超個人主義

海野わたる

第1話 都会のならず者

 情婦の肢体のように、滑らかな曲線美を持つポルシェのカレラだった。時速330キロまで刻印されているメーターの針が、290を超えた瞬間だったと思う。


ガードレールを突き破ったらしい。春先でたっぷりと水を含んだ杉の木がクッションになったから命拾いしたね、と若い女の警察官がやかましいことを言っていた。


何本も管を繋がれて、点滴だのを体に入れられた。意識を戻してから二ヶ月入院したが、病院の飯がまずかったな。サバの味噌煮だけは美味かった。


MRIを撮らされた時、薄毛のやせこけた医者がぼそぼそと喋ってやがった。うだつが上がらない奴だった。あの様子じゃ出世もできねえだろう。珍しいケースだとか信じられないとかまたぼそぼそ抜かすから、


「はっきり言え。」


意図せずでた大声だった。医者の男は目を丸くして、簡潔に答えた。


脳挫傷で、前頭葉の一部が欠損していると。事故の衝撃で脳ミソが少しジュースになって流れたのかもだと。生きているだけで奇跡に近いらしい。


俺はこの事故ですっかりブレーキを失ってしまった。

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