ArkNOVA〜病に死んだ俺は第二の世界で新たな人生を謳歌する〜

時川 夏目

プロローグ…皇帝の消失

星々が美しく輝くその日、とある国から皇帝が姿を消した。けれど彼は元来自由奔放、よく姿をくらます事ある。

 だが十年、五十年、百年…そして三百年が経った今日、皇帝に使える重臣が禁句としてきた言葉を発した。


――おうは…死んだのだ…


 静寂の中で放たれた一言、誰もが考えず口にしようとしてこなかった言葉がとうとう出てしまった。

 それに激昂した一人の男が拳を強く握り締め、円卓に力強く振り下ろし粉砕する。その衝撃は凄まじく、大都市全体が巨大な地響きで襲われる程であった。


「貴様…己が戯言を抜かしている事に気づかぬかッ?!」


 激昂しているのは三十代半ばに見えるごく普通の男…だが全身から溢れる存在感、そして強大な殺意と息が出来なくなる程の圧は人間域を大きく逸脱していた。


「…貴殿も気づいておいででは?皇はもはや…」

「そうじゃなぁ…早三百年、瞬きの如く時が経ってしもうた…」

「ワタクシも最早…認める他ないかと…」

「…そうね…そろそろ、前を向くべきよね…」


 ほかの者たちも、青年に続くように我らが皇帝は崩御したのだと、悲痛の表情を浮かべて口々にする。

 それに男は耐えられぬ怒りからか、身体を震えさせる。


「ま…まさか貴様…貴様ら全員っ…我らが皇が死したなどと戯言を言うかァアアアッ!巫山戯るな愚臣共ッ!貴様らなど皇に仇なす反逆者だッ!生きる価値などないッ!我がこの場で灰も残らぬほどに消し去ってくれるッ!」


 男はとめどない怒りが黒き炎へと変わり、城内を超え大都市全体を溶かし始めた。

 それは絶対的な防御力を誇る城壁をも溶かし始め、民達すらも燃やす程に荒れ狂っていた。

 それでも男から溢れ出る怒りは止むことは無い。


「我らは五爵王ごしゃくおうなればッ!その命を賭してでも皇を護りッ!信ずるのが使命ッ!それが出来るぬのならば五爵王筆頭としてッ!龍王アグスウェル・エルデヴァスの名の元ッ!逆賊共である貴様らを滅してやるッ!」


 皇帝に仕える五爵王の筆頭アグスウェルは、怒り狂うあまり理性を失い、その姿を本来あるべきものへと変貌させ本能のまま暴れ始める。

 城は半壊し、都市に甚大な被害を及ぼす。


「落ち着かぬか阿呆!この都市は皇帝陛下が遺された大切な都市じゃぞ!」

「そうよ!幾ら暴れたって皇様は帰って来ないのよ!」


「黙れ黙れ黙れぇえッッ!!何ひとつとして貴様ら賊に耳を貸す事なぞせんッ!我は皇帝陛下の第一の剣ッ!敵を滅殺するのが使命ッ!」


 更に暴れ狂う龍王を、ほかの五爵王は鎮めようと奮闘するも圧倒的力を前に為す術なく、最終的手段である封印をする事となった。


「貴様らッ!皇に救われた身で在りながらッッ…覚えていろッ!ゆめゆめ忘れるなッ!我が貴様らを灰にする事をッ!皇が御帰還なされるその時までにッ!この世から消し去ってくれるッ!ぬぉおおおおおッ――」


 こうして怒りに呑まれた龍王は、ほかの五爵王の手によって封印がされ、それと同時にその日、――グランディス帝国から皇帝は完全に消えた。


 後にこの出来事は歴史において、グランディス帝国に収まらぬ大最悪として記録される事になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る