第3話 五行術式
二神霧矢に転生して、一週間がたった。
洋館の間取りや、家事をしてくれる使用人、通っている学校など、生活に必要なことは大急ぎで頭に詰め込んだ。
おかげで、どうにか別人を疑われずに暮らせている。
霞も俺になついてくれてるし、皐月さんとも話すようになった。
父さんは忙しくてまだちゃんと話せてないけど、祓魔師の先輩として色々と教えてもらいたい。
主人公に負けて闇堕ちしないように、俺は強くならないといけないんだ。
「よし、やるか」
そんなわけで今日は洋館のそばにある道場に来ている。
和風の建物は広く、中は板張りになっている。
ゴム製のマットが敷いてあるスペースには、サンドバッグやバーベルなど、トレーニングに使えそうな器具も置いてあった。
ここは祓魔師の術を試す練習場になっていて、壁や床、備品を壊しても自動で修復してくれるらしい。
俺も練習用のサンドバッグを持ってきて、目の前に置いている。
「まずは基本からだな」
二神家には書庫があり、そこには祓魔師や術式に関する本が山のようにあった。
その中で初心者向けの本を選んで、実践してみることにする。
まずは術式を発動するために必要な〈魔力〉、生命エネルギーとも呼ばれるそれを目に見える形にしてみよう。
「魔力発現」
身体の内側に意識を集中し言葉を発すると、山吹色の光が右手から噴き出した。
すごい! これが魔力なのか!
ここは本当に月光戦記の世界なんだな。
前の世界じゃこんなこと絶対にできない。
「なるほど『魔力は纏った物体を強化することができる』のか。試してみるか」
本を片手に内容を実践してみる。
俺は魔力を纏った右拳を、サンドバッグに撃ち込んだ。
──ドゴンッッッッ!!
拳に衝撃が伝わり、轟音と共にサンドバッグが跳ね上がる。
まるでプロボクサーになったみたいな気分だ。
「いまならなんでも持ち上げられそうだな」
試しにバーベルを掴んでみたが、100キロの重量を簡単に持ち上げられた。
信じられないパワーだ。
霧矢が祓魔師と人間を、別の生き物と思う気持ちもわからなくはない。
「本番はここからだ」
いくら力が強くなっても、業魔のような化け物と戦うにはまだ足りない。
そのために必要なのが魔力を属性に変換して発動する〈術式〉だ。
日本の祓魔師は全員が〈五行術式〉という術式を覚えている。
陰陽五行の木、火、土、金、水の属性を操り、業魔を祓うわけだ。
「まずは水術からいくか」
原作小説の霧矢は水の術が得意だったはずだ。
俺もやってみよう。
「水術。『水弾』」
術式の名を声に出し、魔力が水に変化するイメージをする。
すると指先の魔力が水になり、ピンポン玉サイズの球体になった。
うおおおおおおおおおおお! 成功した!
月光戦記を読んで自分ならどんな術式を使うか妄想していたので、めちゃくちゃ感動してる。
「発動したら目標を定めて撃ちだす、か。よし……いけ、『水弾』!」
俺はサンドバッグに狙いを定めると、銃口とトリガーをイメージして水の球体を発射する。
パンッと乾いた音がして、サンドバッグが大きくへこんだ。
いや威力すごいな!?
水弾は水術の初歩らしいけど、暴徒鎮圧に使うゴム弾くらいの威力はあるんじゃないか?
「他の術も試してみるか。次は……『水流波』」
水弾でコツをつかめたのか、スムーズに魔力を変化できた。
手の平に集まった大量の水を、人形に向けて一気に放水する。
今度はバゴンッッと音がして、サンドバッグがくの字に折れ曲がり、壁まで吹っ飛ばされた。
……これやばいな。
この世界で魔力のある人間は、自分の力を抑えるのが大変そうだ。
「よし、次は……」
折れたサンドバッグと壁が再生するのを待って、他の術式を使っていく。
それから俺は本に載っていた水術を片っ端から試していった
水の刃を飛ばす『水刃』、水弾を連射する『水連弾』、水の壁を作る【水障壁】など、休まずにどんどん術を使う。
と、五十回ほど術を使ったところで軽いめまいを覚えた
船酔いみたいに頭がクラクラする。
「これが魔力欠乏か。わかっていても気分は良くないな」
魔力を消耗しすぎると術式は使えないし、身体にも悪影響が出る。
このラインがわかっていないと、実戦では致命的だ。
俺も気を付けてないとな。
「ところで、いつまでそこにいるんだ?」
「えっ」
俺は振り向かずに道場の入口へ声をかけた。
人に見つかった小動物のような声は、やっぱり霞だ。
「気づいていたんですか?」
「三度目の『水流波』からずっと見ていたな。魔力の気配ですぐわかった。用があるなら声をかけろ」
「すごく集中していたので……お邪魔かと思いました」
「兄に気を遣う妹がいるか」
霞は驚いたように口元を両手で隠す。
かわいい。
ただ過去の霧矢と違う行動にも、そろそろ慣れてほしいけど。
「ところでお兄さま、もう魔力感知を使えるのですね。流石です」
「そんなにすごいのか? 自分に魔力があるんだから、他人の魔力を感じることくらいできそうなものだが」
「一般的な祓魔師の方は六道学園に入ってから覚えるそうです。やっぱりお父さまの血を受け継いでいるのですね」
魔力の気配は洋館で暮らしている内にわかるようになった。
目で視えなくても、肌が『ここにいる』と反応するのだ。
父さんの魔力は大きく、霞や皐月さんは小さく感じた。
二神家が祓魔師の名門というのは、こういう能力にも関係してそうだな
「せっかく来たんだから、お前の術式も見せてくれ。参考にしたい」
「そんな! 霞の術式はまだまだ未熟でお見せできるようなものではありません」
「構わん。やってみろ」
「そ、それでは」
祓魔師初心者として、いろんな術式を見ておかないとな。
霞の手が山吹色に光ると、数十秒して魔力が属性変化を始めた。
「水術。『朧月』」
声と同時に、霞が三人に増える。
まるで忍者みたいだ。
「あの、どうでしょうか?」
真ん中の霞が動くと、残りの霞も同じ動きをする。
「水のレンズで自分の姿を映しているわけか。いい術式だ」
「あ、ありがとうございます」
今まで読んでいた本には攻撃系の術式ばかりで、補助的な水術は少なかった。
五行術式は奥が深い。
「あとこんなこともできます。水術。『水鞭手』」
今度はすぐに霞の腕が水そのものに変化する。
そして、液体のままウネウネと動き出した。
俺は水になった腕を触りながら訊ねる。
「すごいな。どうやっているんだ?」
「え、えっと、これは術式を肉体に付与しているんです」
「付与?」
「お兄さまのように魔力を変化させ、そのまま攻撃に用いるのが『放出術式』。肉体そのものを変化させることを『付与術式』といいます。か、霞は付与術式の方が得意なんです……」
たしかに、『水鏡』よりも『水鞭手』の方が術式の発動がスムーズだった。
こういうやり方もあるのか。
「水術。『水鞭手』。む、発動しないな」
「術式には得手、不得手がありますから。お兄さまには放出術式が向いているのかと」
たしかに、身体を水にするイメージはまるで湧いてこない。
悔しいが、霞の言う通りみたいだ。
いつか覚えたいけど、いまは保留だな。
「あ、あの、もう離してもらってもよろしいでしょうか?」
「ああ、すまないな」
水になった霞の腕から手を離す。
水温がお湯みたいに上がっているのは、気のせいだろうか。
「術式には色んなタイプがあるんだな。これからも教えてくれ」
「いいのですか? 落ちこぼれの霞は邪魔ではないですか?」
「以前の俺が言ったことは忘れろ。これからは俺は祓魔師としてより高み目指す。そのためにはお前の力も必要だ」
「お兄さま……!」
「術式を学び合える、たった一人の妹だからな」
「はい……霞は嬉しいです」
そう言って、霞の手を取る。
こうして、祓魔師として強くなるための日々が始まった。
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