第10話『これを奇跡と呼ばず何を奇跡と呼ぶんだって話だね』

奇跡の力とは何だろうかと考える。


願うだけで、祈るだけでどんな願いも叶う奇跡。夢の様な力だ。


きっとそれは神様が、人の努力だけじゃどうしようもない願いを叶える為に、与えてくれた物なのだろう。


でも、そんな凄い力でも万能じゃない。


出来ない事というのは当然ながら存在する。


奇跡を起こすには大きな力が必要で、一度に大きな願いをいくつも叶える事は出来ないとか。


制約は間違いなく存在するのだ。




ここは私たちの住んでいる、都会から少し外れた静かな家の中。


そして今私の前にあるモニターには、お兄ちゃんと陽菜ちゃんが映っていた。


お兄ちゃんも陽菜ちゃんも家だという事でラフな格好だが、陽菜ちゃんだけはトレードマークのリボンを付けたままだ。


配信者になっても、アイドルとして変わらないと証明する為だろう。


「はいはい。じゃあお兄ちゃんの番だよ? 上手にできるカナー?」


「大丈夫。さっき陽菜の動きを見てたし。問題ないよ」


陽菜ちゃんの煽りにお兄ちゃんが自信満々に返して、それを見ていた視聴者の人のコメントが画面上に走る。


【兄さんの負けに百ポン】


【じゃあ俺二百】


【私三百ー】


【全員同じじゃ賭けにならないんですけどー!?】


【しょうがないね。兄さんだし】


「だって。言われてるよ。お兄ちゃん!」


「と、言われても、ね! あっ」


「あっ」


【あーあ】


【駄目だったか】


【まぁ予定調和】


「じゃあお兄ちゃんは罰ゲームだね。くふふ」


「仕方ないね」


【それにしても、このアイドル楽しそうである】


【兄さん……どうして、こんな事に】


【まぁゲームの才能が無かったからね。仕方ないね】


「という訳で! 罰ゲームはお兄ちゃんの恥ずかしい話!! 聞きたい聞きたい!」


【アイドルさん?】


【清純はどこに置いてきたんですか?】


【いうて、陽菜ちゃんは最初から清純派のアイドルじゃなかっただろ】


【そう言われれば確かに】


「恥ずかしい話かぁ。うーん」


【そもそも兄さんに失敗談的な事あるのか?】


「ん? そりゃあ、あるよ。人より優れた所なんて俺には無いからね」


「ほえ?」


【は?】


【えっと?】


【何々? 怖い怖い】


【今日はホラー配信でしたか】


「どういう事だろうね? これは」


「お兄ちゃんは多才なのに、才能ないみたいな事言い始めたから、みんな驚いてるんだよ」


「そんな多才かな? 才能を感じた瞬間なんて無いけれど」


【いやいや。そもそも野球に関しては間違いなく天才だったでしょ。百年に一度の逸材だったでしょ】


【無名弱小高校を甲子園まで連れて行った実力よ】


【それよく言われるけど、佐々木も居たし。古谷も居たし。そこまで兄さんワンマンチームじゃないよな】


【因果関係が逆なんだよなぁ。殆ど兄さんの実力だけで甲子園常連校を追い詰めた所を見て、佐々木と古谷がわざわざ兄さんの高校に入学したんだぞ】


【しかも相手高校には大野と鈴木も居たしな】


【マジかよ】


【実は高校時代は大したことなかったっていうオチは】


【ある訳無いだろ。てかお前兄さんのホームラン動画見た事ないの? あれ、大野163出してんだぜ?】


【化け物じゃったか】


【大野が化け物なら兄さんは何だよ】


【そら化け物よ】


【ただの化け物対決じゃねぇか】


【だからこそ地区予選決勝の直接対決に燃えた訳で】


【しかし何故か会場に現れない兄さん】


【九回まで互いに無失点で意地の対決をする佐々木と大野。そして延長になるかと思われた九回裏! 代打! 立花!!】


【湧き上がる観客席! 飛び上がる俺たち!!】


【そして大野の放った、高校時代最高の球を、兄さんが捉え、痺れる様な音と共に、スタンドへ吸い込まれていくと同時に大歓声!!】


【今思い出しても泣けるわ】


【まぁ泣く原因はどう考えても、ホームに帰ってきてから倒れて、意識不明の重体で病院に運ばれたからなんですけどね】


【子供を助けて車に轢かれてから試合に行ったとか、冷静に考えなくても意味不明な事やってんだよな】


【奇跡的に復活出来たから良かったものを。何考えてたんですか? 兄さん】


「うーん。甲子園に行きたいなと。ホームランも打ちたかったし」


【実はよく考えると兄さんアホなのでは】


【よく考えなくてもアホだからセーフ】


「色々言われてるけどさ。実際、勝ったのは俺のお陰じゃないよ。みんなが頑張ってたから。俺は最後に良いところを持って行っただけ」


「そうなの?」


「そうだよ。考えてごらん陽菜。九回まで無失点だったのは和樹が頑張ってたから。和樹がミスしても、それをカバーしてたのはチームのみんなだ。俺が居なくても勝てたさ」


「そう言われると確かに」


【陽菜ちゃん! 騙されるな! 兄さんは嘘を言っている!】


【どうやって大野から点を取るのか問題が抜けてるな】


「そりゃ、何とかするだろう。俺でもなんとか出来たんだ。どうにかするさ」


【ふわっとした理論やめ】


【しかし、こうして書いてると、本当に兄さんが居なくなったの惜しいんだが。俺はまた兄さんの野球見てぇよ】


【無茶言うな。事故の後遺症でプロとしてやっていくのは不可能って話だったろ】


【でもさ! 何か奇跡が起きて、兄さんの怪我が治ればさ。兄さんだって未だにトレーニングしてるのは後悔があるからだろ!?】


そのコメントを見つけた瞬間、心臓が大きく跳ねたのが分かった。


奇跡の力でお兄ちゃんがまた野球を出来る様になれば、またお兄ちゃんは夢を追えると……。


しかし、そんな私の気持ちは置き去りにして、お兄ちゃんは気楽そうな声で言葉を返した。


「あー。何だ、野球見たいのか。リクエストだよ陽菜」


「別に陽菜ちゃんは構いませんことよ。ただ、お兄ちゃんさんや。一つ大きな問題がありますわ」


「ほう。何だい陽菜さん」


「人数が足りないねー」


「ま、三人じゃなぁ。綾が嫌なら二人か。ちょっと難しいね」


「そもそも私、走れないからね! ハッハッハ!」


「そらしょうがないね。陽菜が走るときは俺が抱えよう」


「え……やだ。格好いい」


「鍛えてるからね。陽菜が昔より成長してても走るくらい問題ないよ」


「うーん。これはマイナス評価ですねぇ」


「おっと……? 女の子は難しいな?」


私は楽しそうに話すお兄ちゃんを見て、思わず聞きたくなってしまった。


もし、願いが叶うなら、奇跡が世界に届くなら、その奇跡をお兄ちゃんは欲しい? って。


どんな願いでも叶うのが奇跡だから、きっとお兄ちゃんの願いは叶う。


でも奇跡の力は一度しか使えない。


もしそれを使えば、陽菜ちゃんがまた立ち上がる事は難しいだろう。


もう陽菜ちゃんが楽しそうに歌って踊る所は見る事が出来ないのだ。


【そういう奇跡が起きるなら、私は陽菜ちゃんの足が治って欲しいけどね。またテレビで陽菜ちゃんが見たいよ】


【それはそう。陽菜ちゃんのライブは誰にも真似出来ないからね。秋菜だって、陽菜ちゃんの後継者とか言われてるけど、やっぱり陽菜ちゃんの代わりにはなれないもんね】


【別に足が動かんでもテレビには出られるだろ。兄さんの方が重要なんだわ。世界的損失だぞ】


【はぁ!? 世界的損失って言うんなら、陽菜ちゃんの方が重要度は上ですぅー! 別に野球選手なんていっぱい居るじゃん。でも世界から注目されたアイドルなんて陽菜ちゃんしか居ないんだからね!!】


【だーかーら! 別に足が動かなくてもアイドル出来るだろって言ってんだよ!】


【陽菜ちゃんは歌やトークも良いけど、パフォーマンス全般が、あのライブの空気が神なんだよ!! なんで分からないの!? まるで別人になったみたいに可愛い雰囲気から格好いい雰囲気に変わってさ! 一度見ただけで忘れられないから!】


【陽菜ちゃんのライブ見た事無いの!?】


【見た事ねぇわ】


【しらね】


【なら見てから語れよ!!】


【お前こそ、どうせ兄さんのプレー見た事無いだろ!】


「はいはい。喧嘩しないの」


「多分、これって俺たちの事で喧嘩してるんだよね?」


「そうだよ。ってお兄ちゃんはなんでそんなのほほんとしてるの。当事者でしょ」


「いやぁー。別に困ってないからなぁ。治るなら嬉しいけど、そんな奇跡の力があるなら、もっと別の人を優先して欲しいな。陽菜とか」


「ちょっと、そこで私に振らないで。また燃えちゃうから」


私はモニターから顔を上げて、困った様な声をあげる陽菜ちゃんを盗み見た。


頬をかきながら、曖昧に笑う陽菜ちゃんは、どう答えるべきか考えている様だった。


そして、話す言葉を決めたのか、緩やかに笑うとカメラとお兄ちゃんを交互に見ながら口を開く。


「最近この手の話をよく聞くから、ちゃんと答えるけど。私は足を治すつもりは無いよ」


【え!?】


【そんな!!】


「勿論治るなら嬉しいけどね。でも、それは医学が発達して、誰もがその手術を受けられる様になってから。奇跡みたいな力に頼ろうとは思わないかな」


「何か理由があるのかい?」


「うん。勿論あるよ。それはズバリ、勿体ないからです!」


「ほう」


「私が思うに、もし奇跡の力っていうのがあるなら、それは一生に一度しか得られない物なんじゃないかな。ならさ、その願いは、その人にとってもっと大切な事に使うべきだって思うの」


「その大切な事が陽菜なのかもしれないよ?」


「それなら嬉しい。でもさ、少し立ち止まって考えて欲しいの。私って本当に何よりも大切なもの? あなたの家族より、恋人より、あなたの生きる希望より大切?」


陽菜ちゃんは祈るように両手を合わせて微笑む。


深く、感情が読みにくい笑顔で。


見えにくい心で。


「私はね。今すっごく幸せなの。もしかしたら前より幸せかもしれない。だってお兄ちゃんや綾ちゃんが傍に居るんだもの。私がずっと望んでいた物がここにある」


「……陽菜。ファンのみんなは良いのか?」


「勿論。ファンのみんなも大事だよ!」


【兄さんに言われるまで忘れてたんじゃないだろうな?】


【陽菜ちゃんならあり得る】


【そういう所もたまらねぇ! 興奮してきた】


【随分とレベルの高い変態が出てきたな】


「冗談冗談。冗談だよ。みんなと話してるのだって、楽しいよ。テレビに出てた時はこんな近くにみんなを感じなかったからね。一人一人の気持ちや言葉が見えるこの場所は、私も凄く気に入ってるんだ」


【陽菜ちゃん……】


【え? つまり陽菜ちゃんは俺の事が好きって事?】


「ノンノン。違うな。好きなんじゃなくて、大好きなんだよ!」


【うっっっっっっっっ】


【ぐわぁぁあああ!! 汚れた精神が浄化される!!】


【これがアイドル陽菜の笑顔ですか。最期に良い物を見せてもらいましたよ(昇天】


そして陽菜ちゃんは画面から少し視線を外し、私を見て笑う。


アイドルとしての笑顔じゃなくて、一緒に遊んでいた時の笑顔で。


「という訳で、足を治すつもりはありませーん。もし、そんな力があるのなら、貴女が一番好きな、この世界にあげて? 私はもう十分に幸せだからさ。それで、この世界から一つでも悲しみが消えたら、嬉しいかな!」


私を見て、ウインクする陽菜ちゃんに私は一つの決心をした。




配信も終わった夜遅く、私は一人で家を出て、誰も居ない広場に来ていた。


草むらに座り込んで、空を眺めると、田舎に居たとき程では無いけれど、多くの星が空に瞬いている。


きっと多くの人が空に願いを込めて祈ったから、これだけ世界は輝いているのだろう。


だから、私も祈ろうと思うのだ。


私は両手を合わせ、目を閉じて、世界の何処かに居る人に呼び掛けた。


――――どうか。


この世界で、どうしようもない状況に、悲しみに負けそうな中、絶望の中で戦っている人に、届いて欲しい。


この祈りが、願いが、どんな絶望も覆せる奇跡が。


(誰か……雄太を)


私は目を閉じた暗闇の向こう側から聞こえた声に意識を向ける。


(聞こえますか?)


(誰!?)


(いえ。名乗る程の者では無いのですが、その、お困りかと思いまして)


もう少し良い言い方があるだろうと自分でも文句を言いたくなったが、慣れてないのだ。


申し訳ないけど、許して欲しい。


きっと、あなたの抱えている問題は解決するから。


だから! どうか最後まで諦めないでと、強く願うのだった。


そして、その願いが届いたのか。遠くなっていく意識の向こう側で嬉しそうに誰かの名を叫ぶ声が聞こえた。


やがてその声も聞こえなくなり、ある時から宿った不思議な力の感覚が私の中から消えていくのを感じた。


本当にこれで良かったのか。分からない。でも、二人に相談しても、多分同じ結論になったとは思う。


「あっ! お兄ちゃん隊長! 不良な妹ちゃんを発見しましたァ!」


「でかした! 陽菜隊員! これより接触を試みる!」


「りょーかい!」


「え? お兄ちゃん? 陽菜ちゃん?」


私は不意に聞こえた声の方を見れば、そこには陽菜ちゃんを抱えて立っているお兄ちゃんがいた。


陽菜ちゃんはいたずらっ子の様に笑っていて、お兄ちゃんはいつも通り、優しく微笑んでいる。


そして陽菜ちゃんは私のすぐ横に降ろしてもらうと、すぐに私に抱き着いて、そのまま草むらに押し倒した。


「つかまえたぞー!」


「きゃあ」


そしてお兄ちゃんも陽菜ちゃんとは反対側に座ると、そのまま寝転んだ。


二人がどうしてここに居るのかとか、どうして寝転んでいるのかとか色々言いたい事はある。


けれど、そんな言葉を言う前に、陽菜ちゃんが空を指さした為、私は一度言葉を飲み込んだ。


「ほら見て、流れ星!」


「本当だ」


「きっと綾ちゃんへのご褒美だね!」


「え?」


「綾ちゃんは優しいからさ。私たちの事で悩んでたんでしょ?」


「……っ」


やっぱりバレてたんだ。


陽菜ちゃんに隠し事は出来ないなぁと思い知らされる。


「良いんだよ。奇跡なんてさ。私たちは十分に貰ってるんだから。これ以上貰ったら逆に悪い事が起きちゃいそうだ」


「そんなに奇跡、貰ってるの?」


「当然だよ。ね? お兄ちゃん」


「あぁ。そうだね。綾は物知りだけど、知らない事もいっぱいあるみたいだ。まぁ、そういう所も可愛いのだけれど」


「はいはい。分かったから。もうお兄ちゃんは綾ちゃん大好きすぎ。その愛情を私にも少しは分けてよ」


「分けてるだろう」


「足りないの!! もっと欲しい!」


「ワガママ言う子にはもうあげません!」


「そんなっ! ズルいよ! ママ!」


「……?」


「ありゃ。綾ちゃん。分かってない顔してますねぇ」


「しょうがない子だ」


そんな言葉をかけながら二人は私の手を握る。


子供の時みたいに。


「俺は、綾と陽菜が居るだけで何よりも嬉しいんだ」


「そ。これを奇跡と呼ばず何を奇跡と呼ぶんだって話だね」


あぁ。


私は、本当に恵まれている。


自然と流れ落ちる涙をぬぐう事も出来ず、私はただ夜空を眺めた。


いくつもの流れ星が世界を彩る星空を。


多くの人の祈りが輝く星空を。


いつまでも眺め続けていた。

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願いの物語シリーズ【願いを叶える話】 とーふ @to-hu_kanata

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