗のが小さめで一個ずつ。

 普通のは大きめで三個作った。

 でも、これをどうしよう。

 自分一人で食べきるには多すぎる。

 そう考えていた時、またドアをノックする音が聞こえた。

「はい」

 すぐに返事をしたが、何も言わなかった。

 気のせいかなと思って無視したが、今度はドンドンとドアが振動するくらい大きなもの音がした。

「は、はい!」

 慌ててドアを開けると、アップルちゃんが立っていた。

「やぁっ! 美味しい匂いがしたからやって来たよ」

 アップルちゃんはそう言って、のっそのっそと中に入った。

 彼の手に何かを持っている事に気づいた。

「それは?」

「あぁ、手紙だね。玄関の前に置かれていたから拾ってきたよ」

 熊は私に見えるように封筒を見せてきた。

「もしかして私から?」

「あぁ、差出人は……シナーノ王子と書いてあるな」

「見せて!」

 私は熊から奪うように手紙を取り、封を開けた。

 手紙にはお茶会の招待状が書かれていた。

 場所は……トラウマの噴水のある庭園だった。

「これは……本物でしょうか?」

 私はアップルパイちゃんに手紙を見せた。

 熊はドレドレと内容に目を通した。

「恐らく罠の可能性があるね。破り捨てなさい」

 彼はそう言って返した。

 私はふとある事を思いついた。

 もしかしたら、姉に仕返しをするチャンスかもしれない。

 そう思ったが、アップルちゃんには言わないようにした。

 止められてしまう可能性があったからだ。

「ほほう、五つ作ったのか……誰にあげるんだい?」

「あ、えーと……まずはアップルちゃんに」

 私はそう言って、普通のを一個あげた。

 熊は予想外だったみたいで、「いいのかい? なんかいつも悪いね」と嬉しそうに受け取っていた。

「早速いただくよ……あむ。うんうん、相変わらず最高に美味だ!」

 熊は美味しそうにバクバク食べて、あっという間に完食してしまった。

 すると、そこに小人達が帰ってきた。

「ただいまーー! お? アップルパイがある!」

「しかもこんなにたくさん! やったーー!!」

 小人達がワラワラとアップルパイに群がってきたので、私は「駄目! 全部は駄目!」と慌てて二個を小人達の届かない所に置いた。

「はいっ! どうぞ、食べて!」

 私は残り二つのアップルパイを小人達にあげることにした。

 もちろん、普通の林檎のパイだ。

 キチンと切って断面を確かめたから、大丈夫だ。

 小人達は嬉しそうに食べていた。

 アップルちゃんはその様子を優しく見守っていたが、棚の上にある残り二つが気になっているのか、チラチラと見ていた。

「あれはどうするんだい?」

 ついに指差して聞いてきた。

 私は「小さいので、後で食べようかなと」と嘘をついた。

 アップルちゃんは「そうか」とだけ返して、これ以上は何も言わなかった。

 小人達はあっという間に最後の一個になったらしく、それを巡って争っていた。

「ほらほら、ケンカしちゃ駄目でしょ」

 私は熊の視線を感じつつも小人達の仲裁に入った。

 パイを食べ終わると、小人達はスヤスヤと眠っていた。

 陶器の身体に小さな布団をかけてあげた。

 アップルちゃんも協力して、全員に布団をかけてくれた。

「さて、私はそろそろ行くよ。アップルパイ、ごちそうさま」

「今日はありがとうございました。とても楽しかったです」

「あぁ、ワシもだ」

 アップルちゃんはノソノソ歩きながら家を出た。

「あ、そうだ」

 熊は急に立ち止まると、私の方を向いた。

「忘れ物ですか?」

「いや、モノじゃない。君に言わなければならない言葉だ」

 アップルちゃんはそう言って、頭を撫でた。

「くれぐれも棚の上にあるアップルパイを人にあげないでくれ」

 彼の言葉に思わずドキッとしてしまった。

「え、あ、どうして?」

 アップルちゃんは私が戸惑っているのを見て、真面目な顔から元の穏やかな顔に変わった。

「ハハハハ! いや、なに……ちょっとあのアップルパイは普段とは違う匂いがしたからな……もしかしたら腐った林檎を使ったかもしれないかなと思ってな」

 あぁ、よかった。

 金の林檎の事は知らないみたいだ。

「そ、そうなんですね……分かりました」

 私が頷くと、アップルちゃんは「それじゃあ」と言って去っていった。


 さて、この二つのパイをどうするべきか悩んだ。

 食べるか、捨てるべきか。

 それともあげるか……いや、それは駄目だ。

 アップルちゃんが言っていたじゃない。

 あれを人にあげちゃ駄目だって。

 どうかしていたのよ。

 あれを……金の林檎が入ったパイをベニーにあげるなんて……馬鹿げている。

 よし、こうしよう。

 もう一つはとても美味しいパイだ。

 私がどちらか食べて不味かったら、もう片方をベニーにあげる。

 逆に美味しかったら、口に付けていないやつを棄てる……これならいいだろう。

 さて、どちらにしよう。

 見た目は一緒だからどれが腐ったやつか分かんないや。

 えぇい、運命の女神様!

 私は左のパイを切って食べてみた。

「うっ……」

 食べた瞬間、口の中で腐乱臭がしたので、私はすぐさま吐き出した。

 よし、これが金の林檎のパイだな。

 私は食べかけのパイを持って、家の外に出た。

 少し離れた所に穴を掘って埋めた。

 これでよし。残ったのはとびきり美味しいとされているパイだけ。

 これをあげてもアップルちゃんは文句は言わないだろう。


つづく。

 

 

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