極娘たちの契り道。

亜麻音アキ

#1



「……鷲見すみ組のあずささん、その特殊警棒が伸びきる頃にはわたくしのナイフが鷲見さんの喉を掻き切りますよ」

 華詩子かしこさんが手にしたナイフが、安物の蛍光灯の光を反射させてしたたるような冷たい輝きを放つ。

 

 白い太腿を大胆に顕わにし、逆の手で二本目のナイフを抜く体勢は整っているようだ。


 いやに白々しいほど輝くナイフの切っ先と同じくらい冷たく鋭い視線が、すんなりと伸びた艶やかな黒髪の隙間から貫くように隣へと向けられている。

 

「……えぇーっと、メリディアーニファミリーのお子ちゃま、確かー、琴吹ことぶき美逢みあっていったっけー? そんなのここで使ったらただ事じゃ済まなくなるよー?」

 手にした特殊警棒をまるでペン回しのように指先でくるくると転がしながら、梓さんは向けられたナイフに動じる様子もなく軽い調子で口ずさむ。


 口調はまさしく歌っているかのような軽快さだったが、やや癖のあるショートカットの毛先を踊らせながらさらに隣へと向けられた視線は、まったく笑ってなどいない。


「……お子ちゃまって言うな。美逢様と呼べ。ほら箱入り娘。お前のとこの組にも横流しされてるチャカだぞ? 性能は折り紙付きだ。さっさとナイフをしまえ」

 美愛ちゃんが両手に構えた黒く無骨な鉄の塊、どこからどう見ても一般的に拳銃と呼ばれる形状をしたものの銃口が、まっすぐ華詩子さんと梓さんの眉間あたりへと狙いが定めている。


 プラチナブロンドの長いワンレンヘアは輝きを発しているように美しく目を引き、ともすれば小学生に見えてしまうほど妖精じみた幼い容姿はさらに目を惹き付ける。

 紛うことなきハーフなのだが、そんな美逢ちゃんが手にしているせいで、生々しい拳銃でさえもファンタジックなおもちゃめいて見えてしまう。

 左手に構えた方の拳銃は無骨で大きく見えたが、右手に握られた方は美逢ちゃんの小さな手にもぴったりなほど小振りな拳銃だ。いずれにしろ現実感がなさ過ぎておもちゃっぽさを感じることに変わりはなかった。

 

「いやですわ、うちの家業ではそのような物騒なモノを使う荒くれなどおりません」

「笑わせないでよー。あたしの首にヤッパかざしといてどの口で言ってんのー?」

「黙れビッチ、お前こそその口に鉛ぶち込んで笑えなくしてやろうか?」


 華詩子さんの構えたナイフが梓さんの喉元に狙いを定め、梓さんが器用に指先で弄ぶ特殊警棒が美逢ちゃんを射程に捉え、美逢ちゃんが両手に構えた拳銃の銃口が二人の眉間を的確に捉えている。


 どこまでも現実感に乏しい、ドラマや映画のクライムサスペンスの中でしか目にすることのない光景だ。

 それぞれが手にした武器もさることながら、いわゆる三つ巴の対峙という状況に愕然としてしまう。


 今にもプツリと切れてしまいそうなほどピンと張り詰めた緊張感に、うちの客間の空気が突然質量を持ったようにずっしりと重くのし掛かってくる。


 ――そう、この現実離れした緊迫の状況は、何を隠そう善良な一般市民であるで巻き起こっているのだ。


 三人の手にした武器の数々は、一つとして俺を狙ってはいない。

 しかし、狙われていないはずの俺がほんの数ミリでも身動ぎしようものなら、次の瞬間には花を咲かせるような誰かの血しぶきが舞い上がりそうなのだ。


 それにしても、どうしてこんな溢れんばかりの殺意で溺れそうな仁義なき争いが始まってしまったのか。


 原因の一端は確実に、この三人が俺の許嫁らしいということだろう。


 今にも殺し合いに発展してしまいそうな緊迫感を漂わせる三人共が、俺の、許嫁なのだ。


 この御時世に時代錯誤甚だしい許嫁なんて存在が三人も現れた事態に軽い頭痛を感じながら、俺はそもそもの発端となった昨日の出来事を改めて思い返していた。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る