第12話 隠された感情を食べる亜紀⑤

 亜紀さんは一体この世に生まれて最初の段階で何を食べてきたのだろうか?


 それは、環境、両親、一族、兄弟姉妹、ということでもあり、地方、土地、町内ということである。実際の食事ということでもある。

 和香さんとの話から、NANAもあらためて様々なことを考えるのだった。


 個人の傷、そして大地母神であるビナー、様々な要素から考えていく必要がありそうだ。


 それは確かに特殊能力を持った人に見えてしまうものでもあるだろうと、NANAも思った。他者の意思の弱さや自覚出来ていない欲求が見えてしまうのだから。しかし、本人は無自覚なままなのだ。


「そう見えてしまう部分もありますよね。でも私たちってこういうことを実に当り前に普通に日常で無自覚なままに行っていたりするものなんです。わざわざ意識的にこのようなものの見方で、出会って、見て、捉えて、判断するということをしていないだけなのです」


「そういうことですか! 通り過ぎてるってことですね、気が付かないままに」


「はい。もちろん彼女は他の人よりもそういう面が強いのかもしれません。ですが、子供を育てて自立させるか、依存させたままいくかというのは、母親の位置からしても大きな賭けでも有り。さらに無自覚にやっていることなので、何らかの目的意識を意識的には持っていない状態なのです。

 目的があるとしたら、自覚の範疇にあるのは、むしろ子供達にずっと側に居てほしい、とかいつまでも必要な存在でありたいということのようです。いつまでも手の掛かる子供のままで居てほしいということに近いでしょう。これはご本人の生まれとか幼少期のことがご本人にとって大きく意味を持っていることがあるということでしょう。それは現在もご本人が取り組み続けていることですから、また何らかの機会に皆さんの前でお話されることもあるかもしれません。このお話はどちらかというと、原初の大地の母が持っているとある側面を無自覚にやっているというのが近いでしょうか」


「ご本人が言っていました、子供ってどうしてすぐに大きくなってしまうんだろう。ずっと幼児のままで居てくれたらいいのに……って。何も出来ないまま自分を頼り続けてくれたらいいのにって。小さい子は私が居ないと生きていけないんだからって。何人か集まったワークの現場で言ってましたね。私は考えもしないことだったので驚いたことがあったのを思い出します」


「怖いことでもあり、もしかしたら凄いことでもある、そんなお話ですね」


「隠された感情を食べるだけでは無く、新しく生まれ出る意思をもいでいくような怖さがあります。そう感じてしまいます。彼女には失礼を承知で……」


「その人の意思を食べる、人生を食べる、っていうサイズになってしまいそうですね。ご本人が自覚的に学んでいこうとしている最中にありますので、大丈夫ですよ。彼女自身が言っています。ワークの現場などで関わった方々にもひとつひとつを説明出来るようになりたいのだと。起きてたこと起こしてきたことをもっと自覚的に自分の体験段として話せるようになりたいのだ、って」


「そうなんですね。そんなふうに」


「迷いの森へと誘い、案内して森の奥に放置して、困らせる、叫ばせるというのではなく、自分の世界観をやってのける現場では無く、もっと他者と話ができるようになりたい、のだそうです。やがてご本人からもこういう話は聞くかもしれませんし、むしろ機会があれば話をしてください、ということでしたので、和香さんにも今日はお話をさせていただいています」


「どうしていいのかわからない、何をしたらいいのかわからないっていう人に自然に近寄ってましたねぇ。我慢してる感じの人とか、喜怒哀楽の感情を抑えてるような人とか……」


「何を食べてきたか、何を食べ続けてるか……」


「はい」


「さらには、何を食べさせようとしているか……」


「はい」


「どれもがきっと繋がっているんです」


「食べる、その最初は赤ちゃんの時や幼少期ですね。NANAさん」


「はい。それは月の時代です」


「月の時代」とは、占星術でいうところの0歳~7歳程の年齢域のことである。生まれたばかりの自分一人ではまだ何もできない状態の私たちは、世話をしてくれる一番近くに居た女性の感情の様々を刻々とコピーしていくとされている。

 彼女は母親としてのあり方においてかなり強烈な存在である。ならば、この月の時代に、彼女の母親やそれに近い存在との間で何かあったということなのかもしれない。さらに遡るならば、彼女の母親そのものが持っている「食べてきたもの」と「食べさせてきたもの」というところにも「強烈な怖い母」というもののヒントがあるかもしれない。


 亜紀さんは典型的な怖い母という「月」と「冥王星」とが同じ場所にあるという出生図でも無ければ、180度というのでなく、90度も持ってはいなかった。冥王星由来の話ではないのか、となる。

 単なる怖い母ではないということ。


 むしろ、月には別の社会内での影響を及ぼす天体の圧がかかっていた。月だけでは無い。出生時の水星にも大きな圧がかかっていた。水星とは、例えば知性や言語、学習能力や神経などを担当している。さらに水星は月の後の時代である8歳~15歳程の時代のその人を象徴している。

 しかしこれらは地球人として生まれた人間としての出生図(ホロスコープ)から見た話である。


 本来の私たちは地球人としてだけでは無い、もっと大きな存在としての本性がある。地球人としての存在や人格は大きな存在としても私の中において、枝葉のような存在だとNANAは認識している。よって、本人の傷やトラウマによる痛々しい症状なのだと決めつけてしまうことはNANAのところでは無いのだ。もっと大きな理由が存在してる可能性もあるのだと考えてみるということが通常なのだが、その捉え方に面白さや可能性を感じるという人たちが自然とやって来るのだった。


 それはこの社会には善悪の意識があって、良いとか悪いとか、いいとかいけないとか、優れてるとかダメだ価値が無いというような、その一般の社会常識から見たものの見方だけでは見つけられないものもあるということである。


 常識も時代や国によって随分違っている、小さいところでは各家庭における当り前さも違っているのだ。ということは生まれて育った環境によって、私たちの常識は違っているということ。ひとりひとりが違う世界観を持って生きているということである。それは一見してわからない、見えてこないものでもある。


 それは私たちが各々の環境において「何を」「食べる」環境にあったのかということと重なっていくだろう。

 その出会いは私たちを作っていく。地上で生きる名前の付いた私という存在の人格や生み出していく人生にまで深い影響を及ぼすものとなる。またそれ自体を知らないまま、私たちは日常を生きている。


「なぜ?」


「なぜ? 知らないままなのでしょうか? 私たちは……」


 亜紀さんや和香さんにとってのそれぞれの「意味」と出会っていくことが好ましい。それにはたくさんの振り返りや、発見、考察が必要になるだろう。答えを急ぐことは無い。たった一つだけの共通の答えというものがあるわけでは無いのだから。


「私たちは食べてきたものにおいても食べているものにおいても、もっと考える必要があるということなのでしょう」


「全く考えませんでした。これまで」


「見たものを食べるんです、私たちはそうやって食べてきたんですね」


 限られた時間の中でそれぞれのワークは進んでいく。社会生活に影響を与えている過去からの感情解放、そして意識の世界を旅していくことへ。時も場所も越えた存在であることをひとつずつ思い出していくというワークやセッションがNANAの元では行われていた。


 和香さんは言った。


「亜紀さんの愛は大きい、大きすぎるのかもしれません」


 NANAは頷いた。


「通常の範囲では無い、ですよね。それが約束なら、それが働きなら、目の前の人に理解などされようがされまいが、関係無いのかもしれません。地上ではむしろ……むしろ真逆の現象に見えるでしょう。私にも身に覚えがあります、それを……知っています」



 縁のある人たちがどこからかNANAの元へと到着する。ここには看板も表示も無い。



 「食べる」ということが人生を変えてしまう。私たちはここから先の「食べる」ということを意識的に変えて行くことが出来るだろう。ということは人生を変えていくことが出来るということかもしれないのだ。その可能性を私たちはすでに持っているということなのだろう。しかし多くの場合、それ自体を知らないのだ。


「昼の地球でも、夜の宇宙でも、私たちは食べる。そして食べられてもいるんです」


 NANAはこの地球でこれまで縁した人々のいくつかの「食べる」話をさらに思い出していた。愛の大きさ、深さというものについてを……重ねながら。














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