この初恋に探偵はいらない
稔基 吉央(としもと よしお)
プロローグ
外の喧騒は聞こえなかった。そもそも喧騒など存在していないのか、それとも今の自分の耳に届いていないだけなのか。判然としない。この静けさの中にあっては、もしかすると後者なのかもしれないなと思った。俺も、そして目の前にいる彼女も、どちらも口を開かなかった。ひょっとすると、このまま永遠にこの状態が続くのではないかとさえ思えるほどだった。それほどまでに、この時間は俺にとって長いものだった。
かつての自分なら、それでも良いと思ったのかもしれない。一緒に前に進むわけでもなく、かといってどちらか一方が後退するわけでもない。ただ同じ場所に、そうして近くにいられるだけの状態を望んだこともあった。けれど、こうして彼女と二人でいるという事実が、決してそれを許さない。
彼女の顔をまともに見ることはできなかった。代わりに、俺の視線は彼女の首元の辺りを彷徨う。彼女の長い黒髪が、黄味がかったグリーンのシャツの肩口に乗り、触れてもいないのに、その柔らかさが伝わるようだった。それも、彼女の魅力的な部分の一つだった。
好きだと伝えた。初恋だということも伝えた。中学時代、ついぞ伝えることのできなかった気持ちを、今日、ようやく伝えることができた。そんな今の俺にできることはひとつしか残っていない。ただ、彼女の言葉を待つということだけ。
口の中が渇いていくのがわかる。俺は意識してぐっと唾を飲み込んだ。
今日、俺は探偵であろうとした。いや、そうではない。少なくとも、形だけは探偵として見えるように努力した。だけど、彼女の目に映る今の俺は、きっと探偵なんかじゃない。それが良い事なのか、悪い事なのか、事ここに至ってしまっては、最早俺にはわからないことだった。
けれど、いくら俺がこの時間を永遠に感じようが、それにも必ず終わりは訪れる。いつかの祭りのように、終焉はどうしようもないものとしてやってくる。
俺は外の様子を窺おうと、正面に向けていた視線を、ふと窓の方に遣る。けれど、そうしたところで見慣れた景色以外に何が見えるわけでもなかった。
彼女が息を吸う音が聞こえた。
心臓が早鐘を打つ。
そうして、俺はゆっくりと彼女の方を向いた。
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