ユズと薫君の1日だけの結婚

@bagabon64

ユズと薫君の1日だけの結婚

かおる君、今日はユズがずっと一緒にいるからね?」薫君の部屋は、夕暮れの柔らかな光が差し込み、穏やかな雰囲気に包まれていた。ユズは嬉しそうに薫君の手を握っている。ベッドに横たわって安らかな表情でコクコクと頷く薫君。ぎゅっと握り返してくれた。


 薫君は今年で18歳になった。ユズと同い年。2年前までは同じ高校に通っていたの。薫君が先天性のがんになるまではね。その癌は気づいた頃には全身に転移してるくらい進行が早かった。いつも元気だった薫君がすぐに元気を無くしていくくらいに。


「薫君、今日は苦手な薬飲まなくていいね? だからそんなに穏やかな顔してるんだ。」ユズはいつもより何だか気が楽だったの。今日の薫君はいつもより嬉しそうだし。だっていつもの病室じゃなくて、薫君の実家なのだから。病室はなんだか気が滅入るって薫君がよくお見舞いに行った時に愚痴ってたんだよね。


「え、よく聞こえない? じゃあもっと耳元で喋ってあげるね?」自分でも分かるくらいちょっと意地悪な笑顔をして顔を寄せてみたの。薫君は急に顔を赤くして、い、いいよ、なんて言ってる。


 薫君とは8歳の頃に出会ったの。恥ずかしがり屋で人前で喋れなかったユズはよく数人の男子に口無し女なんて言われてからかわれてたっけ。お昼過ぎによく1人で砂場で砂遊びをしていたんだけど、そんな時に現れた小さなヒーローは当時流行っていた戦隊者の仮面をして現れたんだ。


「俺の名は太陽戦隊のリーダー! サンライズレッド! その女の子をいじめるな!」ユズはメソメソして泣いてたんだけど、颯爽と現れたヒーローの登場にビックりしてたの。その後薫君はユズが作ってた砂団子を数人の男の子に投げつけて追い払ってくれた。その後言った言葉に笑っちゃったけどね。


「お前には立派な口がある。だからちゃんと喋るんだ。俺に名前を教えてくれ」「ユ、ユズ……」「か、可愛い名前だ…… 良いか、ユズは俺に助けられた。だから、俺と一緒に太陽戦隊になって困ってる人を助けるんだ。これからお前は太陽戦隊の女の子! ブルームーンのユズだ!」


 後から聞いたら、メンバーは薫君とユズの2人だけだった。恥ずかしそうにしてもっとメンバーを集める! って言ってたけど、いやだ! 2人でいいの! ってユズが言って薫君はキョトンしてたな。でもニコって笑って、そうだな! 2人だけの戦隊だ! なんて言って浮かれて可愛かったな。あの時の薫君の笑顔は太陽みたいだった。


「薫君は私のヒーローなんだよ?ちっちゃい頃から、引っ込み思案で、からかわれてたユズをちっちゃい体で前に出て、ユズをいじめるな! なんて言ってくれたよね?」「べ、別にお前のためにやってたわけじゃないし…… お前がメソメソしてるからしょうがなく助けただけなんだからな! コホッコホッ」


 薫君はツンデレ彼氏みたいな事を言って怒ってる。そんな薫君でも可愛いな! でも小さく掠れた声で耳元に行かないとよく聞き取れないの……


「ごめんごめん、そんな大きな声で言わないでよ〜 ユズの鼓膜破れちゃうかと思った〜」これは、ユズのもう何回ついたかわからない嘘。本当は全然聞こえないの。薫君は嘘を見抜いて複雑そうな顔をしてる。そんな顔は薫君は似合わないよ、もっと前みたいに、太陽みたいに笑ってよ。


「めっ! もっと笑って笑って〜 ほらーほっぺたを広げちゃうぞ〜」ユズは握っていた手を離して、薫君のほっぺたを両手で広げてみる。薫君は弱々しい動きでユズの手を離してちょっと怒った顔をしてるよ。


「ああ、薫君に怒られて、ちょっと涙出てきちゃった。もう責任とってよね?」これはユズの嘘偽りのない本心。ああ、本当に責任とって結婚してくれない?だって…… もうユズたちに残された時間はほとんどない気がするの……


「……」「……」2人の間に気まずい空気が流れる。あーユズのバカ! こんなつもりじゃなかったのに、こんな空気にしちゃった。なんでいつもこうなるかな? これじゃ口無し女だった時の方がマシじゃん!


 今日の窓の外はチラチラとカゲロウが飛んでいる。ユズと薫君は無言で窓の外を眺めていた。だけど薫君が意を決して何かを言おうとした時、ユズはいやな予感がしたの。


「俺は…… お前に助けられて…… お前の支えがあって、ここまで生きてこられたんだ。でももう……」「薫君、今日の夕焼けは綺麗だね〜 もっと体調良くなったら2人で綺麗な景色を見に行こうよ!」ユズは薫君の言葉を遮って、違う話をする。なんでそんなこと言うの、聞きたくないの。薫君のバカ!


「俺はもう余命が…… お前はもっといい男を……」「あーっ、聞こえない、聞こえないったら

聞こえなーい! 聞こえないからもっと近づいて添い寝しちゃお〜」もう、病院で言うようなこと言わないで。せっかく家に帰ってきたのに。ユズ、ちょっと目が潤ってきたから薫君の胸に顔ぐりぐりするもん!


「ユズ、俺はもう余命が長くない。俺はお前、いやユズのヒーローにはもうなれない」「なんでそんなこと言うの。薫君はユズの、ユズだけのヒーロー!」「頼む、ゴホッ、最後まで聞いてくれ」薫君の真剣な表情に、涙目で目を合わせる。薫君はユズの両手をグッと握りしめてくれた。


「ユズは俺にとっての月だ。いつも寄り添って俺をそっと包み込む光を放つ、夜に眩しく輝く月だ。俺はそんなユズに支えられてここまで生きてこられたんだ」確かにお医者さんに言われたことがある。先天性の癌ができて気づかないうちに身体中に腫瘍が転移した薫君が余命を越えて生きてこられたのはユズの献身のおかげだって。


 でもユズだって薫君がいたから、ここまで笑って生きてこられたんだ! もっと一緒にいたい! ユズ達には時間が足りないの!


「薫君…… ユズが月なら薫君は……」「その先は俺に言わせてくれ。俺はお前を照らす太陽だった。でももうこの先はお前を照らせそうにない」「そんな……」もう前が見えない、視界がグチャグチャで見えない。でも薫君は手を握りしめて離してくれないの。


「俺は所詮カゲロウだ。知らないだけで短命でユズに照らされて生きてたんだ。俺は多分もう1日しか生きれない。だけど1日だけは俺のユズでいてくれないか? いやこんな言い方はだめだ。俺と結婚してくれ!」薫君の表情は儚げで今にも消えそうだ。でも目だけはキラキラして眩い光を放っていた。ああ、こんな目に惹かれたんだ。初めて会って私を守ってくれた時に薫君はこんな目をしていたんだ。


 お互い、自然に距離が近づき、目を瞑って口づけをする。その一瞬はこの宇宙では1秒に満たないものでも2人にとっては数千、数万時間にも感じる時だった。こんな瞬間、気持ちを無限に味わっていたい、そう思わせる長い永いキスだった。


 こうしてユズと薫君は結婚した。私の人生で一番短くて、甘くて切なくて幸せな瞬間だった。薫君がくれた人生で一番幸せな時間を胸にユズは生きていく。薫君はユズの永遠のヒーローなんだから! 



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