第52話

「今回の件について、俺なりに三つに分けて説明したい」

 剣谷くんはそう話を切り出した。計っていたわけではないから正確にはわからないけど、多分考えてる時間は十分もなかったと思う。私は持っていたコーヒーのカップを置き、話を聞く姿勢を作る。

「一つ目は、『なぜ、並木が浮気をしているとわかったか』。二つ目は、『なぜ、浮気相手がわかったか』。そして最後に、『なぜ、潮見さんが文化祭後に振られることがわかったか』。

まず第一に、『なぜ、並木が浮気をしているとわかったか』について。前提として、さっき潮見さんは並木が本当にプレゼントを買ったのかどうかわからないって言ってたけど、これは本当にあったことだ。確かに並木は終業式の日、この喫茶店でプレゼントを俺に見せてくれた。それはハート型のケースに入れられて、綺麗にラッピングも施されていた。特別な関係にある人物へ贈るものだと考えて良いと思う。けど、これを潮見さんに贈るものだと考えたとき、いくつかおかしな点があると思った」

「おかしな点?」

「そう。それは並木があげようとしているプレゼントの中身に関係しているんだ。では、その中身とは何であったか。結論から言うと、俺はネックレスだと思った」

 剣谷くんは並木くんがネックレスを買っていたと言う。それが本当なら……。私にはそれだけで今から剣谷くんが言おうとしていることがわかった。けど、剣谷くんがそれに気付けた理由がわからない。私は剣谷くんにそのことを話したことがあっただろうか。

「潮見さんはもうわかったと思うけど、もう少しだけ説明させてほしい。まず、俺がなぜプレゼントの中身がネックレスだと思ったか。俺が並木にプレゼントについて聞いたとき、あいつは『冬にはつけてもわからないかもしれないアクセサリー』だと言った。冬、もっと言うと寒い時期とそれ以外とを比べた時、違ってくるのは言うまでもなく着る衣服の量じゃないかな。夏は半袖のTシャツ一枚で過ごす人もいる一方で、冬になるとそれが長袖になるだけでなく、マフラーやカフを身に着ける人も多い。すると、自然と肌の露出も減る。この時点で、高校生があげる贈り物として妥当そうなものを、それでもなるべく広く考えたところ、俺はプレゼントの中身はネックレスかブレスレットだろうと思った。他のアクセサリー、たとえばアンクレットやイヤリングについては言うまでもないと思う。アンクレットについて、潮見さんは夏場、学校でも基本的にはパンツスタイルだったし、今日もデニムのパンツを履いている。恐らくあまり足の見える服装をしないんだろうと思った。そうじゃなくても、一般的に考えて夏場でも足首が見えない服装をすることは十分に考えられる。もちろん、夏と冬とでは露出度に多少の変化はあるだろうけど、その程度のことで並木が『冬に付けてもわからない』とまで言うとは思えない」

 剣谷くんがついこの間のこととはいえ、一度見た切りの私の服装を憶えていることに少し驚く。けれど、それで話の腰を折るほどではなかった。

「イヤリングやピアスにしても同様に、そもそも髪型の問題で見えにくい。今もそうだけど、潮見さんは基本的に髪で耳元が隠れている。もちろん、夏場の暑い時期なんかは纏めたり耳に掛けたりすることもあるだろうけど、それだけで季節云々の話を持ち出すとは思えない。そうして可能性の低そうな選択肢を消していくと、俺の中で残ったのはネックレスとブレスレットの二つだった。そして、ブレスレットの線は文化祭を周っていた時、もっと言うと手芸部の展示をみんなで見ていた時に消えたんだ。憶えてるかな。あの時、潮見さんは展示教室から出てくると、廊下で俺と一緒にいた並木に、『自分は腕に付けるアクセサリーを持っていない』からと、お揃いでブレスレットを買うことを提案した」

 確かに私はあの時、並木くんにそう言った。その後、剣谷くんに止めておいた方が良いと言われたことと合わせて、よく憶えてる。

「もし並木が潮見さんにあのプレゼントを渡しており、その中身がブレスレットや何かの手首に付けるアクセサリーであった場合、あの時、潮見さんの口からそんな言葉が出たはずがないんだ。だから、俺は並木があの日買ったプレゼントはネックレスかそれに類するものなんだと思った。ネックレスだと冬にはマフラーやアウターなんかのせいで見えにくくなる。まあ、妥当なところだろう。だけど、そう考えるとおかしくなる」

 そう、おかしい。そんなことはあったはずがない。そのことは、誰よりもこの私が一番知っていた。

「なぜなら、潮見さんはネックレスが付けられないからだ。潮見さんの高校の文化祭では、文化祭の実行委員はみんな首からストラップを下げていた。確か並木は委員証って言ってたっけ。だけどあの日、俺は潮見さんがそれを首から下げているのを一度も見ていない。何回か確認が求められた際には、潮見さんはいつもポケットからそれを取り出していた。首から下げた方がよっぽど楽だろうに。けど、それだけだと潮見さんはあの委員証だけを首から下げることができない事情があったと考えることもできる。だけど、どうやらそういうわけでもなさそうだった。みんなで並木のクラスの男装女装喫茶へ行った時、俺と潮見さんの二人だけが着替えずに外で待っていたこと、憶えてる? 俺の場合は女性ものの制服だと合うサイズがなかったから仕方がなかったからだった。けど、潮見さんの場合は違ったはずだ。潮見さんも確かに背が高い。けど、それはあくまでも女子の中での話だ。男子と比べた時はその限りではない。あの場では女子が着ることが想定されていたとはいえ、サイズにはできる限りの幅を持たせていたはずなんだ。俺は男子用に用意されていた制服のサイズを確認したけど、相当小さなものから成人男性が楽に着られるそうなものまで、サイズ自体は多くあった。つまり、潮見さんにはサイズ以外で制服を着られない理由があったんだ。それが潮見さんにネックレスをプレゼントすることの不自然さにつながる。あの時、茅ヶ崎さんとすずさんが着替えた服はどのようなものだったか。そう、詰襟の学ランだった。つまり、潮見さんにはそれを着ることができなかったんだ。さっきの委員証のことと合わせて、俺はこれらのことからひとつの仮設を導き出せると思った。それは、潮見さんは自分の首の周囲に何かがある状態が苦手だということ。いや、苦手という言い方が適切かどうかはわからない。程度に差異はあるかもしれないけど、とにかく潮見さんは何らかの理由で首の周りに何かがある状態を避けていた。だから文化祭のあの日、潮見さんは一度も委員証を首から下げていなかったし、首回りをぐるっと覆う詰襟の学ランも着ることができなかった」

 自然と自分の首元に意識が行き、少しだけ息が詰まる。剣谷くんの言ったことは概ね正しかった。確かに、私は文化祭では極力首回りに何かがあるという状況を避けていた。けれど、それは剣谷くんの言うように苦手だからというよりは、恐怖心のためと言った方が良いだろう。幼い頃、私は着ていたフードの紐で一度窒息しかけた。幸い大事には至らなかったが、それ以来フードは着られなくなったし、首回りに何かがあるという状況だけでも恐怖を感じるようになった。だから、文化祭で暗所が苦手だと言って講堂でのライブを避けた千夏の気持ちが私にはよくわかった。

「そして、並木は潮見さんが首から委員証を下げていないことに対して、『ああ、そっか』と言って知っていた風だった。つまり、もし並木が潮見さんにプレゼントをあげたとすると、潮見さんがそれを付けられないと知ったうえで、ネックレスを選んだことになる。一時忘れることはあっても、恋人へのプレゼントという、相手のことをとことんまで考えて選ぶだろうものに対して、そんな重大な事実が頭からまるっきり抜けるというのはちょっと考えにくい。では、ここに生じたプレゼントとそれを渡す相手の間の齟齬はどう考えれば良いのか。俺は、並木はネックレスを首から下げることのできる、潮見さんとは別の女性にプレゼントを渡したんだと思った。これが一つ目の、『なぜ、並木が浮気をしているとわかったか』の説明だよ」

「……じゃあ、やっぱり剣谷くんは手芸部の展示を見ている時には並木くんが浮気をしてるってわかってたんだね」

 私の言葉に剣谷くんは静かに頷く。私と並木くんがお揃いのブレスレットを買おうとした時の剣谷くんの心情がようやくわかった気がした。あれはやっぱり私のことを思って止めてくれていたんだ。だから、わざわざブレスレットの意味や何かを出してまで、並木くんか私のどちらか一方だけでも買わせないようにしてくれたんだ。

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