第2話 二神家の暮らし

 まずは現状を把握しよう。


 俺が二神霧矢に転生したことは理解できたけど、ここがどこで他にどんな登場人物がいるのか知っておかないといけない。


 原作の知識があるとはいえ、主人公以外の視点は曖昧なわけだし。

 そんなわけで、俺は洋館の中を探索することにした。


「それにしても広い家だな」


 部屋がいくつもあって、まるでホテルみたいだ。

 一階にはリビングや厨房、書庫、客間があって、二階には俺や霞の部屋があった。


 二神家は祓魔師の名門で、家が金持ちだと書かれていたけど、貴族みたいな生活をしてるんだな。


 それから玄関の扉を開けて外に出る。


「おおっ、すごいな」


 思わず感嘆の声が漏れる。

 目に飛び込んできたのは、よく手入れされた花壇と煉瓦を敷いた小道だ。


 家を囲むように高い壁と門もあり、ここが日本だということを忘れそうになる。

 洋館の隣にあるのは道場だろうか?

 弓道場を思わせる和風の建物があり、ここだけ周囲の雰囲気から浮いていた。


「次は情報収集だな」


 RPGでも現地の人々と話すことでヒントをゲットできる。

 さっき会った俺の双子の妹、霞から話を聞こう。


 洋館に戻って探していると、リビングで霞を見つけた。

 ソファーに座ってテレビを観ているみたいだ。


「霞、さっきは……っ、ッッ!!」


 声をかける途中で、慌てて口を手で押さえる。


 やばい。いま素で話しかけるところだった。

 俺は霧矢なんだがら、それっぽい口調で話さないと別人だってバレてしまう。


 霧矢のキャラをいま一度思い出してから、改めて声をかける。


「霞、さっきは心配をかけたな」

「お兄さま、お身体はもう大丈夫なのですか?」

「少し疲れが溜まっていただけだ。問題ない」


 いつもこんな感じで話していたはずだ。

 クールぶってる感がすごいけど我慢我慢。


「ぐすっ、うっ……ううううぅ……」

「ど、どうした!?」


 いきなり霞が泣き出した。

 大きな瞳から涙がポロポロとこぼれて服の袖を濡らす。


 なんで!? 俺なにかした!?


「お兄さまから声をかけてくれるなんて思わなくて……。胸がいっぱいで……溢れてしまいます……」

「そ、そうか」

「今日は霞の記念日なりました。この思い出さえあれば一生生きていけます」


 頬を赤く染め、胸に手を当てて霞は言う。


 いや重い重い重い。

 原作だと出番が少なくてわからなかったけど、この子って兄を溺愛してるキャラなのか?


 話しかけただけでこの反応って、どんな兄妹だよ。


「大袈裟な奴だな。俺だって会話ぐらいする」

「そうですよね。驚かせてごめんなさい」


 涙を拭いながら、霞はこっちに向かって微笑んだ。

 あらためて見ると、俺の妹ってめちゃくちゃ可愛いな。


 クラスにいたら男子全員が意識すると思う。

 こんな妹を手にかけるなんて、霧矢はとんでもないド外道だ。


「ところで学校の方はどうだ? クラスメイトと上手くやっているのか?」


 妹と話した経験がないから、話の振り方がこれでいいのかわからない。

 ともかく、ここから話を広げよう。


「お兄さまを見習って友達は作っていません。人間なんて劣等種族と祓魔師が関わるなんて時間の無駄なんですよね?」


 びっくりするほどの差別思考。

 こいつ妹になに教えてんの!?


 ていうか祓魔師も人間だから!


「……俺が過去に言ったことは忘れろ。男にはそういう時期があるんだ。これからはクラスメイトと交流し、人間関係を学べ。それがお前の人生できっと役に立つ」


 原作の霧矢がひどすぎたせいで、思わず訂正してしまった。


 霞はポカンとしていたが、やがて口を開き、


「わかりました。お兄さまがそうおっしゃるなら、クラスの方々とお話ししてみます」


 目を輝かせながら、コクコクとうなずいた。

 よかった。別人を疑われてはいないみたいだ。


 妹の素直な性格に助けられたけど、この先の生活が不安でないと言ったら嘘になる。


 ただ、原作通りに霧矢と同じ行動をするのはごめんだ。

 主人公のかませ犬みたいな生き方をしていたら、結局闇堕ちしてしまう。


 今ここではっきりと表明しておこう。


「霞、俺は今この瞬間から世界最強の祓魔師を目指す。そのためには人間のために戦うことも必要だと考えている。自分より弱い存在すら守れない奴に最強は名乗れないだろう」

「……それは子供の頃、霞におっしゃった言葉ですね。やっぱりお兄さまは昔のままです」

「当然だ」


 霧矢って過去に同じことを言ってたのか。

 記憶を辿ればある程度は思い出せるけど、昔すぎると忘れてることも多いんだよな。


「昨日までの俺と言動が変わっても気にするな。過去の俺はすでに遺物。この目には未来以外必要ない」

「流石お兄さま! カッコイイです!」


 強引だけど、これで納得してもらおう。

 中学生だし、そういうキャラってことで押し通すぞ。


 ともかく霧矢として生きるなら、悪い部分は直していかないとな。


「話を戻すが、六道学園に入ったら周りは全員祓魔師だからな。普通の人間と関われるのはいまの内だけだ。色々と経験を積んでおけ」

「一年後には入学試験もありますしね。お兄さまはともかく、霞は出来が悪いので不安です」

「無用な心配をするな。俺の妹が受からないわけがない」

「……! はい」


 ようやく有益な情報がゲットできた。

 入学試験が一年後ってことは、いま中学三年生に進級したばかりか。


 六道学園に入学してしばらくしたら、俺は主人公と決闘することになる。

 そこが闇堕ちを回避するまでのタイムリミットだ。


「そういえば父さんの姿が見えないな。出かけているのか?」

「緊急のお仕事が入ったそうです。もしかしたらテレビに映っているかもしれません」


 霞はテレビのチャンネルを次々変えていく。


 ニュース番組の生中継に切り変わったとき、大型トラックのごとく巨大なトカゲと戦う男の姿が映った。


『グルルル……怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨ッッ!!』

『業魔め……ここから先には行かせん』

「あっ、お父さまですね」


 え? いま画面に出てるのが俺たちの父親!?

 傘からガトリングみたいに水の弾丸を連射して、巨大トカゲをボコボコにしてるんだけど。


 この世界のニュースって、もうヒーロー映画じゃないか?


「今日のお仕事大変そうです。最近業魔の活動が活発になっているそうですから」

「父さんは流石だ。俺たちも二神家の名に恥じないように精進しないとな」


 父親、二神紫雨のことは原作だとほとんど描写がない。

 二神家の現当主なので強いとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。


 時間が空いたら祓魔師のことを教えてもらいたいな。


 それからも霞と雑談しつつ情報を集めていると、扉が開いてだれかがリビングに入ってくる気配がした。


「お坊ちゃま、お嬢さま、昼食のご用意ができました」


 現れたのは白髪のメイドさんだった。

 瞳が赤色で高身長、スタイルも抜群、とても美人だ。


 ただ名前がわからないんだよな……。

 原作だと挿絵の隅に映っていた気がするんだけど。


「わかった。いま行く」

「皐月、ありがとう。休みの日は時間が経つのが早いですね」


 名前は皐月さんっていうのか。

 これからは使用人の名前も覚えていこう。


 皐月さんのあとについて、俺と霞はダイニングルームに向かった。


「どうぞ。お召し上がりください」


 アンティークらしきテーブルの上には、フレンチ料理が並べられていた。

 なにこれすごい。


 料理の名前は全然わからないけど、高級そうな雰囲気が漂ってくる。

 前世じゃカップラーメンが主食だった俺には、想像もできないランチだ。


 手を合わせてから、フォークで魚の切り身を口に運んでみる。

 一口食べたその瞬間──


「美味い! こんなのはじめてだ!」


 俺は思わず声に出していた。

 魚でこんなに感動するなんて。


 全世界の人間にこの驚きを教えてあげたい。


「お兄さま? この料理は二週間前に食べたはずですけど……」

「たしかに同じ物を召し上がられました」

「う、うむ。今日の料理は特に素晴らしいということだ。腕を上げたな」

「恐縮です」


 危ない。思わず素で感想を言ってしまった。

 二神家だと、これくらいのランチは普通みたいだ。


 しかも皐月さんの手作りみたいだし、霧矢のやつ羨ましいぞ。

 それから俺はスープ、サラダ、パン、牛肉のソテーと料理を味わった。


 どれもはじめての味で、天国にいるような幸福感に包まれる。


「今日はしっかり食べられるのですね。いつもだと舌に合わない料理は残していましたのに」

「食事を楽しむ俺は嫌いか?」

「いえ、お兄さまが幸せだと霞も嬉しいです」

「私も同感です」

「食べるということは食材に感謝することだ。俺はそれに気づいた。それに心を込めて作った料理が舌に合わないなどあり得ないからな」


 霞と皐月さんが尊いものを見るような眼差しを向けてくる。

 おまけにハンカチで目元を拭いだしだ。


 ふつうに食べただけで感動されることある?

 霧矢ってどれだけダメな奴なんだよ。


 食事は続き、すぐに料理は空っぽになった。


「ごちそうさまでした。満足だ」

「お粗末様です」

「皐月さん、いつも料理を作ってくれてありがとう。これからもよろしく頼む」「はい、お坊ちゃま。これからも精進いたします」


 転生したばかりだけど、こんな料理が毎日食べられるなら、もう絶対に闇堕ちなんかしないし死にたくない。


 俺は心からそう思った。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る