第23.2話 四日目。午前。むすひ(後編)

「――じゃあ、本当に触ろうとして触ったんじゃないのね?」


「はい。わざとじゃないけど当たっちゃって……センパイには本当に悪いことしたと思ってます」


 昨日の痴漢事件について説明し終えたりくは、神妙な面持ちで謝罪した。


「でもなんでこんな物・・・・渡そうとしたの?」


 咲久さくは呆れながら、提示されたお守りを手に取った。


 氷室ひむろのお守り。――それは、陸が過失を証明するため差し出した証拠品だ。


 けれど陸は答えに困った。「実は、ひまりの機嫌が悪いのは荒魂あらみたまのせいだと思って――」なんて、言えるわけがない。


 言えば「え!? リクってそういうの信じる系だったの!?」とかなるだろうし、「じゃなくて!」と、反論すれば、今度はなし崩し的に奇稲田くしなだとか破滅のことも説明しなくちゃいけなくなる。


 どっちにしろオカルト成分が濃い。泥沼だ。


 そもそも、陸はウソやごまかしが苦手なのだ。それができれば、最初からこんな展開にはなっていないわけで。




「……センパイ来年受験だし、お守りって人からもらう方が効果高いって言うし……」


「は?」


 どうにか納得してもらおうとひねり出した言い訳に、咲久が眉をひそめた。


 いくらひまりが来年度・・・受験だって言っても、今はまだ五月。今年のイベントもろくに消化してない内から、そんな物を贈ろうなんて酔狂、通用するはずがなくて。


「で、本当は?」


「……オレ、センパイニ、何カ、プレゼント、シタカッタンデス」


 もう一度チャンスをくれた咲久に、陸は心にもない理由を伝えた。


 でもマズい。言葉が死んでいる。

 これじゃまるでAI。いや。AIだって最近はもうちょっとマシなしゃべり方をする。


 こんなウソついてると、ますます咲久を怒らせてしまうだけ。

 けれど……


「あ。そう言う……」


 けれど意外なことに咲久は納得した。


「あ、あはは……そっか。ごめんねぇ。わたし、そう言うの全然気付けない人で――」


 気まずそうに視線を泳がせ始めた咲久。別に暑くもないのに手を団扇うちわ代わりにパタパタと扇ぎだす。


「ま、まあ事情は分かったし。そう言うことなら先輩にはわたしから説明しておいてあげるから、今度会ったら謝りなさいよ?」


 なぜか上気し始めた咲久は、そそくさと席を立った。


 ◇ ◇ ◇


「あ、あのさ! ……できれば今日、センパイに謝りたいんだけど」


 陸は逃げるように去る咲久を呼び止めた。


「えっ!? ……あー、明日じゃダメ?」


 と、なにを勘違いしているのか、ちょっと困った咲久。


「や。明日はちょっと。絶対に今日じゃないと」


「……なんで?」


「え?」


 咲久の質問に、今度は陸が困った。


 明日じゃ遅い。彼女には、学校にいる間の護衛を頼みたいのだ。でもそんなことを、まさか本人に言えるわけがない。


「……か、覚悟が……鈍っちゃう?」


 陸は苦しい理由を告げた。でもあながちウソでもない。


 相手はただでさえ苦手なひまりなのだ。

 その上、相手がおかんむりだと分かっているのに、それでも会おうだなんて、勢いにでも任せないとできるはずがない。


「……そう言えば今日、部活あったような気するし……うん。帰りにこっち寄ってもらえるか聞いてみる」


 ちょっと嫌そうだった咲久は、それでも最後には応諾おうだくしてくれた。


 ◇ ◇ ◇


「はあ……」


 一人席に残された陸は、ぐったりと天井を仰ぎ見ていた。


(予想外の局面じゃったな。しかしよう乗り越えた。わらわ感動した。まるをやろう)


「そりゃどうも」


 大して嬉しくもない賛辞を適当に流して、ぼーっと考える。


 なんかすげえ疲れた。もう帰って寝たい。でもできないんだよな。今日、奉仕あるし。

 でもセンパイ、今日部活なのか……あれ? でもだったらなんで、サクは部活行ってないんだ? 行けよ。同じ部活なんだろ?


 徒然つれづれなるまま思索にふけっていた陸は、ふとそんなことを思った。

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